はじめに
「金を出さないと、昔の秘密を会社にばらすぞ」
「言うことを聞かなければ、家族がどうなっても知らないからな」
このような言葉は、単なる口約束や冗談では済まされません。相手を怖がらせて何かを要求する行為は、「脅迫罪」や「恐喝罪」という、刑法上の重大な犯罪に当たる可能性があります。
この2つの犯罪は、どちらも「相手を脅す」という点で共通しているため、混同されがちです。しかし、法律上の成立要件には決定的な違いがあり、科される刑罰の重さも全く異なります。特に恐喝罪は、罰金刑のない、きわめて重い財産犯罪と位置づけられています。
この記事では、脅迫罪と恐喝罪の境界線はどこにあるのか、それぞれの犯罪が成立するための具体的な要件、刑罰の重さ、そしてどのような場合にどちらの罪に問われるのかを詳しく解説します。
Q&A
Q1. 相手に直接会って言わなくても、LINEやSNSのDMで「お前の家に行って、めちゃくちゃにしてやる」と送った場合、脅迫罪になりますか?
はい、脅迫罪が成立する可能性が高いといえます。 脅迫罪における「脅迫」の方法に制限はありません。直接口頭で伝えるだけでなく、電話、手紙、メール、そしてLINEやX(旧Twitter)、InstagramなどのSNSのダイレクトメッセージ(DM)を通じて相手に害悪を伝える(告知する)行為も、すべて含まれます。むしろ、文字として記録が残るため、言い逃れのできない明確な証拠となり得ます。
Q2. 知人に貸したお金を返すよう催促する際に、少し強く「早く返さないと、家まで取り立てに行くぞ」と言ってしまいました。これも恐喝罪になりますか?
恐喝罪が成立する可能性があります。 貸したお金の返済を求めること自体は、正当な権利の行使です。しかし、その権利を実現するための手段・方法が、社会的に許される範囲を超えていると判断された場合、恐喝罪に問われることがあります。判例では、「貸金の取り立てのためであっても、社会通念上一般に許容される範囲を逸脱した脅迫を用いた場合は、恐喝罪が成立する」とされています。「家まで取り立てに行く」という言葉の真意や前後の文脈、相手の受け取り方などによっては、違法な脅迫と見なされる危険性があります。
Q3. 恐喝罪と脅迫罪では、被害者に支払う示談金の相場に違いはありますか?
はい、異なります。一般的に、恐喝罪の示談金の方が高額になります。脅迫罪の示談金は、精神的苦痛に対する慰謝料が中心となり、10万円~30万円程度が目安です。一方、恐喝罪の場合、この慰謝料に加え、被害者がだまし取られた金品(被害弁償)を全額返還することが大前提となります。例えば、50万円を恐喝したのであれば、その50万円にプラスして慰謝料を支払う必要があるため、示談金の総額は脅迫罪よりも高くなります。
解説
「脅す」という行為が、どのような場合に犯罪となり、どう処罰されるのか。2つの罪を比較しながら、その本質に迫ります。
脅迫罪と恐喝罪の決定的違いは「財産を奪う目的」の有無
脅迫罪と恐喝罪。この2つを分ける最もシンプルで決定的な違いは、「相手を脅して、金品などの財産を交付させる目的があったかどうか」です。
脅迫罪(刑法第222条)とは?
脅迫罪は、相手を怖がらせること自体を罰する犯罪です。
- 目的
相手に恐怖心を与えること。 - 行為
相手本人またはその親族の「生命、身体、自由、名誉、財産」に害を加える旨を伝えて脅すこと。 - 具体例
「殴るぞ」「殺すぞ」(生命・身体への害悪)、「お前の過去の不倫を、ネットでばらすぞ」(名誉への害悪)、「お前の家に火をつけるぞ」(財産への害悪)
ここには、金銭の要求は一切含まれていません。純粋に、言葉の暴力によって相手の平穏を害する犯罪が脅迫罪です。
恐喝罪(刑法第249条)とは?
恐喝罪は、脅迫を手段として、相手の財産を奪うことを罰する「財産犯」の一種です。
- 目的
相手を怖がらせて、お金や物などの財産を差し出させること。 - 行為
人を脅迫または暴行し、財物を交付させること。 - 具体例
「金を出せ。出さないと殴るぞ」「借金をチャラにしろ。さもないと、家族に危害を加える」
このように、「脅迫(という手段)」+「財産の交付(という結果)」がセットになっているのが恐喝罪です。
脅迫罪の成立要件と刑罰の重さ
成立要件
- 害悪の告知
相手に恐怖心を生じさせるような、害悪(悪いこと)が起こることを伝えること。その内容は、加害者が直接的・間接的にコントロールできるものである必要があります。「天罰が下るぞ」のような、単なる吉凶悔いは含まれません。 - 告知の相手方
脅迫されるのは、相手本人またはその親族(配偶者、親子、兄弟姉妹など)に限られます。友人や恋人を対象とした場合は、脅迫罪は成立しません。 - 脅迫行為
相手がその内容を認識できれば、方法は問いません。口頭、電話、文書、メール、SNSなど、あらゆる伝達手段が含まれます。 - 結果の不要
脅迫罪は「抽象的危険犯」と呼ばれ、相手が実際に恐怖を感じたかどうかは関係ありません。 客観的に、一般の人が聞いたら恐怖を感じるような内容の害悪を告知した時点で、犯罪は成立します。
刑罰
2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金
恐喝罪の成立要件と刑罰の重さ
成立要件
- 恐喝行為(暴行または脅迫)
相手を怖がらせるための行為です。ここでの暴行・脅迫は、相手の反抗を完全に抑圧するほど強いものである必要はありません。反抗を抑圧するレベルに至ると、より重い「強盗罪」になります。 - 相手の畏怖(いふ)
恐喝行為によって、相手が恐怖を感じること。脅迫罪とは異なり、実際に怖がったという結果が必要です。 - 財物の交付・財産上の利益の移転
相手が恐怖のあまり、自ら金品を差し出す(財物の交付)、または借金の返済を免除する(財産上の利益の移転)こと。 - 一連の因果関係
上記の①→②→③が、一連の流れとしてつながっていることが必要です。
刑罰
10年以下の拘禁刑
恐喝罪の刑罰は、拘禁刑のみであり、罰金刑の定めがありません。 これは、恐喝罪が単なる脅しではなく、人の財産を奪う悪質な犯罪と位置づけられていることを示しており、起訴されれば正式な裁判が開かれる、きわめて重い罪です。
弁護士に相談するメリット
脅迫や恐喝の疑いをかけられてしまった場合、直ちに弁護士に相談することが、事態の悪化を防ぐために不可欠です。
- 犯罪不成立や、より軽い罪名での処理を目指す主張
「貸した金を返せ」と言った事案では、それが社会通念上許される範囲の権利行使であり、恐喝罪は成立しないと主張します。また、金銭の要求が明確でなかったり、相手が恐怖を感じていなかったりする場合には、恐喝罪ではなく、より軽い脅迫罪での処理を目指す弁護活動を行います。 - 早期の示談交渉による、不起訴処分の獲得
脅迫罪・恐喝罪は、どちらも被害者が存在する犯罪です。したがって、被害者の方と示談を成立させることが、前科を回避するための最も有効な手段となります。弁護士が代理人として、真摯な謝罪の意を伝えるとともに、被害弁償(恐喝の場合)や慰謝料を支払い、被害届の取下げや宥恕(許し)を得ることで、不起訴処分となる可能性を大きく高めます。 - 逮捕・勾留の回避
弁護士が迅速に示談交渉を進め、被害者との間で解決の見込みがあることを捜査機関に示すことで、逮捕や、逮捕後の勾留といった、長期の身柄拘束を回避できる可能性が生まれます。
まとめ
「脅迫罪」と「恐喝罪」。この2つを分けるのは、財産を奪う目的の有無です。そして、その違いは、「2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」と「10年以下の拘禁刑」という、刑罰の天と地ほどの差となって現れます。
「貸した金を返せ」という正当な権利行使でさえ、その言い方や態度一つで、恐喝という重罪に転化してしまう危険性をはらんでいます。
安易な言動で相手を脅してしまった、あるいは恐喝の疑いをかけられてしまった場合は、事態が深刻化する前に、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。あなたの行為が法的にどのように評価されるのかを的確に判断し、被害者との円満な解決を通じて、あなたの未来を守るために尽力します。
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