Archive for the ‘【犯罪別】薬物事件の解説’ Category
職務質問で尿検査を求められたら?任意と強制の違いと拒否する権利
はじめに
夜道を歩いていると、突然パトカーが停まり、警察官から「すみません、ちょっとよろしいですか」と声をかけられる。いわゆる「職務質問」です。さらに、持ち物を見せるよう求められ、挙動が不審だと判断されると、「任意でいいので、警察署まで来て、尿検査に協力してもらえませんか?」と、同行を求められることがあります。
薬物など、やましいことが何もない方にとっては、「疑いを晴らすために協力しよう」と思うかもしれません。しかし、一方で「なぜ自分が?」「プライバシーの侵害ではないか」と、理不尽さや不快感を覚えるのも当然の感情です。
そもそも、警察官に求められた尿検査は、必ず応じなければならないのでしょうか。どこまで拒否することができ、もし拒否したら、どうなってしまうのでしょうか。
この記事では、職務質問に伴って行われる尿検査について、その法的な根拠、「任意」と「強制」の決定的な違い、そして私たち市民に保障された「拒否する権利」について解説します。
Q&A
Q1. 尿検査を「任意ですから」と言われたので断ったら、「協力しないと、君が怪しいってことになるだけだぞ」と言われました。それでも断り続けて、逮捕されることはありますか?
尿検査を拒否したこと、それ自体を理由として逮捕されることはありません。なぜなら、尿検査はあくまで「任意」であり、あなたにはそれを拒否する明確な権利があるからです。「協力しないと不利になる」といった警察官の発言は、あなたの任意性を侵害し、事実上の強制に当たる可能性のある、不適切な発言です。ただし、尿検査を拒否し続けている間に、警察官があなたの他の言動や所持品などから、薬物使用を裏付ける客観的な証拠を発見し、裁判所に逮捕状を請求する、という可能性は理論上あり得ます。
Q2. 警察官の強い説得に負けて、一度は任意で尿検査に応じてしまいました。もし、それで薬物反応が出た場合、後から「あの同意は本当の任意ではなかった」と主張して、その結果を無効にすることはできますか?
裁判では、「違法収集証拠排除法則」という原則があり、違法な捜査によって得られた証拠は、裁判で使うことができない、とされています。もし、あなたが尿検査に応じた経緯が、警察官による長時間の引き留めや、心理的な圧迫、あるいは偽りの説明によるものであり、あなたの「真に自由な意思」に基づいた同意ではなかったと裁判所が判断した場合、その尿検査の結果は違法な証拠として排除されます。その結果、検察官は有罪を立証する手段を失い、無罪判決となる可能性があります。
Q3. 警察署に任意同行されて、尿検査を断っているのに、何時間も部屋から出してくれません。これは違法ではないですか?
違法な身柄拘束にあたる可能性があります。「任意同行」は、あくまであなたの同意に基づいて行われるものです。警察官が、あなたを物理的に妨害したり、「まだ帰れない」と言って引き留めたりする行為は、事実上の「逮捕」と同じ状態です。もし、警察官が逮捕状を持っていないのであれば、それは令状のない違法な身柄拘束であり、あなたは直ちに解放を求め、弁護士を呼ぶ権利があります。
解説
1.尿検査の法的根拠と「任意捜査」という原則
まず、警察官が行う捜査活動は、法律によって厳格にルールが定められています。
刑事訴訟法の原則
刑事訴訟法は、「強制の処分は、この法律に特別の定がある場合でなければ、これをすることができない」と定めています。これは「任意捜査の原則」と呼ばれ、捜査は本人の同意に基づいて任意で行うのが基本であり、令状など法律の根拠がない限り、強制的な処分は一切許されない、という日本の刑事手続きにおける原則です。
尿検査の位置づけ
尿の採取(採尿)は、本人の身体の内部から排泄物を採取する行為であり、個人の尊厳やプライバシーを著しく侵害する可能性のあるデリケートな行為です。しかし、この尿検査を強制的に行うための、明確な法律の規定は、令状手続きを除いて存在しません。
結論:尿検査は「任意」であり、「拒否する権利」がある
以上のことから、警察官が令状を持たずにあなたに求める尿検査は、あなたの真に自由な意思による「同意」がなければ行うことができない「任意捜査」です。したがって、あなたには、その要請を拒否する権利が保障されています。
2.「任意採尿」と「強制採尿」の決定的な違い
尿検査には、あなたの同意に基づく「任意採尿」と、裁判官の令状に基づく「強制採尿」の2種類があります。
任意採尿
- 要件:本人の真に自由な意思に基づく、明確な同意があること。
- 方法:警察署のトイレなどで、警察官から渡された紙コップに、本人が自らの意思で排尿する。
- 拒否する権利:任意であるため、いつでも、いかなる理由でも、拒否することができます。警察官が「疑いを晴らすためだ」「君のためだ」などと説得を試みても、それに応じる義務はありません。
強制採尿
- 要件:裁判官が、その必要性と相当性を審査した上で発付した「採尿令状(身体検査令状の一種)」があること。
- 令状が発付される条件:
- 薬物を使用したことを疑うに足りる、客観的で相当な理由があること(例:腕に多数の注射痕がある、言動が著しく支離滅裂である、など)。
- かつ、本人が任意での採尿を頑なに拒否し、他に証拠を入手することが困難であること。
- 方法:医師が、病院などの施設で、本人の意思に反して、尿道にカテーテル(細い管)を挿入し、強制的に膀胱から尿を採取します。これは、身体に対するきわめて強力な強制処分です。
- 拒否した場合:適法な令状の執行であるため、これに物理的に抵抗すれば、公務執行妨害罪に問われる可能性があります。
3.職務質問の現場で、あなたの権利を守るための対応
では、実際に警察官から尿検査を求められたら、どう対応すべきでしょうか。
対応①:まずは、令状の有無を確認する
「それは、任意ですか、それとも令状のある強制ですか?」と、冷静に確認しましょう。もし警察官が令状を提示できないのであれば、それは任意捜査であり、あなたに応じる義務はありません。
対応②:毅然と、冷静に、拒否の意思を明確に伝える
「任意であるならば、協力する義務はないと理解していますので、お断りします」と、はっきりと、しかし丁寧な言葉で拒否の意思を伝えましょう。感情的になって大声を出したり、警察官を罵倒したりすると、別のトラブルの原因になりかねません。
対応③:執拗な説得や、長時間の引き留めには屈しない
警察官は、なかなか諦めずに説得を続けるかもしれません。しかし、あなたの意思が変わらない以上、それ以上あなたを拘束することはできません。「任意ですので、私はもう帰ります」と、その場を立ち去る意思を明確に示してください。もし、腕を掴まれたり、進路を妨害されたりして、帰ることができないのであれば、それは違法な身柄拘束にあたる可能性があります。
対応④:「弁護士に連絡します」と伝える
状況が膠着したり、警察官の行為が違法だと感じたりした場合は、「弁護士に電話で相談します」と伝えることが効果的です。弁護士に電話を代わってもらい、警察官と直接話をしてもらうことで、警察官も違法な捜査を続けることが困難になります。
弁護士に相談するメリット
職務質問や尿検査といった、警察権力と直接対峙する場面において、弁護士はあなたの権利を守るための強力な盾となります。
- 現場での違法な捜査を、その場で阻止する
あなたが現場から弁護士に電話をすれば、弁護士は電話口で警察官に対し、「その行為は任意性を逸脱しており違法である」「直ちに本人を解放しなさい」と、法的な根拠に基づいて抗議し、不当な捜査をその場で中止を求めます。 - 違法な証拠を、裁判で排除する
もし、違法な手続きで採尿され、その結果が有罪の証拠として使われそうになった場合、弁護士は裁判で、その証拠の無効(証拠能力の否定)を争います。証拠の収集過程における警察の違法性を立証し、裁判官にその証拠を採用させないことで、無罪判決を勝ち取ることを目指します。 - 権力と対峙する、あなたの代理人となる
法律の知識と権限を持つ警察官に対し、一般市民が一人で立ち向かうのは、精神的にも知識的にも困難です。弁護士は、あなたの正当な権利を守るため、あなたに代わって権力と対等に渡り合う専門家です。
まとめ
警察官による職務質問の際の尿検査は、裁判官の令状がない限り、あくまで「任意」です。そして、あなたには、その要請を拒否する、憲法上・法律上の明確な権利があります。
警察官による「疑いが晴れるだけだから」「協力しないと不利になる」といった説得に、安易に応じる必要は一切ありません。「任意であるなら、お断りします」と、冷静に、しかし毅然とした態度で伝えることが、あなたのプライバシーと権利を守るための第一歩です。
もし、警察官の執拗な要求や、不当な身柄拘束によって、あなたの権利が侵害されていると感じたならば、それは専門家の助けが必要なサインです。直ちに弁護士にご相談ください。私たちが、不当な捜査からあなたを守ります。
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薬物事件で執行猶予付き判決を得るためのポイントと具体的な再犯防止策
はじめに
覚醒剤や大麻などの薬物事件で起訴されてしまった…。逮捕、勾留という厳しい捜査を経て、いよいよ刑事裁判に臨むことになったとき、被告人とそのご家族が目指すべき最大の目標は、「実刑判決を回避し、執行猶予付き判決を勝ち取ること」です。
執行猶予がつけば、判決で拘禁刑を言い渡されても、すぐに刑務所に行く必要はなく、社会生活を送りながら、専門家の助けを借りて、薬物依存からの回復を目指すことができます。それは、まさに人生をやり直すための、最後のチャンスと言えるでしょう。
しかし、薬物犯罪は再犯率が非常に高く、社会に与える悪影響も大きいことから、裁判所はきわめて厳しい姿勢で審理に臨みます。「初犯だから、きっと執行猶予がつくだろう」という安易な期待は、禁物です。
この記事では、薬物事件の裁判で、執行猶予付き判決を得るために、被告人とその家族が何をすべきなのか、裁判官が重視するポイントはどこにあるのか、そしてそのための具体的な再犯防止策について解説します。
Q&A
Q1. 覚醒剤の単純使用で、今回が初めての逮捕です。この場合、執行猶予はつきますか?
執行猶予がつく可能性はありますが、100%ではありません。一般的に、覚醒剤の単純使用の初犯であれば、判決は「拘禁刑1年6月、執行猶予3年」が相場とされています。しかし、これは、被告人が法廷で罪を素直に認め、深く反省し、二度と薬物に手を出さないための具体的な取り組みを示していることが大前提です。もし、法廷で不合理な言い訳をしたり、反省の態度が見られなかったり、あるいは保釈中に再び薬物関係者と接触したりといった事情があれば、初犯であっても実刑判決が下されるリスクは十分にあります。
Q2. 薬物事件で執行猶予を獲得するために、一番大事なことは何ですか?
一言で言えば、「裁判官に『この人は、もう二度と薬物をやらないだろう』と、本気で信じてもらうこと」です。そして、そのためには「もうやりません」という言葉だけでなく、客観的で具体的な「行動」を示すことが不可欠です。その最も重要な行動が、①専門の医療機関や回復支援施設に繋がり、治療・回復プログラムを開始すること、そして、②家族が本人を厳しく監督し、支えていく具体的な体制(監督環境)を整えること、この2つです。
Q3. 執行猶予期間中に、また薬物を使って逮捕されてしまいました。どうなりますか?
原則として、執行猶予は取り消され、実刑判決となります。これを「執行猶予の必要的取消し」といいます。例えば、前回の事件で「拘禁刑1年6月、執行猶予3年」の判決を受け、その3年の猶予期間中に再び薬物を使用して「拘禁刑1年」の判決を言い渡された場合、今回の1年に加え、前回の1年6ヶ月も合わせた、合計2年6ヶ月間、刑務所に収監されることになります。執行猶予期間中の再犯は、裁判所からの信頼を裏切る行為であり、厳しい結果が待っています。
解説
1.執行猶予とは?社会内で更生するための「最後のチャンス」
まず、執行猶予制度について、正確に理解しておく必要があります。
- 執行猶予:有罪判決として拘禁刑などが言い渡されるものの、その刑の執行を一定期間(1年~5年)猶予し、その期間を無事に過ごせば、刑の言渡しの効力が消滅する制度です。
- 前科:執行猶予付き判決も、有罪判決であることに変わりはないため、「前科」はつきます。
- 猶予期間中の再犯:Q3で解説した通り、猶予期間中に再び罪を犯して禁錮以上の刑に処せられた場合、猶予は取り消され、前回の刑と今回の刑を合わせた期間、服役しなければならなくなります。
執行猶予は、まさに「社会内で更生するための最後のチャンス」であり、このチャンスをどう活かすかが、その後の人生を大きく左右します。
2.執行猶予か、実刑か。裁判官が重視する判断ポイント
裁判官は、判決を言い渡すにあたり、被告人を社会内で更生させるのが妥当か、それとも刑務所での矯正教育が必要かを、以下のようないくつかの事情を総合的に考慮して判断します。裁判官の最大の関心事は「この被告人は、本当に薬物をやめられるのか?」という一点に尽きます。
① 事件自体の悪質性
- 薬物の種類:大麻よりも、依存性が高いとされる覚醒剤やヘロインの方が、厳しい判断がなされやすいです。
- 犯行態様:個人的な使用・所持よりも、薬物汚染を拡大させる営利目的での譲渡などが認定されれば、実刑のリスクは飛躍的に高まります。
- 薬物の量:所持量が多ければ、それだけ依存の根が深い、あるいは営利目的が疑われる、と判断されます。
② 同種前科の有無
これが、量刑を左右する最も決定的な要素の一つです。
- 初犯:真摯な反省と、後述する再犯防止策が示されれば、執行猶予となる可能性が高いです。
- 同種前科あり:特に、前回の執行猶予期間が満了して間もない再犯(いわゆる「明けの再犯」)の場合、「社会内での更生は困難」と判断され、実刑判決となる可能性が高くなります。
③ 被告人の反省と、具体的な再犯防止への取り組み
言葉だけの反省では不十分です。裁判官は、反省を裏付ける具体的な「行動」を求めます。この点が、弁護活動の最大の焦点となります。
3.執行猶予を獲得するための、具体的な「行動」とは
「反省しています。二度とやりません。」この言葉を、具体的な「行動」で証明する必要があります。弁護士は、以下の取り組みをサポートし、それを裁判官に効果的に伝えます。
行動①:専門機関に繋がり、「病気」として治療を開始する
薬物依存は「意志の弱さ」ではなく、「病気」です。その病気を治すためには、専門家の助けが不可欠です。
- 専門の医療機関:精神科や心療内科の、薬物依存治療を専門とする医師の診察を受け、治療プログラム(SMARPPなど)を開始します。
- 回復支援施設:ダルク(DARC)のような民間の回復支援施設に入寮(または通所)し、同じ悩みを持つ仲間と共に、回復プログラムに取り組みます。
裁判では、これらの施設の担当者や主治医に情状証人として出廷してもらい、本人の治療への真摯な取り組みを、専門家の視点から証言してもらうことが極めて有効です。
行動②:薬物との関係を物理的に断ち切る「環境調整」
本人の意思の力だけに頼るのではなく、物理的に薬物に手を出せない環境を整えることが重要です。
- 交友関係の清算:薬物を使用するきっかけとなった友人・知人との連絡を完全に断ち、スマートフォンを解約・機種変更するなど、具体的な行動で示します。
- 生活環境の刷新:薬物を使用していた一人暮らしのアパートを引き払い、家族の監視が届く実家に戻るなど、生活の拠点そのものを変えます。
行動③:家族による鉄壁の「監督体制」を構築する
家族のサポートは、裁判官に「この人には、社会内に受け皿がある」と安心してもらうための、強力な材料となります。
- 具体的な監督計画:家族が「監督計画書」を作成し、「定期的に本人の許可を得て尿検査を実施します」「給料は家族が管理し、小遣い制にします」といった、具体的な監督プランを裁判所に誓約します。
- 家族の情状証人:裁判では、ご両親や配偶者に情状証人として出廷してもらい、「家族として、二度と本人を孤独にさせず、責任をもって更生を支えていきます」という固い決意を、法廷で述べてもらいます。
弁護士に相談するメリット
薬物事件で執行猶予を勝ち取るためには、これらの再犯防止策を、ただ行うだけでなく、裁判官に響く形で「プレゼンテーション」する必要があります。
執行猶予獲得への、トータルプロデュース
弁護士は、ご本人の状況に合わせ、どの医療機関に繋がるのが最適か、どのような監督環境を構築すべきか、といった更生へのロードマップを設計します。
客観的証拠の作成と提出
治療計画書、医師の診断書、施設の入所証明書、家族の陳述書といった、あなたの取り組みを証明する客観的な証拠を収集・作成し、裁判所に提出します。
情状証人との、効果的な打ち合わせ
家族や施設の担当者が、法廷で、あなたの更生にとって最も有利な証言を、的確かつ説得力をもって述べられるよう、事前に尋問のシミュレーションなどを通じて、綿密な打ち合わせを行います。
被告人の更生への決意を代弁する、最終弁論
これまでの全ての取り組みを、最終弁論で主張します。「被告人には、これだけの更生の意欲と、それを支える環境がある。彼を刑務所に送ることは、この更生の芽を摘むことになる。どうか、社会の中で治療を継続させるという、最後のチャンスを与えてほしい」と、裁判官に訴えかけます。
まとめ
薬物事件で執行猶予付き判決を得るためには、「もう二度と薬物はやらない」という決意を、「専門的な治療」「薬物との関係遮断」「家族の監督」という、誰の目にも明らかな「具体的な行動」で証明することが不可欠です。
言葉だけの反省は、もはや通用しません。治療プログラムに通い、真面目に働き、家族に支えられているという「事実」こそが、裁判官の心を動かし、あなたに社会でやり直すためのチャンスを与えてくれるのです。
もし、あなたが薬物事件で起訴されてしまい、実刑判決の恐怖に苛まれているのなら、どうか人生を諦めないでください。私たちが、あなたの更生への第一歩を、法的な側面からでサポートします。
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薬物事件に示談は存在しない?それでも弁護士に依頼する意味を解説
はじめに
窃盗や傷害といった多くの刑事事件では、被害者の方と話し合い、謝罪と賠償を尽くす「示談」を成立させることが、不起訴処分や刑の減軽を勝ち取るための、最も重要で効果的な弁護活動となります。
では、覚醒剤や大麻などの薬物事件の場合はどうでしょうか。
結論から言うと、薬物事件には、基本的には「示談」という概念が存在しません。 なぜなら、薬物事件には、暴行事件の被害者のように、損害賠償を請求する権利を持つ、特定の個人としての「被害者」がいないからです。
「示談ができないのであれば、弁護士に依頼しても意味がないのではないか?」
「刑を軽くするために、一体何をすればよいのか?」
このように、途方に暮れてしまう方も少なくないでしょう。
この記事では、薬物事件に「示談」が存在しない理由と、それでもなお、弁護士に依頼することが、実刑判決を回避し、あなたの未来を守るために重要である理由について、解説します。
Q&A
Q1. 薬物事件には、本当に被害者はいないのでしょうか?家族も被害者とは言えませんか?
法律上の「被害者」という意味では、存在しない、と解釈されます。刑事手続きにおける「被害者」とは、犯罪行為によって直接的に権利を侵害され、損害賠償請求権を持つ人のことを指します。薬物事件は、本人の心身や、社会全体の法秩序を害する犯罪であり、特定の個人の権利を直接侵害するものではないため、法律上の被害者はいないのです。
もちろん、ご家族が受けた精神的・経済的な苦痛は計り知れず、事実上の「被害者」であることは間違いありません。そのご家族の苦しみや悲しみを、本人がどう受け止め、償おうとしているかを裁判で訴えていくことは、本人の反省の深さを示す上で重要です。
Q2. 示談ができないのであれば、弁護士費用を払ってまで私選弁護人を頼むメリットは何ですか?国選弁護人で十分ではないでしょうか?
示談ができないからこそ、私選弁護人の専門的な活動がより重要になります。示談という分かりやすい切り札がない薬物事件では、いかにして本人の更生意欲と、再犯しないための具体的な環境が整っているかを、客観的な証拠で示せるかが、執行猶予を勝ち取るための全てとなります。
そのためには、逮捕直後から迅速に動き出し、専門の医療機関や回復支援施設との緊密な連携、ご家族との綿密な打ち合わせ、そしてそれらを説得力のある書面にまとめる、きめ細やかで手厚い弁護活動が不可欠です。薬物事件に特化した経験豊富な弁護士を自ら選べる私選弁護人への依頼は、国選弁護人とは比較にならない大きなメリットがあります。
Q3. 弁護士に依頼すれば、必ず執行猶予が取れますか?
必ず執行猶予が取れる、というお約束はできません。最終的な判決を下すのは、裁判官だからです。特に、営利目的の事案や、同種前科が多数ある事案では、実刑判決となる可能性は高くなります。
しかし、弁護士に依頼することで、執行猶予を獲得できる可能性を、最大限に高めることができます。弁護士は、あなたにとって最善の結果を得るために、あらゆる法的手段と情状弁護を尽くします。たとえ結果が実刑となったとしても、その刑期を少しでも短くするための活動を、最後まで諦めずに行います。
解説
1.なぜ、薬物事件に「示談」という概念がないのか?
示談が成り立たない理由は、薬物犯罪が「国家的法益」や「社会的法益」を侵害する犯罪と位置づけられているからです。
- 国家的法益:国の薬物取り締まりという、正当な行政作用を害すること。
- 社会的法益:薬物の蔓延によって、国民全体の保健衛生や、健全な社会生活の平穏を害すること。
このように、被害者が「国」や「社会全体」であるため、特定の個人に謝罪し、示談金を支払って許してもらう、というプロセスが成り立たないのです。
また、薬物を使用する行為は、加害者自身の心身を破壊する行為でもあります。この点からも、損害賠償を求める相手方(被害者)を想定しにくい犯罪であることがわかります。
2.示談に代わる、執行猶予を勝ち取るための「情状弁護」
示談ができない薬物事件で、執行猶予付き判決などの寛大な処分を得るためには、被告人が二度と薬物に手を出さない、と裁判官に確信させられるだけの、客観的で具体的な証拠を積み重ねていく必要があります。これが、薬物事件における「情状弁護」の中心となります。
弁護士は、主に以下の3つの柱で、あなたに有利な情状を形成していきます。
① 薬物依存からの脱却に向けた、具体的な取り組みの開始
「もう二度とやりません」という言葉は、薬物事犯の被告人が誰もが口にする言葉であり、裁判官は聞き飽きています。重要なのは、その言葉を裏付ける「行動」です。
- 専門の医療機関での治療:薬物依存を「病気」として捉え、精神科や心療内科の専門医の診察を受け、治療を開始します。
- 回復支援施設への入寮・通所:ダルク(DARC)やNA(ナルコティクス・アノニマス)といった、薬物依存からの回復を支援する民間の施設や自助グループに繋がり、同じ苦しみを持つ仲間と共に専門的なプログラムに参加します。
② 薬物との関係を完全に断ち切るための環境調整
再び薬物に手を染める機会を、物理的に排除するための環境を作ります。
- 薬物仲間との関係清算:これまでの薬物仲間との連絡先をスマートフォンから全て消去し、SNSのアカウントを削除するなど、交友関係を完全に断ち切ったことを具体的に示します。
- 住環境の変更:薬物を使用していた場所や、入手先が近い場所から引っ越し、家族の元に身を寄せるなど、生活環境を刷新します。
③ 家族による、厳格な監督体制の構築
ご家族のサポートは、裁判官に「社会内で更生できる」と判断してもらうための、きわめて重要な要素です。
- 監督計画書の作成:ご家族が、釈放後の被告人の生活をどのように監督していくのか(定期的な尿検査の実施、金銭管理、交友関係のチェックなど)を、具体的な「監督計画書」として作成し、裁判所に提出します。
- 情状証人としての出廷:裁判では、ご家族に情状証人として出廷してもらい、法廷で「家族全員で、本人を支え、二度と過ちを犯させません」と、裁判官に直接誓約してもらいます。
3.示談がないからこそ、弁護士の存在意義がある
示談ができない薬物事件において、弁護士は、単に法律的な手続きを代行するだけではありません。あなたの更生への道のりを具体的に説明し、それを裁判官に伝える翻訳者としての重要な役割を担います。
意味①:更生への「道筋」を設計し、案内する
逮捕され、孤立しているご本人や、どうしてよいか分からず混乱しているご家族に対し、弁護士はまず、適切な医療機関や回復支援施設を紹介し、そこへ繋げるハブ(中継拠点)となります。逮捕されている間に、保釈後すぐに入寮できる施設を探し、予約を取るといった、具体的な更生の環境を、先回りして整えていきます。
意味②:更生の「取り組み」を、法的な「証拠」へと変換する
ご本人やご家族が行っている上記の様々な取り組みを、弁護士は、医師の診断書、施設の入所証明書、家族の陳述書や監督計画書、本人の反省文といった、裁判で通用する「客観的な証拠」の形にまとめ上げます。
意味③:更生の「物語」を、法廷で説得的に主張する
そして、最終弁論の場で、これらの証拠を基に、「被告人は、自らの依存症という病と真摯に向き合い、専門家の助けを借りて、これだけの具体的な努力を始めている。家族も、これだけの覚悟をもって彼を支えようとしている。彼に必要なのは、刑務所での画一的な処遇ではなく、社会の中で専門的な治療を継続し、人との繋がりの中で立ち直るチャンスである」と、裁判官の心を動かす、説得力のある主張を展開します。
まとめ
薬物事件には、たしかに「示談」という、分かりやすい解決の切り札は存在しません。しかし、だからといって、弁護士の役割がないわけでは決してありません。
むしろ、示談というカードが使えないからこそ、本人の更生への真摯な取り組みを、いかに客観的な証拠として積み上げ、それを裁判官に説得的に伝えられるかという、より専門的で、人間的な弁護活動が求められるのです。
弁護士の役割は、あなたの更生への決意を、執行猶予付き判決という「社会でやり直すためのチャンス」へと繋げるサポーターとなることです。
薬物事件で逮捕され、人生に絶望しているのであれば、どうか一人で苦しまないでください。私たちが、あなたの再起のための道筋を示します。
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薬物で逮捕された後の流れは?所持・使用・譲渡でどう違うかを解説
はじめに
路上での職務質問で、カバンから不審物が見つかった。様子がおかしいことから警察署に任意同行され、尿検査で陽性反応が出た。あるいは、薬物の売人が逮捕され、その携帯電話の履歴から芋づる式に自分にも捜査の手が及び、ある日突然、家宅捜索と共に逮捕された…。
薬物事件で逮捕されるきっかけは様々ですが、一度逮捕されてしまうと、その後の手続きは、窃盗や暴行といった他の一般的な犯罪とは少し異なる、薬物事件特有の厳しい流れをたどることが少なくありません。
特に、逮捕された容疑が、自分で使うための「所持」や「使用」なのか、それとも他人に売り渡す「譲渡」なのかによって、捜査の厳しさや、その後の身柄拘束の期間は大きく変わってきます。
この記事では、薬物事件で逮捕されてしまった後の、捜査から起訴・不起訴の判断までの一般的な手続きの流れと、逮捕容疑が「所持」「使用」「譲渡」である場合に、それぞれ捜査の焦点や注意点がどう違うのかについて解説します。
Q&A
Q1. 薬物を使用しただけで、逮捕されたときには何も持っていませんでした。それでも逮捕されるのですか?
はい、逮捕されます。覚醒剤や麻薬などの薬物については、「使用」すること自体が犯罪とされています(2024年の法改正により、大麻も使用が犯罪となりました)。警察官による職務質問の際に、言動が著しく不審であったり、腕に注射痕が見つかったりした場合、警察署への任意同行と尿検査を求められます。そして、その尿検査で薬物の陽性反応が出れば、それが「薬物を使用した」という客観的な証拠となり、現行犯逮捕(または準現行犯逮捕)されることになります。物を持っていなくても、体内の反応だけで逮捕に至るのが、薬物事犯の大きな特徴です。
Q2. 薬物事件で逮捕されたら、保釈を申請して、すぐに身柄を解放してもらえますか?
薬物事件での早期の保釈は、他の犯罪に比べて難しい傾向にあります。薬物事件の捜査では、警察は単独の犯行と見なさず、必ず入手ルートや他の使用者・売人といった「共犯者」の存在を疑います。そのため、「保釈すれば、共犯者と口裏合わせをしたり、スマートフォンに残された証拠を消去したりするおそれが高い」と判断され、裁判所も保釈に極めて慎重になります。特に、売人として「譲渡」の容疑で逮捕された場合は、組織的な背景が疑われるため、保釈が認められるハードルはさらに高くなります。保釈を勝ち取るためには、弁護士を通じて、共犯者と接触しない具体的な対策や、身元引受人による厳格な監督体制を裁判所に説得的に示す必要があります。
Q3. 家族が薬物事件で逮捕されました。すぐに面会に行けますか?
面会できない可能性があります。Q2の理由と同様に、薬物事件では共犯者との口裏合わせを防ぐため、裁判所によって「接見等禁止決定」が出されることが多くあります。この決定が出されると、たとえ家族であっても、弁護士以外は本人と一切面会(接見)することも、手紙のやり取りをすることもできなくなります。特に、複数の人間が関わる「譲渡」事件では、ほぼ確実に接見禁止がつくと考えてよいでしょう。この場合、逮捕されたご本人と外部をつなぐ唯一のパイプ役となれるのは、弁護士だけになります。
解説
1.薬物事件における、逮捕後の基本的な流れ
まず、逮捕容疑が何であれ、逮捕後の手続きは、法律で定められた以下の流れで進みます。
① 逮捕
職務質問時の所持品検査での発見(現行犯逮捕)、尿検査の結果を受けての逮捕、あるいは売人の供述などから後日逮捕状に基づき逮捕される(通常逮捕)、といった形で身柄を拘束されます。
② 警察での取調べ(~48時間)
警察署に連行され、薬物の入手ルート(いつ、どこで、誰から買ったか)、使用歴、他の使用者や売人(共犯者)の存在などについて、厳しい追及を受けます。この48時間が、その後の捜査の方向性を決める重要な期間です。
③ 検察庁への送致
逮捕から48時間以内に、事件は警察から検察庁に引き継がれます。これを「送致」といいます。
④ 検察官による取調べと勾留請求(~24時間)
送致を受けた検察官も、事件の背景や背後関係の解明を目指して取り調べを行います。そして、引き続き身柄を拘束して捜査する必要があると判断すれば、24時間以内に裁判官に対して「勾留」を請求します。逮捕から勾留請求までの最大72時間が、被疑者にとっては外部との連絡が一切取れない過酷な期間です。
⑤ 勾留・勾留延長(~20日間)
裁判官が勾留を認めると、原則10日間、身柄拘束が続きます。薬物事件は、共犯者との口裏合わせなど「証拠隠滅のおそれ」が高いと見なされ、勾留される可能性が他の犯罪に比べて非常に高いのが特徴です。また、入手ルートの解明など捜査が複雑化しやすいため、さらに10日間の勾留延長が認められることが多く、逮捕から起算して最大で23日間、社会から隔離されることになります。
⑥ 起訴・不起訴の決定
勾留期間が満了する日までに、検察官が被疑者を刑事裁判にかけるか(起訴)、かけないか(不起訴)の最終処分を決定します。
2.【行為別】捜査の焦点と注意点
逮捕された容疑が「所持」「使用」「譲渡」のいずれであるかによって、捜査の進め方や厳しさが異なります。
ケース1:「所持」で逮捕された場合
職務質問の際の所持品検査などで、薬物を所持していることが発覚し、現行犯逮捕される、よくみられるパターンです。
捜査の焦点
- 薬物の入手ルート:いつ、どこで、誰から、いくらで購入したのか。売人の特定につながる情報として、徹底的に追及されます。いわゆる「突き上げ捜査」の起点となります。
- 使用の有無:所持している以上、使用もしているのではないかと疑われ、尿検査を強く求められます。もし使用の事実も認められれば、所持罪と使用罪の両方で、より重く処罰されることになります。
- 営利目的の有無:所持していた薬物の量が多ければ、「個人的な使用の範囲を超えている」と判断され、転売目的(営利目的)を強く疑われます。
ケース2:「使用」で逮捕された場合
物としての薬物は所持していなくても、体内の反応から逮捕されるケースです。
捜査の焦点
- 薬物の入手ルート:「使用した」ということは、その直前まで「所持していた」はずです。そのため、使用した薬物を誰から、どのようにして入手したのか、厳しく追及されます。
- 共同使用者:いつ、どこで、誰と一緒に使用したのか。他の使用者の存在についても、詳しく聞かれることになります。
ケース3:「譲渡・譲り受け」で逮捕された場合
密売人として薬物を他人に販売(譲渡)した、あるいは友人同士で薬物をやり取り(譲渡し・譲り受け)したとして逮捕されるケースです。
捜査の厳しさ
このケースが、厳しい捜査と処遇を受けることになります。
- 背後関係の徹底解明:単独の犯行ではなく、より大きな薬物犯罪組織の一端と見なされます。そのため、警察・検察は、売人仲間、客、さらには上部組織や暴力団とのつながりなど、事件の全容解明を目指して、大規模かつ長期的な捜査を行います。
- 接見禁止の可能性:共犯者が多数存在するため、口裏合わせを防ぐ目的で、ほぼ確実に「接見等禁止決定」が出されます。これにより、ご家族ですら、本人と面会することはできなくなります。
- 保釈の困難さ:組織犯罪の一員と見なされるため、証拠隠滅のおそれが高いと判断され、起訴された後の保釈も、認められるハードルが高くなります。
弁護士に相談するメリット
薬物事件、特にその身柄拘束の厳しい状況下において、弁護士の役割はきわめて重要です。
接見禁止でも面会できる、唯一の存在
特に譲渡事件などで接見禁止がついた場合、弁護士はご本人と外部をつなぐ唯一のパイプとなります。取り調べの状況を確認し、法的なアドバイスを送るだけでなく、ご家族からのメッセージを伝え、孤独と不安の中で戦う本人を精神的に力強く支えます。
違法な捜査から、あなたの権利を守る
職務質問の態様は任意性を逸脱していなかったか、尿検査の同意は本当に任意だったか、家宅捜索の手続きは適法だったかなど、捜査の過程における違法性を厳しくチェックします。もし違法な捜査によって得られた証拠があれば、その証拠能力を裁判で争い、無罪判決や有利な判決を目指します。
更生への具体的な道筋をつける
薬物事件の弁護活動の最終目標は、本人の更生です。弁護士は、専門の医療機関やダルクなどの回復支援施設と連携し、保釈後、あるいは刑期終了後、スムーズに治療や回復プログラムを開始できる環境を、捜査段階から整えていきます。この具体的な取り組みこそが、裁判官の心を動かし、執行猶予付き判決を勝ち取るための武器となるのです。
まとめ
薬物事件で逮捕されると、特に入手ルートや共犯者の解明のため、長期間の勾留や接見禁止など、他の犯罪とは比較にならないほど厳しい身体拘束下に置かれる可能性が高いのが実情です。
特に、薬物の「譲渡」などに関与してしまった場合は、組織犯罪の一端と見なされ、捜査はより一層厳しく、長期化します。
このような過酷な状況で、ご本人の権利を守り、精神的に支え、そして更生への具体的な道筋をつけてあげられるのは、弁護士以外にいません。もし、あなたやご家族が薬物事件で逮捕されてしまったら、事態の深刻さを真摯に受け止め、直ちに薬物事件の弁護経験が豊富な弁護士にご相談ください。
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薬物事件の刑罰|覚醒剤・大麻・麻薬の種類と行為別の重さを解説
はじめに
覚醒剤、大麻、コカイン、MDMA…。ニュースで後を絶たない薬物犯罪の報道。一度手を染めてしまうと、その強い依存性によって自分の意思だけではやめられなくなり、心身を蝕むだけでなく、家族や社会との関係をも破壊してしまう、きわめて危険な犯罪です。
そのため、日本の法律は薬物犯罪に対して非常に厳しい罰則を定めています。しかし、その刑罰の重さは、薬物の種類や関わった行為の態様によって大きく異なります。特に、2024年12月からは大麻に対する規制が大幅に強化され、これまでの常識が通用しなくなりました。
「大麻なら、覚醒剤よりも罪は軽いのか?」
「自分で使う『所持』や『使用』と、他人に売る『営利目的』では、どれほど刑罰が変わるのか?」
もし、あなたやあなたの大切な家族が薬物事件に関与してしまった場合、こうした疑問と将来への不安に苛まれることでしょう。
この記事では、薬物犯罪を取り締まる主な法律を紹介するとともに、代表的な薬物である「覚醒剤」「大麻」「麻薬(コカイン等)」について、その種類と行為別に定められた刑罰の重さを解説します。
Q&A
Q1. 覚醒剤と大麻では、どちらの罪が重いのですか?
依然として覚醒剤の方が、大麻よりも重く処罰されます。しかし、法改正によりその差は縮まり、大麻も決して「軽い」犯罪ではなくなりました。
例えば、個人的に使用する目的での単純所持の場合、覚醒剤は「10年以下の拘禁刑」です。一方、改正後の法律では、大麻の単純所持・使用は「7年以下の拘禁刑」となり、以前の「5年以下の懲役」から大幅に厳罰化されました。法律が、覚醒剤の有害性や依存性を依然として最も深刻なものと位置づけていることに変わりはありませんが、大麻に対する社会の危機感の高まりが、この厳罰化に繋がっています。
Q2. 営利目的の「営利」とは、どのくらいの利益を上げたら認定されるのですか?
利益の金額の大小は関係ありません。「営利目的」とは、「財産上の利益を得る目的」を指します。実際に利益を得たかどうか、その額がいくらであったかは問題にならず、転売して儲けようという目的(意思)があったかどうかで判断されます。
例えば、友人から仕入れ値より少し高い金額を受け取って薬物を渡した場合でも、その差額で利益を得る目的があれば「営利目的」と認定されます。捜査機関や裁判所は、所持していた薬物の量、小分けにされた包装(パケ)の数、計量器や多数の注射器の有無、説明のつかない多額の現金、携帯電話の通信履歴といった客観的な状況から、営利目的の有無を厳しく判断します。
Q3. 薬物事件は、初犯でも実刑判決(刑務所に行くこと)はありますか?
はい、十分にあります。特に、①営利目的が認定された場合や、②覚醒剤など、特に依存性の高い薬物を相当量所持していた場合は、たとえ初犯であっても、実刑判決が下される可能性は高くなります。
また、単純な使用や所持であっても、本人の反省の態度が見られない、再犯防止への具体的な取り組みが全くない、といった場合には、裁判官が「社会内での更生は困難」と判断し、実刑を選択することもあり得ます。初犯だからといって、決して安心はできません。
解説
1.薬物犯罪を取り締まる、それぞれの法律
まず、薬物犯罪は、薬物の種類ごとに、主に以下の法律によって規制されています。
- 覚醒剤取締法
覚醒剤(メタンフェタミン、アンフェタミン。俗にシャブ、スピード、アイスなどと呼ばれる)の規制。 - 麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)
ヘロイン、コカイン、MDMA、LSDといった「麻薬」や、睡眠薬・精神安定剤などの「向精神薬」の規制。2024年12月12日より、これまで「大麻取締法」で規制されていた大麻もこの法律の「麻薬」と位置づけられ、使用を含め厳しく規制されることになりました。 - 大麻草の栽培の規制に関する法律
上記法改正に伴い、「大麻取締法」から名称が変更され、主に大麻草の栽培者の免許制などを定める法律となりました。無許可栽培の罰則は、麻薬及び向精神薬取締法に定められています。 - あへん法
あへんや、その原料となるけしの栽培などの規制。 - 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)
指定薬物(いわゆる危険ドラッグ、脱法ハーブなど)の規制。
このように、薬物の種類によって適用される法律が異なり、特に大麻に関する規制が大きく変わった点を正確に理解することが重要です。
2.【薬物別・行為別】刑罰の重さ一覧(2024年12月12日以降)
それでは、代表的な薬物について、行為別の法定刑を見ていきましょう。特に、「自分で使うための単純所持・使用」と、「転売して儲けるための営利目的」とでは、刑罰の重さが違う点に注目してください。
| 薬物の種類 | 行為の態様 | 法定刑(拘禁刑) |
| 覚醒剤 | 単純 所持・使用・譲り受け・譲り渡し | 10年以下 |
| 営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上の有期拘禁刑(情状により500万円以下の罰金を併科) | |
| 大麻 | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 7年以下 |
| 営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上10年以下(情状により300万円以下の罰金を併科) | |
| 麻薬(ヘロイン) | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 10年以下 |
| 営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上の有期拘禁刑(情状により500万円以下の罰金を併科) | |
| 麻薬(コカイン、MDMA等) | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 7年以下 |
| 営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上10年以下(情状により300万円以下の罰金を併科) |
※有期拘禁刑とは、期間の定めのある拘禁刑(1ヶ月以上20年以下)を指します。
3.刑罰の重さを左右する、4つの重要なポイント
上記の表からもわかるように、薬物事件の刑罰の重さは、主に以下の4つのポイントによって総合的に判断されます。
① 薬物の種類(有害性・依存性の高さ)
法律は、薬物の心身への有害性や依存性の高さを考慮して、刑罰の重さを設定しています。
覚醒剤・ヘロイン > コカイン・MDMA等 > 大麻
一般的に、この順で刑罰が重くなる傾向にあります。覚醒剤やヘロインは、精神への影響が甚大で、依存性もきわめて高いことから、最も厳しい罰則が科されています。
② 行為の態様(自己使用か、拡散か)
自分で使用する目的での「所持」や「使用」よりも、他人に薬物を渡す「譲渡し」は、薬物汚染を社会に拡大させる行為として、より悪質と見なされます。
③ 【最重要】営利目的の有無
これが、刑罰の重さを決定づける最大の分岐点です。個人的な使用目的ではなく、転売して利益を得るという「営利目的」が認定されると、刑罰は飛躍的に重くなります。
- 法定刑の下限が設定される
単純所持・使用罪には定められていない「1年以上」という刑の下限が設定され、執行猶予が付きにくくなります。 - 罰金刑が併科される
拘禁刑に加えて、数百万円単位の罰金も科されることがあります。 - 実刑判決のリスクが急増する
法定刑が重くなるため、初犯であっても実刑判決となる可能性が非常に高まります。
④ 薬物の量と前科の有無
- 薬物の量
所持していた薬物の量が多ければ多いほど、個人的な使用の範囲を超え、営利目的があったと強く推認されます。 - 前科の有無
特に、過去にも同種の薬物犯罪で有罪判決を受けたことがある場合、「全く反省していない」「更生の可能性が低い」と見なされ、実刑判決はほぼ避けられません。
弁護士に相談するメリット
薬物事件では、被害者がいないため示談はできません。だからこそ、専門家である弁護士による、以下のような独自の弁護活動が不可欠となります。
- 営利目的の意図を争う
所持していた薬物が、あくまで個人的な使用目的であり、転売して利益を得る目的ではなかったことを、客観的な証拠(本人の経済状況、薬物の使用状況など)に基づいて主張します。営利目的での起訴を回避できれば、科される刑罰を大幅に軽くできる可能性があります。 - 薬物依存からの脱却に向けた、具体的な更生支援
薬物事件の弁護活動の中心は、再犯防止への取り組みです。弁護士は、薬物依存症の治療を専門とする医療機関や、ダルクなどの回復支援施設と緊密に連携し、ご本人を適切な治療・回復プログラムへと繋げます。これは、本人の人生を救うだけでなく、裁判官に「社会内で更生する可能性がある」と示す、最も重要な情状活動となります。 - 違法捜査の有無を厳しくチェック
職務質問や所持品検査、尿検査の任意性、家宅捜索令状の適法性など、捜査の過程に違法性がなかったかを徹底的に検証します。もし違法な捜査によって得られた証拠があれば、その証拠能力を裁判で争い、無罪判決を目指すこともあります。
まとめ
薬物犯罪の刑罰は、薬物の種類と行為の態様、とりわけ営利目的の有無によって、その重さが大きく異なります。特に、覚醒剤の営利目的所持などは、初犯であっても実刑判決のリスクが非常に高い、きわめて重い犯罪です。
しかし、同時に、薬物事件は、本人の更生意欲と、治療への真摯な取り組みが、その後の処分を大きく左右する犯罪でもあります。
もし、あなたやご家族が薬物事件で逮捕されてしまったら、それは人生をリセットし、薬物依存という病気から抜け出すための、最後のチャンスかもしれません。どうか一人で絶望せず、すぐに薬物事件の弁護経験が豊富な弁護士にご相談ください。私たちが、あなたの更生と社会復帰への道をサポートします。
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