はじめに
痴漢や盗撮は、残念ながら再犯率が高い犯罪類型の一つとして知られています。その背景には、単なる性欲の問題だけではなく、ストレスや孤独感、認知の歪みといった、根深い問題が潜んでいることが少なくありません。いわば、「性依存症」という病理的な側面を持っているのです。
そのため、一度事件を起こして逮捕されたり、示談が成立して不起訴になったりしたとしても、その根本的な原因と向き合わなければ、再び同じ過ちを繰り返してしまう危険性が常に伴います。そして、再犯の場合は、もはや執行猶予などの寛大な処分は望めず、実刑判決という取り返しのつかない事態に直面することになります。
刑事手続きにおいても、検察官や裁判官は「口先だけの反省」を信用しません。「二度とやりません」と誓うだけでなく、「どのようにして再犯を防ぐのか」という客観的で具体的な取り組みを示すことが、不起訴処分や執行猶予付き判決を勝ち取るために重要なのです。
この記事では、痴漢・盗撮の再犯を防ぐための具体的な方法と、その更生への取り組みを、弁護士が法的な観点からどのようにサポートしていくのかを解説します。
Q&A
Q1. 痴漢や盗撮は「病気」なのでしょうか?病院に行けば治るものですか?
全てがそうとは言えませんが、多くのケースで「性依存症(性的嗜好障害)」という、精神疾患の一種が背景にあると考えられています。これは、アルコール依存症やギャンブル依存症と同じく、自分の意思だけではやめられない「コントロール障害」です。適切な治療を受けなければ、自分の意思の力だけで「治す」ことは困難です。しかし、逆に言えば、専門の医療機関で認知行動療法などの適切な治療やカウンセリングを受けることで、症状をコントロールし、再犯のリスクを低減させることが期待できます。
Q2. 家族として、本人の再犯を防ぐために何ができますか?
ご家族のサポートは、再犯防止においてきわめて重要です。具体的には、①本人が専門クリニックに通うことを理解し、支えること、②スマートフォンの使用状況を定期的にチェックしたり、GPSで行動を把握したりするなど、物理的に犯行が困難な環境を作ること(監督体制の構築)、③本人のストレスや悩みに耳を傾け、孤立させないこと、などが挙げられます。こうしたご家族の具体的な取り組みを「監督計画書」などの書面にまとめ、弁護士を通じて捜査機関や裁判所に提出することは、有効な情状活動となります。
Q3. 再犯防止の取り組みは、いつから始めればよいですか?
事件が発覚したら、直ちに始めるべきです。 早ければ早いほど、あなたの反省の深さと更生意欲の強さを示すことができます。逮捕されている場合でも、弁護士を通じて家族に専門クリニックの予約を取ってもらい、釈放されたらすぐに通院を開始する、といった迅速な対応が望まれます。示談交渉と並行して再犯防止の取り組みを進めることが、不起訴処分を獲得するための鍵となります。
解説
「反省」を、口先だけでなく「行動」で示す。それが、寛大な処分を得て、人生をやり直すための道です。
1. なぜ繰り返してしまうのか?痴漢・盗撮と「依存症」の関係
痴漢や盗撮の背景にある「性依存症」は、単に「性欲が強い」こととは異なります。そこには、以下のような複雑な心理メカニズムが働いていると言われています。
- ストレスからの逃避
仕事や家庭での強いストレス、対人関係の悩み、孤独感などから逃れるための、不適切な対処行動として現れる。 - 歪んだ認知
「これくらいならバレない」「相手もまんざらではないはずだ」といった、自分に都合のよい考え方(認知の歪み)が根付いている。 - スリルへの依存
「捕まるかもしれない」という緊張感と、それを乗り越えて行為を遂行した時の興奮が、やがてスリルそのものを求める依存状態につながる。
これらの問題は、本人の「だらしなさ」や「意志の弱さ」だけで片付けられるものではなく、専門的なアプローチによる「治療」が必要な領域なのです。
2. 刑事手続きで評価される、具体的な再犯防止策
検察官や裁判官に「この人は本気で更生しようとしている」と認めてもらうためには、客観的で具体的な取り組みが重要です。
① 専門の医療機関・カウンセリング機関での治療
これが、再犯防止策の中で最も重要かつ効果的な方法です。
- 性犯罪専門のクリニック・精神科
医師による診断を受け、必要に応じて薬物療法や、専門的な治療プログラム(認知行動療法など)を受けます。認知行動療法では、自分がどのような状況で犯行に及んでしまうのか(思考・感情・行動のパターン)を客観的に分析し、それを健全な行動に変えていくためのトレーニングを行います。 - 自助グループへの参加
同じような問題を抱える人々が集まり、互いの体験を分かち合い、支え合うグループに参加することも有効です。
弁護士は、これらの治療実績が豊富な専門機関を紹介し、ご本人やご家族が適切なサポートを受けられるよう橋渡しをします。
② 家族による具体的な監督体制の構築
ご家族の協力は、本人が社会内で更生していくための土台となります。
- 物理的な監視
スマートフォンのフィルタリング設定や使用履歴の共有、GPSアプリによる行動管理、門限の設定など、物理的に犯行の機会を奪う環境を整えます。 - 精神的なサポート
本人が治療に前向きに取り組めるよう励まし、孤立させずに日々の悩みを聞くなど、精神的な支えとなります。
これらの具体的な監督プランを、ご家族が連名で「監督計画書」や「陳述書」として書面にまとめ、弁護士が意見書と共に提出することで、検察官や裁判官に「家族一丸となって更生を支える体制が整っている」と強くアピールできます。
③ 犯行につながる環境からの物理的な隔離
本人の意思で、痴漢・盗撮の引き金となる環境を自ら断ち切ることも重要です。
- 通勤ルート・手段の変更
満員電車での痴漢であれば、時差出勤や自転車通勤、リモートワークへの切り替えなどを会社に相談する。 - スマートフォンの機種変更
高機能なカメラ付きスマホから、カメラ機能のない、あるいは性能の低いガラケーなどに変更する。 - 転職・転居
職場のストレスが原因であれば、環境を変えるために転職を検討する。
3. 弁護士は、あなたの更生を「法的な構成」に変える
これらの再犯防止への取り組みは、それ自体が尊いものですが、刑事手続きにおいては、それを検察官や裁判官に効果的に伝えなければ意味がありません。弁護士は、あなたの更生への努力を、寛大な処分を勝ち取るための「法的な構成」へと昇華させます。
不起訴処分を目指す場面で
示談交渉を進めると同時に、専門クリニックの診断書や通院証明書、ご家族の監督計画書などを収集します。そして、これらを添付した弁護士の意見書を検察官に提出し、「本件は示談も成立しており、本人もこれだけ真剣に再犯防止に取り組んでいる。刑事罰を科すよりも、社会内での治療を継続させることが、真の更生につながる」と主張し、起訴猶予処分を求めます。
刑事裁判で執行猶予を目指す場面で
起訴されてしまった場合、裁判では「再犯のおそれが低いこと」を立証することが、執行猶予付き判決を得るための鍵となります。そのために、
- 主治医やカウンセラーに情状証人として出廷してもらい、治療の経過や今後の見通しについて、専門家の立場から証言してもらう。
- 家族に情状証人として出廷してもらい、今後の監督体制について、法廷で具体的に誓約してもらう。
といった活動を行います。弁護士は、これらの証人尋問が効果的に行われるよう、事前に綿密な打ち合わせを行います。
まとめ
痴漢・盗撮という過ちを犯してしまったとき、刑事手続きのゴールは、単に軽い処分を得ることだけではありません。真のゴールは、二度と同じ過ちを繰り返さない人間になること、つまり「更生」です。
そして、刑事手続きにおいては、その更生への真摯な「取り組み」こそが、あなたの未来を切り拓く有力な手段となります。専門家による治療、家族の支え、そして生活環境の改善。これらの具体的な行動が、検察官や裁判官の心を動かし、あなたにもう一度、社会でやり直すチャンスを与えてくれるのです。
弁護士は、法律の専門家であると同時に、あなたの更生への道のりをサポートし、その努力を法的な主張へと結実させるパートナーです。過ちと真摯に向き合い、具体的な一歩を踏み出す決意ができたなら、ぜひ弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。私たちが、その道のりを共に歩みます。
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