はじめに
傷害事件を起こしてしまった場合、不起訴処分を獲得し、前科がつくことを回避するために、最も重要となるのが被害者との示談交渉です。被害者の方に誠心誠意謝罪し、与えてしまった損害を賠償することで、円満な解決を図ることが、刑事手続きにおいてきわめて有利な情状として考慮されます。
そして、その示談交渉において、最も大きな論点となるのが「示談金」の額です。
示談金は、単なる「お詫びの気持ち」として漠然と決められるものではありません。怪我の治療にかかった「治療費」、仕事を休んだことによる「休業損害」、そして何より、怪我をさせられたこと自体の精神的苦痛に対する「慰謝料」など、法的な根拠に基づいて計算されるべきものです。
「一体いくら支払えば、被害者の方に納得してもらえるのだろうか」「もし、相手から法外な金額を請求されたらどうしよう」といった、金銭に関する悩みや不安は尽きないでしょう。
この記事では、傷害事件の示談金がどのような内訳で構成されているのか、その具体的な計算方法と相場、そして交渉を円滑に進めるための重要なポイントについて解説します。
Q&A
Q1. 示談金の内訳にある「慰謝料」とは、具体的に何に対するお金ですか?
慰謝料とは、被害者が被った精神的苦痛に対して支払われるお金です。傷害事件における慰謝料は、主に「入通院慰謝料(傷害慰謝料)」を指します。これは、怪我をしたこと自体の痛みや苦しみはもちろん、治療のために病院への入院や通院を余儀なくされたこと、普段通りの生活が送れなくなったこと、といった精神的な負担を金銭に換算したものです。示談金の中で、最も大きな割合を占めることが多い重要な項目です。
Q2. 相手の怪我は、病院に行ったら全治1週間の打撲と診断されました。この場合の示談金は、どのくらいが相場ですか?
全治1週間程度の比較的軽微な怪我の場合、示談金の総額は10万円~30万円程度が一つの目安となります。内訳としては、病院での診察費や薬代といった「治療費」の実費に、10万円前後の「慰謝料」を加えた金額となることがあります。ただし、これはあくまで相場であり、暴行の態様が悪質であったり、被害者の処罰感情が非常に強かったりする場合には、この金額を上回ることもあります。
Q3. 示談金は、いつまでに支払うべきですか?タイミングが重要だと聞きました。
できるだけ早く支払うべきです。 刑事手続きには、逮捕後72時間、勾留期間20日間といった時間制限があります。検察官が起訴・不起訴を決定する前に示談を成立させ、その事実を報告しなければ、不起訴処分を勝ち取ることは難しくなります。そのため、事件発生後、できるだけ早い段階で弁護士に依頼し、示談交渉に着手することが重要です。理想は、検察官が処分を決定する勾留期間の満期日までに、示談金の支払いを完了し、示談書を提出することです。
解説
示談金の適正額を知ることが、円満な事件解決への第一歩です。その内訳と計算方法を詳しく見ていきましょう。
1. 傷害事件における示談金の内訳を理解する
傷害事件の示談金は、漠然とした「迷惑料」ではありません。主に、以下の項目から構成されています。これらを一つずつ積み上げて、総額を計算していきます。
① 治療関係費
怪我の治療のために、実際にかかった費用です。基本的には、被害者の方から提出される領収書に基づいて、実費を全額支払います。
- 診察費、検査費用、手術費用、入院費用
- 処方された薬代、湿布代
- 通院のための交通費(公共交通機関、タクシー代など)
- 入院中の雑費(日用品の購入費など)
② 休業損害
被害者が、怪我の影響で仕事を休まざるを得なくなり、そのために得られなくなった収入(減収分)に対する補償です。
- 給与所得者の場合
会社の経理担当者などに「休業損害証明書」を作成してもらい、その記載に基づいて計算します。 - 自営業者の場合
前年度の確定申告書などを基に、1日あたりの基礎収入を算出して計算します。
③ 入通院慰謝料(傷害慰謝料)
これが、示談金の中核をなす、精神的苦痛に対する賠償です。金額に明確な定価はありませんが、主に治療期間(入院日数や通院期間)を基準として算定されます。治療が長引けば長引くほど、精神的苦痛も大きいと判断され、慰謝料額は高額になります。
④ その他
暴行によって被害者の物が壊れた場合には、その修理費や時価相当額も賠償の対象となります。
- 壊れた眼鏡の修理・購入費用
- 破れた衣服の購入費用
- 破損したスマートフォンの修理費用 など
2. 慰謝料の計算方法と治療期間別の相場
慰謝料の額は、交渉で最も争点になりやすい部分です。その算定にあたっては、長年の実務の蓄積がある、交通事故の損害賠償で用いられる算定基準が参考にされることが一般的です。
慰謝料の額を決定する最大の要因は「治療期間」
慰謝料の額は、被害者の怪我の程度、つまり治療にかかった期間(入院・通院期間)の長さにほぼ比例します。診断書に記載された「全治〇週間」といった見込み期間や、実際に通院が終了するまでの期間が、算定の基礎となります。
治療期間別の慰謝料相場
以下に、怪我の程度に応じた慰謝料額の目安を挙げます。ただし、以下はあくまでも目安であり、実際には暴行の態様や処罰感情や資力等、様々な事情で増減します。
怪我の程度(治療期間) | 慰謝料の目安 | 該当する傷病の例 |
全治1週間~2週間 | 10万円 ~ 30万円 | 軽い打撲、擦過傷、捻挫 |
全治1ヶ月程度 | 30万円 ~ 50万円 | むちうち、比較的軽度の骨折 |
全治2ヶ月~3ヶ月 | 50万円 ~ 100万円 | 骨折、靭帯損傷、手術を伴わない怪我 |
全治半年以上 | 100万円以上 | 複数箇所の骨折、手術を伴う重傷 |
後遺障害が残った場合
治療を続けても症状が完治せず、「後遺障害」が残ってしまった場合は、上記の入通院慰謝料とは別枠で、「後遺障害慰謝料」が発生します。後遺障害の等級に応じて、その額は数百万円から数千万円にのぼることもあり、示談交渉はさらに複雑かつ高額になります。
3. 示談交渉を円滑に進めるための交渉術とポイント
適正な示談金を把握した上で、交渉を有利に進めるためには、いくつかの重要なポイントがあります。
- ポイント①:何よりもまず、誠意ある謝罪から始める
示談は、単なる金銭の支払い契約ではありません。被害者の傷ついた心を癒し、許しを得るためのプロセスです。金額の話に入る前に、まずは弁護士を通じて、加害者の真摯な謝罪の気持ちと反省の態度を、誠心誠意お伝えすることが全ての始まりです。 - ポイント②:治療費の支払いを先行させる
示談交渉が長引く場合でも、被害者の方は治療費を立て替え続けている状態です。その負担を少しでも和らげるため、「示談成立前ですが、当面の治療費だけでも先にお支払いさせてください」と申し出ることで、あなたの誠意が伝わり、その後の交渉が円滑に進むことがあります。 - ポイント③:客観的な根拠(証拠)に基づいて交渉する
被害者側から金額の提示があった際には、その内訳と根拠を明確に示してもらうことが重要です。治療費であれば領収書、休業損害であれば証明書など、客観的な資料に基づかない、感情的な高額請求に対しては、弁護士が法的な観点から毅然と交渉します。
弁護士に示談交渉を依頼するメリット
傷害事件の示談交渉は、法律と交渉の専門家である弁護士に任せることもご検討ください。
- 法的に妥当な示談金額を算定・提示できる
弁護士は、交通事故の賠償実務で用いられる、裁判になった場合にも通用する客観的な基準(通称「弁護士基準」)を用いて、事案に応じた適正な慰謝料額を算定します。これにより、感情論に流されず、法的な根拠に基づいた交渉が可能です。 - 被害者の感情に配慮し、冷静な交渉を実現する
加害者への怒りを抱える被害者に対し、第三者である弁護士が冷静に対応することで、感情的な対立を避け、円満な解決を目指すことができます。 - 将来の紛争を完全に防ぐ、有効な示談書を作成する
示談が成立した際には、「本件に関する民事上・刑事上の一切の問題は、本示談をもってすべて解決とし、今後、相互に何らの請求をしない」といった清算条項を含む、法的に完璧な示談書を作成します。これにより、後から追加で請求されるといった将来のトラブルを未然に防ぎます。
まとめ
傷害事件の示談金は、「治療費」や「休業損害」といった実費に加え、怪我の治療期間に応じた「慰謝料」から構成されます。その金額は、軽い怪我でも数十万円、骨折などの場合は100万円を超え、後遺障害が残ればさらに高額になる可能性があります。
このデリケートで、時に感情的な対立を生みやすい金銭交渉を、当事者だけで円満に解決することはき困難です。
傷害事件を起こしてしまったら、まずはその責任の重さを真摯に受け止め、お早めに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。私たちが、法的な根拠に基づいた適正な示談金額を算定し、被害者の方への誠実な対応を通じて、あなたの人生の再スタートをサポートします。
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