はじめに
路上での職務質問で、カバンから不審物が見つかった。様子がおかしいことから警察署に任意同行され、尿検査で陽性反応が出た。あるいは、薬物の売人が逮捕され、その携帯電話の履歴から芋づる式に自分にも捜査の手が及び、ある日突然、家宅捜索と共に逮捕された…。
薬物事件で逮捕されるきっかけは様々ですが、一度逮捕されてしまうと、その後の手続きは、窃盗や暴行といった他の一般的な犯罪とは少し異なる、薬物事件特有の厳しい流れをたどることが少なくありません。
特に、逮捕された容疑が、自分で使うための「所持」や「使用」なのか、それとも他人に売り渡す「譲渡」なのかによって、捜査の厳しさや、その後の身柄拘束の期間は大きく変わってきます。
この記事では、薬物事件で逮捕されてしまった後の、捜査から起訴・不起訴の判断までの一般的な手続きの流れと、逮捕容疑が「所持」「使用」「譲渡」である場合に、それぞれ捜査の焦点や注意点がどう違うのかについて解説します。
Q&A
Q1. 薬物を使用しただけで、逮捕されたときには何も持っていませんでした。それでも逮捕されるのですか?
はい、逮捕されます。覚醒剤や麻薬などの薬物については、「使用」すること自体が犯罪とされています(2024年の法改正により、大麻も使用が犯罪となりました)。警察官による職務質問の際に、言動が著しく不審であったり、腕に注射痕が見つかったりした場合、警察署への任意同行と尿検査を求められます。そして、その尿検査で薬物の陽性反応が出れば、それが「薬物を使用した」という客観的な証拠となり、現行犯逮捕(または準現行犯逮捕)されることになります。物を持っていなくても、体内の反応だけで逮捕に至るのが、薬物事犯の大きな特徴です。
Q2. 薬物事件で逮捕されたら、保釈を申請して、すぐに身柄を解放してもらえますか?
薬物事件での早期の保釈は、他の犯罪に比べて難しい傾向にあります。薬物事件の捜査では、警察は単独の犯行と見なさず、必ず入手ルートや他の使用者・売人といった「共犯者」の存在を疑います。そのため、「保釈すれば、共犯者と口裏合わせをしたり、スマートフォンに残された証拠を消去したりするおそれが高い」と判断され、裁判所も保釈に極めて慎重になります。特に、売人として「譲渡」の容疑で逮捕された場合は、組織的な背景が疑われるため、保釈が認められるハードルはさらに高くなります。保釈を勝ち取るためには、弁護士を通じて、共犯者と接触しない具体的な対策や、身元引受人による厳格な監督体制を裁判所に説得的に示す必要があります。
Q3. 家族が薬物事件で逮捕されました。すぐに面会に行けますか?
面会できない可能性があります。Q2の理由と同様に、薬物事件では共犯者との口裏合わせを防ぐため、裁判所によって「接見等禁止決定」が出されることが多くあります。この決定が出されると、たとえ家族であっても、弁護士以外は本人と一切面会(接見)することも、手紙のやり取りをすることもできなくなります。特に、複数の人間が関わる「譲渡」事件では、ほぼ確実に接見禁止がつくと考えてよいでしょう。この場合、逮捕されたご本人と外部をつなぐ唯一のパイプ役となれるのは、弁護士だけになります。
解説
1.薬物事件における、逮捕後の基本的な流れ
まず、逮捕容疑が何であれ、逮捕後の手続きは、法律で定められた以下の流れで進みます。
① 逮捕
職務質問時の所持品検査での発見(現行犯逮捕)、尿検査の結果を受けての逮捕、あるいは売人の供述などから後日逮捕状に基づき逮捕される(通常逮捕)、といった形で身柄を拘束されます。
② 警察での取調べ(~48時間)
警察署に連行され、薬物の入手ルート(いつ、どこで、誰から買ったか)、使用歴、他の使用者や売人(共犯者)の存在などについて、厳しい追及を受けます。この48時間が、その後の捜査の方向性を決める重要な期間です。
③ 検察庁への送致
逮捕から48時間以内に、事件は警察から検察庁に引き継がれます。これを「送致」といいます。
④ 検察官による取調べと勾留請求(~24時間)
送致を受けた検察官も、事件の背景や背後関係の解明を目指して取り調べを行います。そして、引き続き身柄を拘束して捜査する必要があると判断すれば、24時間以内に裁判官に対して「勾留」を請求します。逮捕から勾留請求までの最大72時間が、被疑者にとっては外部との連絡が一切取れない過酷な期間です。
⑤ 勾留・勾留延長(~20日間)
裁判官が勾留を認めると、原則10日間、身柄拘束が続きます。薬物事件は、共犯者との口裏合わせなど「証拠隠滅のおそれ」が高いと見なされ、勾留される可能性が他の犯罪に比べて非常に高いのが特徴です。また、入手ルートの解明など捜査が複雑化しやすいため、さらに10日間の勾留延長が認められることが多く、逮捕から起算して最大で23日間、社会から隔離されることになります。
⑥ 起訴・不起訴の決定
勾留期間が満了する日までに、検察官が被疑者を刑事裁判にかけるか(起訴)、かけないか(不起訴)の最終処分を決定します。
2.【行為別】捜査の焦点と注意点
逮捕された容疑が「所持」「使用」「譲渡」のいずれであるかによって、捜査の進め方や厳しさが異なります。
ケース1:「所持」で逮捕された場合
職務質問の際の所持品検査などで、薬物を所持していることが発覚し、現行犯逮捕される、よくみられるパターンです。
捜査の焦点
- 薬物の入手ルート:いつ、どこで、誰から、いくらで購入したのか。売人の特定につながる情報として、徹底的に追及されます。いわゆる「突き上げ捜査」の起点となります。
- 使用の有無:所持している以上、使用もしているのではないかと疑われ、尿検査を強く求められます。もし使用の事実も認められれば、所持罪と使用罪の両方で、より重く処罰されることになります。
- 営利目的の有無:所持していた薬物の量が多ければ、「個人的な使用の範囲を超えている」と判断され、転売目的(営利目的)を強く疑われます。
ケース2:「使用」で逮捕された場合
物としての薬物は所持していなくても、体内の反応から逮捕されるケースです。
捜査の焦点
- 薬物の入手ルート:「使用した」ということは、その直前まで「所持していた」はずです。そのため、使用した薬物を誰から、どのようにして入手したのか、厳しく追及されます。
- 共同使用者:いつ、どこで、誰と一緒に使用したのか。他の使用者の存在についても、詳しく聞かれることになります。
ケース3:「譲渡・譲り受け」で逮捕された場合
密売人として薬物を他人に販売(譲渡)した、あるいは友人同士で薬物をやり取り(譲渡し・譲り受け)したとして逮捕されるケースです。
捜査の厳しさ
このケースが、厳しい捜査と処遇を受けることになります。
- 背後関係の徹底解明:単独の犯行ではなく、より大きな薬物犯罪組織の一端と見なされます。そのため、警察・検察は、売人仲間、客、さらには上部組織や暴力団とのつながりなど、事件の全容解明を目指して、大規模かつ長期的な捜査を行います。
- 接見禁止の可能性:共犯者が多数存在するため、口裏合わせを防ぐ目的で、ほぼ確実に「接見等禁止決定」が出されます。これにより、ご家族ですら、本人と面会することはできなくなります。
- 保釈の困難さ:組織犯罪の一員と見なされるため、証拠隠滅のおそれが高いと判断され、起訴された後の保釈も、認められるハードルが高くなります。
弁護士に相談するメリット
薬物事件、特にその身柄拘束の厳しい状況下において、弁護士の役割はきわめて重要です。
接見禁止でも面会できる、唯一の存在
特に譲渡事件などで接見禁止がついた場合、弁護士はご本人と外部をつなぐ唯一のパイプとなります。取り調べの状況を確認し、法的なアドバイスを送るだけでなく、ご家族からのメッセージを伝え、孤独と不安の中で戦う本人を精神的に力強く支えます。
違法な捜査から、あなたの権利を守る
職務質問の態様は任意性を逸脱していなかったか、尿検査の同意は本当に任意だったか、家宅捜索の手続きは適法だったかなど、捜査の過程における違法性を厳しくチェックします。もし違法な捜査によって得られた証拠があれば、その証拠能力を裁判で争い、無罪判決や有利な判決を目指します。
更生への具体的な道筋をつける
薬物事件の弁護活動の最終目標は、本人の更生です。弁護士は、専門の医療機関やダルクなどの回復支援施設と連携し、保釈後、あるいは刑期終了後、スムーズに治療や回復プログラムを開始できる環境を、捜査段階から整えていきます。この具体的な取り組みこそが、裁判官の心を動かし、執行猶予付き判決を勝ち取るための武器となるのです。
まとめ
薬物事件で逮捕されると、特に入手ルートや共犯者の解明のため、長期間の勾留や接見禁止など、他の犯罪とは比較にならないほど厳しい身体拘束下に置かれる可能性が高いのが実情です。
特に、薬物の「譲渡」などに関与してしまった場合は、組織犯罪の一端と見なされ、捜査はより一層厳しく、長期化します。
このような過酷な状況で、ご本人の権利を守り、精神的に支え、そして更生への具体的な道筋をつけてあげられるのは、弁護士以外にいません。もし、あなたやご家族が薬物事件で逮捕されてしまったら、事態の深刻さを真摯に受け止め、直ちに薬物事件の弁護経験が豊富な弁護士にご相談ください。
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