はじめに
お酒の席での口論がエスカレートして相手の胸ぐらを掴んでしまった、路上で些細なことから言い争いになり、カッとなって相手を突き飛ばしてしまった…。私たちの日常では、このようなトラブルがきっかけで、相手に手を出してしまうことがあります。
このような行為は、刑法上の「暴行罪」や「傷害罪」に問われる可能性があります。この2つの犯罪は密接に関連していますが、「どこからが暴行で、どこからが傷害なのか」「科される刑罰の重さや、支払うべき慰謝料の額はどれほど違うのか」を正確に理解している方は多くありません。
「殴ったけれど、相手に怪我はなかったはずだ」「物を投げつけたが、相手には当たらなかった」といったケースでは、果たしてどちらの罪が適用されるのでしょうか。
この記事では、暴行罪と傷害罪の運命を分ける決定的な違い、それぞれの刑罰の重さ、そして民事上の責任である慰謝料(示談金)の相場について、具体的な事例を交えながら、弁護士法人長瀬総合法律事務所が徹底的に比較・解説します。
Q&A
Q1. 相手の身体に全く触れていなくても、暴行罪になることはありますか?
はい、なる可能性があります。 暴行罪における「暴行」とは、人の身体に対する不法な有形力の行使を指しますが、これは必ずしも物理的な接触を必要としません。判例では、人の耳元で太鼓を連打する、石を投げつける(ただし当たらなかった)、狭い室内で日本刀を振り回すといった行為も、暴行罪にあたるとされています。相手の身体に直接危険を及ぼすような不法なエネルギーの作用があれば、暴行と見なされる可能性があるのです。
Q2. いわゆる「喧嘩」で、相手も手を出してきました。この場合、私の罪は軽くなりますか?
「喧嘩両成敗」という言葉がありますが、刑事事件では、相手も暴力を振るってきたからといって、ご自身の罪が自動的に軽くなったり、なくなったりするわけではありません。ただし、相手の攻撃に対して身を守るためにやむを得ず反撃した場合は「正当防衛」が成立し、罪に問われない可能性があります。また、反撃が行き過ぎた場合でも「過剰防衛」として、刑が軽くなることがあります。どちらの暴行が先に始まったか、攻撃の程度など、具体的な状況によって判断が異なるため、専門家である弁護士に相談し、法的な主張を組み立てることが重要です。
Q3. 暴行罪と傷害罪では、被害者に支払う示談金の相場はどのくらい違いますか?
大きく異なります。暴行罪の場合、相手に怪我がないため、示談金は純粋な迷惑料・慰謝料となり、10万円~30万円程度が一つの相場です。一方、傷害罪の場合、この慰謝料に加えて治療費や休業損害などが加算されるため、示談金は高額になります。例えば、全治1ヶ月の怪我であれば、慰謝料だけで30万円~50万円、そこに治療費などが上乗せされます。後遺障害が残るような重傷の場合は、数百万円以上にのぼることもあり、両者の差は歴然です。
解説
「暴行」と「傷害」。似ているようで全く違う、この2つの犯罪の境界線を詳しく見ていきましょう。
1. 暴行罪と傷害罪の決定的な違いは「傷害という結果」の有無
暴行罪と傷害罪を分けるたった一つの、しかし決定的な違い。それは、あなたの行為によって、相手が「怪我(傷害)」をしたかどうかという結果の有無です。
暴行罪(刑法第208条)とは?
暴行罪は、「人の身体に対し暴行を加えた者が、傷害するに至らなかったとき」に成立します。
ポイントは、相手が怪我をしなくても、暴行行為そのものがあれば成立するという点です。ここでの「暴行」は、一般的に考えられているよりも広い意味を持ちます。
- 物理的な接触がある例
- 殴る、蹴る
- 胸ぐらを掴む、髪を引っ張る
- 腕を強く掴む、身体を突き飛ばす
- 物理的な接触がない例(有形力の行使)
- 相手をめがけて石や物を投げつける(当たらなくても成立)
- 耳元で大声やサイレンを鳴らす
- 自動車で幅寄せをして、衝突の危険を生じさせる
これらの行為の結果、相手が怪我をしなければ「暴行罪」にとどまります。
傷害罪(刑法第204条)とは?
傷害罪は、「人の身体を傷害した者」が処罰の対象となります。
つまり、上記の暴行罪にあたる行為の結果として、相手に「傷害」という結果が発生した場合に、暴行罪から傷害罪へと罪名がステップアップするのです。
ここでの「傷害」とは、人の生理的機能に障害を与えることを指し、これもまた広い意味で解釈されます。
- 切り傷、打撲、骨折、捻挫といった外傷
- 心的外傷後ストレス障害(PTSD)、うつ病、不眠症といった精神疾患
- 病原菌に感染させる行為
暴行罪がいわば「傷害未遂」のような位置づけであり、傷害という結果が発生したか否かで、両罪は明確に区別されます。
2. 比較すれば一目瞭然!刑罰の重さの違い
適用される罪名が違うということは、科される刑罰の重さも全く異なります。
- 暴行罪の刑罰
→ 2年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料 - 傷害罪の刑罰
→ 15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金
両者を比較すると、その差は歴然です。暴行罪の拘禁刑の上限が2年であるのに対し、傷害罪は15年と、きわめて重い刑罰が定められています。罰金刑の上限も、30万円と50万円で差があります。
この法定刑の違いは、逮捕後の勾留の判断や、最終的な判決(実刑か執行猶予か)に大きく影響します。
3. 民事上の責任「慰謝料(示談金)」の相場比較
刑事上の刑罰とは別に、加害者は被害者に対して、与えた損害を賠償する民事上の責任を負います。その中心となるのが「慰謝料」です。
暴行罪の場合の示談金相場:10万円 ~ 30万円程度
暴行罪では、相手に怪我がないため、原則として治療費は発生しません。そのため、示談金は、暴行を受けたことによる精神的苦痛に対する「慰謝料」がその主な内訳となります。金額は、暴行の態様や時間、被害者の処罰感情などによって変動しますが、10万円から30万円程度でまとまるケースが多いです。
傷害罪の場合の示談金相場:数十万円 ~ 数百万円以上
傷害罪の示談金は、暴行罪よりもはるかに高額になります。その内訳は、主に以下の3つから構成されます。
- 治療関係費
病院での治療費、薬代、入院費、通院交通費などの実費。 - 休業損害
怪我で仕事を休んだために得られなくなった収入。 - 入通院慰謝料(傷害慰謝料)
怪我の治療のために通院・入院を強いられたことによる精神的苦痛への賠償。この金額は、治療期間が長くなるほど高額になります。 例えば、全治1ヶ月なら30万~50万円、全治3ヶ月なら70万~90万円、といった形が目安となります。
さらに、治療を続けても完治せず、後遺症が残ってしまった場合は、「後遺障害慰謝料」として、別途数百万円から数千万円の賠償が必要になることもあります。
4. 暴行のつもりが傷害罪に?「結果的加重犯」の恐怖
傷害罪には、もう一つ知っておくべき重要な性質があります。それは、傷害の結果を生じさせるつもりがなくても、暴行の故意さえあれば傷害罪が成立する、という点です。これを「結果的加重犯」といいます。
例えば、「ちょっと懲らしめるつもりで、軽く肩を突き飛ばしただけ」だったとします。この時点では「暴行の故意」しかありません。しかし、もし相手がその勢いで転倒し、頭を打って重傷を負ってしまった場合、あなたは「傷害罪」の責任を問われます。「そんな大怪我をさせるつもりはなかった」という言い訳は通用しないのです。
自分の意図を超えた重い結果について、重い刑事責任を負わされるリスクが、暴行・傷害事件には常に潜んでいます。
弁護士に相談するメリット
カッとなって手を出してしまった場合、早期に弁護士に相談することで、事態の悪化を防ぎ、有利な解決を目指すことができます。
- 傷害罪ではなく、暴行罪での処理を目指す
相手の診断書の内容を精査し、怪我の程度が極めて軽微であることや、あなたの暴行と相手の怪我との間に因果関係がないことなどを主張し、傷害罪ではなく、より軽い暴行罪として扱われるよう、捜査機関に働きかけます。 - 早期の示談交渉による円満解決
暴行・傷害事件では、何よりも被害者への謝罪と賠償(示談)が重要です。弁護士が代理人として迅速に示談交渉を開始し、被害届の取下げや、当事者間の円満な解決を目指すことで、不起訴処分となる可能性を大きく高めます。 - 適正な慰謝料額での示談成立
被害者側から法外な示談金を請求された場合でも、弁護士が過去の裁判例や法的な根拠に基づき、適正な金額での解決を図ります。感情的な対立を避け、冷静な交渉が可能です。 - 正当防衛・過剰防衛の主張
事件の状況を法的に分析し、相手からの「急迫不正の侵害」があったと認められる場合には、正当防衛として無罪を主張します。また、反撃が行き過ぎた場合でも、過剰防衛として刑の減軽・免除を求めます。
まとめ
暴行罪と傷害罪。この2つを分けるのは、相手が怪我をしたかどうかという、紙一重の結果の違いです。しかし、その違いによって、科される刑罰の重さ、支払うべき慰謝料の額は、天と地ほども変わってきます。
そして、一度手を出してしまえば、自分ではコントロールできない深刻な結果を招き、傷害罪という重い罪に問われるリスクと、常に隣り合わせです。
もし、あなたがカッとなって手を出してしまい、相手に暴行を加えてしまったら、どうか一人で悩まず、すぐに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。事件が大きくなる前に、迅速かつ誠実な対応を始めることが、あなたの未来を守るための最善の一手です。
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