はじめに
警察や検察の捜査を受けた方、またそのご家族にとって、最大の関心事は「起訴されるのか、それとも不起訴になるのか」という点ではないでしょうか。この起訴・不起訴の決定は、単に裁判が開かれるかどうかを決めるだけでなく、その後の人生に「前科」が付くかどうかが決まる、きわめて重大な分岐点です。
この重要な判断を、日本の刑事司法制度において一身に担っているのが「検察官」です。検察官は、どのような情報を基に、どのような考え方でこの重い判断を下しているのでしょうか。
この記事では、刑事事件における最終処分である「起訴」「不起訴」がいつ、どのような基準で決定されるのか、そして不起訴処分にはどのような種類があるのかについて解説します。
Q&A
Q1. 捜査が終わってから、どのくらいの期間で起訴・不起訴が決まりますか?
これは、身柄が拘束されているか(身柄事件)、されていないか(在宅事件)によって大きく異なります。
- 身柄事件の場合
逮捕・勾留されている事件では、勾留期間の満了日(逮捕から最長で23日目)までに、検察官は必ず起訴・不起訴を決定しなければなりません。法律で厳格な時間制限が定められています。 - 在宅事件の場合
明確な時間制限はありません。警察から事件が検察庁に送られてから(書類送検)、数ヶ月で決まることもあれば、事案が複雑な場合は1年以上かかることもあります。この「いつ決まるか分からない」という点が、在宅事件の当事者にとって大きな精神的負担となります。
Q2. 不起訴になったら、その理由を教えてもらえますか?
検察官は、不起訴処分を下した際に、その理由を被疑者に詳しく説明する義務はありません。そのため、なぜ不起訴になったのか分からないまま事件が終了することも多いです。しかし、弁護士がついていれば、担当検察官に問い合わせることで、大まかな理由(例えば、示談が成立したことが決め手になった、など)を確認できる場合があります。また、被疑者は検察官に対して「不起訴処分告知書」という、不起訴になった事実を証明する書面の交付を請求することができます。
Q3. 一度不起訴になった事件で、再び捜査されたり起訴されたりすることはありますか?
判決が確定した場合の「一事不再理」とは異なり、不起訴処分には、法律上、事件を完全に蒸し返させないという効力(確定力)はありません。そのため、例えば不起訴になった後に新たな有力な証拠(犯行を決定づけるDNA鑑定の結果など)が見つかったような例外的なケースでは、再び捜査が開始され、起訴される可能性はゼロではありません。しかし、これは稀なケースであり、実務上は、一度不起訴処分となった事件が再燃することは、あまりないと考えてよいでしょう。
解説
日本の刑事手続きのゴールともいえる、検察官の「終局処分」。その内実を詳しく見ていきましょう。
起訴・不起訴の全権を握る「検察官」
まず、検察官とはどのような役割を担う存在なのかを理解することが重要です。検察官は、主に警察から送致された事件について、自らも捜査を行い、証拠を精査し、被疑者を刑事裁判にかけるかどうか(=起訴するかどうか)を決定する権限を持ちます。
日本では、この起訴する権限(公訴権)は検察官が独占しており、警察官や裁判官、もちろん被害者も、誰かを起訴することはできません。この検察官の強大な権限を「公訴権の独占」といいます。つまり、刑事事件の入口が警察による捜査だとすれば、裁判という次のステージに進む門番が検察官なのです。
検察官は、何を基準に「起訴」「不起訴」を判断するのか?
検察官は、単なる機械のように「法律の要件に当てはまれば即起訴」という判断をしているわけではありません。刑事訴訟法第248条には、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」と定められています。
これは「起訴便宜主義」と呼ばれ、検察官に広い裁量権を与えています。検察官は、主に以下の2つの側面から、事件を総合的に判断します。
判断基準①:嫌疑の程度(裁判で有罪にできるか?)
第一の基準は、被疑者が罪を犯したことが、集められた証拠によって間違いなく証明できるか、という点です。検察官は、法廷で裁判官を納得させ、有罪判決を得られるだけの客観的証拠(物証、防犯カメラ映像など)や関係者の供述証拠が揃っているかを厳しく吟味します。
もし、証拠が不十分で、裁判で無罪になる可能性が高いと判断すれば、検察官は起訴しません。これが後述する「嫌疑不十分」による不起訴処分です。
判断基準②:処罰の必要性(あえて裁判にかける必要があるか?)
第二の基準は、たとえ有罪にできるだけの十分な証拠があったとしても、「あえて起訴して刑事罰を科すまでの必要性があるか」という点です。これこそが、検察官の裁量が最も大きく働く部分であり、弁護活動が最も重要となるポイントです。
検察官は、主に以下のような事情を天秤にかけ、処罰の必要性を判断します。
- 犯罪自体の重さ
被害額の大小、犯行態様の悪質性、計画性の有無など。 - 被疑者側の事情
年齢、これまでの生活態度、前科・前歴の有無、事件に至った経緯、反省の深さなど。 - 被害者側の事情
被害の程度、被害者の処罰感情の強弱など。 - 犯罪後の状況
被害者との示談が成立しているか、被害弁償が尽くされているか、被疑者が再犯防止に向けて具体的に努力しているか(例えば、依存症の治療を開始したなど)。
これらの事情を総合的に考慮した結果、検察官が「今回は起訴するまでの必要はない」と判断した場合、「起訴猶予」という不起訴処分が下されます。
知っておきたい「不起訴処分」の3つの種類
「不起訴」と一言でいっても、その理由は様々です。いずれの場合も前科は付きませんが、その内容は大きく異なります。
- ① 嫌疑なし
捜査の結果、被疑者が犯人でないことが明白になった場合や、犯罪の成立を証明する証拠がない場合です。いわゆる「白」であり、無実が証明されたことを意味します。 - ② 嫌疑不十分
犯罪の疑いはあるものの、それを裁判で立証するための証拠が不十分な場合です。「黒とは言い切れないグレー」の状態で事件が終了するイメージです。否認事件で、自白が取れず、客観的証拠も乏しいケースなどがこれにあたります。 - ③ 起訴猶予
実務上の不起訴処分の大多数を占めるのが、この起訴猶予です。 嫌疑は十分にあり、起訴すれば有罪にできるけれども、上記で解説した様々な事情を考慮し、検察官が「今回は大目に見ましょう」と起訴を見送る処分です。罪を認めている事件で、被害者との示談が成立している場合などは、この起訴猶予を目指すことになります。
弁護士に相談するメリット
検察官が下す起訴・不起訴の判断、特に「起訴猶予」を勝ち取るためには、弁護士による専門的な活動が不可欠です。
- 検察官の判断材料に直接働きかける活動
弁護士の最大の役割は、検察官が判断基準とする「処罰の必要性」を低下させるための活動を行うことです。具体的には、被害者がいる事件であれば、迅速に示談交渉を開始し、被害弁償を尽くすことで、被害者の処罰感情を和らげます。そして、示談が成立したことを示す示談書を検察官に提出します。 - 有利な情状を意見書として提出
被疑者が深く反省していること、家族が今後の監督を誓約していること、再犯防止のための具体的な取り組みを始めていることなど、本人に有利な事情を「意見書」としてまとめ、説得力のある形で検察官に伝えます。口頭で伝えるだけでなく、証拠に基づいた書面として提出することが重要です。 - 検察官との直接交渉
弁護士は、担当検察官と直接面談し、事件の見通しや検察官の心証を探りながら、なぜ本件が不起訴処分(起訴猶予)にすべき事案であるかを法的な観点から主張します。
まとめ
刑事事件の最終的なゴールの一つは、前科が付くことを回避する「不起訴処分」の獲得です。その鍵を握るのは、検察官ただ一人です。
そして、検察官の判断は、「証拠が十分か」という点に加え、「あえて起訴する必要があるか」という、情状面を考慮した裁量に大きく委ねられています。この裁量判断にプラスに働くよう、いかに有効な活動を行えるかが、弁護士の腕の見せ所となります。
被害者との示談、反省の態度の表明、再犯防止策の提示。これらの活動は、検察官が処分を決定する前に行わなければ意味がありません。警察の捜査が始まった段階、あるいは検察に事件が送られた段階で、一日も早く弁護士に相談し、不起訴処分獲得に向けた活動を開始することが、あなたの未来を守るために最も重要なことです。
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