はじめに
交通事故で人を死亡させてしまった場合、適用されうる罪名としては大きく「過失運転致死罪」と「危険運転致死罪」があります。これらはいずれも「人を死亡させる」という重大な結果をもたらす犯罪ですが、その成立要件や法定刑の重さに違いがあります。なぜ、同じ「死亡事故」でも罪名が変わるのか、またどのような運転態様が「危険運転」と判断されるのかについて、日常的にはあまり馴染みがない方が多いのではないでしょうか。
本稿では、過失運転致死罪と危険運転致死罪の区別を中心に、交通事故をめぐる刑事責任の考え方を整理します。また、実際の事件でよくある疑問点をQ&A形式で取り上げ、さらに捜査や裁判、示談交渉の流れを解説します。万が一、死亡事故を起こしてしまい、どちらの罪に問われる可能性があるのか気になっている方や、今後の見通しを知りたい方にとって、本記事が少しでもお役に立てば幸いです。
Q&A
過失運転致死罪と危険運転致死罪は、どのように区別されるのですか?
- 過失運転致死罪:いわゆる「通常の不注意運転」で人を死亡させた場合に適用されます。飲酒運転や大幅な速度超過がなく、前方不注意やブレーキ操作の遅れなど「過失」によって事故を起こしたときに主に問われます。
- 危険運転致死罪:飲酒運転、著しい速度超過、無免許運転など、特に悪質・危険な態様で運転をし、人を死亡させた場合に適用されます。法定刑が非常に重く、「1年以上の有期懲役(最高20年)」が科される可能性があります。
過失運転致死罪と危険運転致死罪では、どちらがより刑が重いですか?
危険運転致死罪の方が大幅に重いです。過失運転致死罪では「7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金」が法定刑となるのに対し、危険運転致死罪は「1年以上20年以下の懲役」と厳しい処罰が規定されています。
飲酒運転をしていたら、必ず危険運転致死罪になりますか?
飲酒運転が判明した場合でも、すべてが即「危険運転致死罪」になるわけではありません。法律上、「アルコールなどの影響で正常な運転が困難な状態」であることが要件とされています。ただし、実務上は飲酒量や当時の状況などを総合的に判断したうえで、危険運転致死罪が適用される可能性が高まります。
速度超過で死亡事故が起きたとき、どの程度の速度オーバーから危険運転致死罪になりますか?
「著しい速度超過」の具体的基準は一概には定められていませんが、実務では制限速度を大幅に超過する場合、道路状況や事故の態様と合わせて危険運転致死罪が検討されます。若干の速度超過では過失運転致死罪にとどまるケースもありますが、あまりにも速度超過が甚大であれば、危険運転致死罪が適用される可能性があるのです。
危険運転致死罪が適用される状況であっても、示談などで刑が軽くなることはありますか?
はい。示談が成立し、被害者遺族が加害者に対して比較的寛大な処罰感情を示している場合、裁判での量刑が軽減される可能性があります。ただし、危険運転致死罪自体は非常に悪質な運転態様が前提であるため、過失運転致死罪に比べると実刑判決のリスクが高く、執行猶予がつかないケースも多く見られます。
危険運転致死傷罪には「傷」に関する規定も含まれますが、死亡事故とどう違うのでしょうか?
危険運転致死傷罪は、「死傷」という文言が示すように、被害者が死亡した場合も、重い障害を負った場合も対象となります。死亡事故では刑がさらに重く判断されやすい一方、負傷のみの場合でも実刑が科される可能性は否定できません。
自分で「どちらの罪に問われるか」判断はできますか?
正確には捜査機関や検察官が事件内容を精査して決定します。自身の運転態様が危険運転に該当するか微妙なケースもあるため、早期に弁護士へ相談し、どのように主張を展開すべきか一緒に検討することが望ましいといえます。
もし危険運転致死罪で起訴されても、過失運転致死罪への切り替えはできるのでしょうか?
裁判過程や捜査状況で、証拠や証言から「危険運転とは言えない」と判断されれば、過失運転致死罪に切り替わる可能性もあります。ただし、立件される段階で「悪質かつ危険な運転」とみなされている場合、そのハードルは低くありません。
呼気検査を拒否すると罪が重くなると聞きましたが、本当ですか?
呼気検査を拒否すれば、道路交通法違反が成立し、免許停止・取消や追加のペナルティが科される可能性があります。危険運転致死罪に直ちに切り替わるわけではありませんが、捜査機関からは「反省していない」「捜査に非協力的」と判断され不利に働く可能性もあります。
急発進や蛇行運転も危険運転にあたる場合がありますか?
急発進や極端な蛇行運転によって正常な運転が困難な状態とみなされる場合は、危険運転致死罪の適用が検討される可能性があります。具体的には「漫然運転」「わき見運転」以上に悪質な行為と判断されるかどうかが重要です。
解説
過失運転致死罪の基本的枠組み
過失運転致死罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)とは、運転者が安全運転義務に違反した結果として人を死亡させた場合に成立する犯罪です。前方の安全確認不足や、信号無視、スマホ操作などによる脇見運転など、社会通念上「そこまで悪質ではないが不注意があった」と評価される態様であっても、人を死亡させれば重大な刑事責任を負います。もっとも、危険運転致死罪ほどの悪質性はないという判断に基づき、法定刑は相対的に軽い設定となっています。
危険運転致死罪が適用される場面
危険運転致死罪(自動車運転死傷行為処罰法2条)では、アルコールや薬物の影響、著しい速度超過、無免許運転といった「著しく危険な運転状態」が前提となります。これは立法当時、悪質な飲酒運転事故が社会問題化し、被害者側から「厳罰化を求める声」が強まったことが背景です。通常の不注意を超えた危険性があると判断されれば、最大で20年の懲役が科されるなど、非常に重い処罰がなされることになります。
「危険運転」の立証と実務上の争点
危険運転致死罪が適用されるには「正常な運転が困難な状態」などの要件を検察官が立証する必要があります。具体的には、飲酒運転であれば血中アルコール濃度や目撃証言、速度超過であればドライブレコーダーや事故現場のタイヤ痕などが証拠となります。加害者側としては、過失運転致死罪への切り替えを目指して「危険運転までは認められない」という反論を行うことが多いです。
示談の重要性と量刑への影響
たとえ危険運転致死罪が適用されそうなほど悪質な事故でも、示談が成立し被害者遺族が「加害者を強く処罰する意思はない」と示せば、裁判官の量刑判断が変わることがあります。もちろん過失運転致死罪のほうが示談による軽減効果を得やすいですが、危険運転致死罪でも示談は大きな意味を持ちます。ただし、悪質性が高いと判断されるほど、実刑が回避できるかどうかはケースバイケースとなります。
保険会社との連携と注意点
被害者保護のためにも、まずは事故後すぐに加入保険を確認し、保険会社にも連絡しておくことが重要です。早期に弁護士へ相談すれば、保険の適用範囲を踏まえた示談交渉もスムーズに進めやすくなります。
弁護士に相談するメリット
危険運転適用を回避するための法的戦略
危険運転致死罪に問われるかどうかは、まさに「生涯を左右する重大問題」です。弁護士が早期に捜査資料を分析し、「正常な運転が困難というほどではなかった」「飲酒量や速度超過が軽微だった」と主張・立証できれば、危険運転の適用を避けられる可能性が出てきます。実務では、ドライブレコーダー映像や目撃証言の分析など、多角的な弁護活動が求められます。
捜査段階での聴取対応サポート
警察・検察による取り調べでは、「どのように事故当時の状況を説明するか」が大きなポイントです。供述内容が曖昧だったり、当初と後で話が食い違ったりすると、悪質な嘘や隠蔽工作と判断される恐れもあります。弁護士のサポートを受けながら正確な主張を行うことで、危険運転か否かの争点を有利に運べる場合があります。
示談交渉のサポート
死亡事故では示談の可否が量刑に大きく影響を及ぼすため、弁護士の交渉力がものをいいます。特に危険運転致死罪が疑われるほどの悪質事故でも、誠意を示し、被害者遺族が望む形の賠償や謝罪を行うことができれば、重い処罰を回避できる可能性が高まります。弁護士は法的根拠や判例を踏まえ、被害者遺族が納得できる説明や条件提示を行いやすくなります。
実刑回避や執行猶予獲得の可能性
危険運転致死罪が確定すれば実刑リスクは高まりますが、弁護士の弁護活動次第では執行猶予がつく余地を探れる場合もあります。情状証拠を整理し、被告人の更生可能性が高いことや、家族・職場のサポート体制などを立証することで、裁判所に「執行猶予を与えることも妥当だ」と考えてもらえるよう働きかけます。
まとめ
過失運転致死罪と危険運転致死罪は、どちらも「人を死亡させた」という重大な結果を問う犯罪ですが、運転態様の悪質性が異なるため、法定刑や量刑の見通しが大きく異なります。特に危険運転致死罪は長期の実刑に直結しやすく、被害者遺族との示談交渉が不調に終われば、裁判所による厳罰が避けられないケースも少なくありません。
万が一、自分の運転が「危険運転に該当するかも」と疑われる事態になったら、以下のポイントを押さえましょう。
- 運転態様の客観的分析
飲酒の度合いや速度超過の程度などを具体的に確認し、危険運転の適用余地を早めに把握しておく必要があります。 - 捜査機関とのやり取りに慎重になる
不用意な発言や供述のブレが、危険運転の立証を補強しかねません。弁護士のアドバイスを受けながら正確に主張することが大切です。 - 被害者遺族との示談交渉を重視する
示談が成立すれば量刑で有利に働く可能性があります。誠心誠意の謝罪と十分な賠償を検討しましょう。 - 早期の弁護士相談で戦略を練る
客観的証拠の収集や事故の再現など、法律の専門家でないと難しい作業が多くあります。早めに依頼することでリスクを最小化できます。
死亡事故であれば、いずれの罪名に問われるとしても決して軽視できない重大な事態です。まずは冷静に現状を把握し、プロの視点で状況を分析することが重要です。弁護士法人長瀬総合法律事務所では、交通事故事案も数多く取り扱ってきました。疑問や不安がある方は、ぜひ一度ご相談ください。
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