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転売目的の万引きは罪が重くなる?組織的な窃盗と判断されるケース

2025-10-04
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はじめに

フリマアプリやネットオークションが私たちの生活に浸透した現代において、その利便性の裏側で、「転売目的の万引き」が深刻な社会問題となっています。

自分で使うためではなく、初めから「転売して利益を得る」という目的で商品を盗む。この行為は、その場の出来心による万引きとは、動機の面で大きく異なります。そのため、捜査機関や裁判所は、このような転売目的の万引きを、単なる窃盗ではなく、利益を追求する「ビジネス型犯罪」として捉え、悪質性が高いとして、厳しく処罰する傾向にあります。

さらに、仲間と役割を分担して犯行に及ぶ「組織的な窃盗」と判断されれば、その罪は一層重くなります。初犯だから、被害額が少額だから、といった言い訳は通用しません。

この記事では、転売目的の万引きがなぜ罪が重くなるのか、そしてどのような場合に組織的な窃盗と判断され、厳しい処分が下されるのかについて解説します。

Q&A

Q1. 盗んだのは、数千円の人気の化粧品1つだけです。それでも「転売目的」だと判断されると、罪は重くなりますか?

はい、重くなる可能性が高いです。たとえ被害額が少額であっても、「転売目的」という利欲的な動機は、裁判官の心証を悪化させます。生活に困って食べ物を盗んだケースとは、同情の余地が大きく異なります。また、警察は、あなたのスマートフォンやパソコンの履歴を調べ、フリマアプリでの過去の取引履歴や、転売価格の検索履歴などがないかを徹底的に捜査します。たとえ一件の被害は小さくとも、余罪が発覚すれば、常習性・計画性が高いと見なされ、厳しい処分は避けられないでしょう。

Q2. 友人たちと複数人で万引きをしました。「組織的な窃盗」と判断されると、具体的にどのような不利益がありますか?

主に3つの不利益があります。

  1. 逮捕・勾留される可能性が飛躍的に高まる
    仲間との口裏合わせなど、「証拠隠滅のおそれ」が高いと見なされるため、捜査の初期段階で身柄を拘束されやすくなります。
  2. 一人一人の刑罰が重くなる
    組織的犯行という事実自体が、計画性・悪質性を高める情状として、個々の量刑を重くする方向に働きます。
  3. 共犯者全員が重い責任を負う
    後述する「共謀共同正犯」の理論により、たとえ見張り役だったとしても、実際に商品を盗んだ実行役と同じ窃盗罪の責任を負うことになります。

Q3. 転売目的の万引きでも、被害店舗と示談すれば、執行猶予はつきますか?

示談の成立は、執行猶予を勝ち取るための重要な要素ですが、それだけで必ず執行猶予がつくとは限りません。転売目的の事案は、その悪質性から、検察官や裁判官が厳しい姿勢で臨むため、示談が成立しても起訴されたり、初犯でも実刑判決を検討されたりするケースがあります。執行猶予を獲得するためには、示談の成立に加え、二度と転売目的の犯行に手を染めないための具体的な更生計画(例えば、依存症の治療や、家族による厳しい監督など)を示し、裁判官を説得する必要があります。

解説

「金儲けのための万引き」が、なぜこれほどまでに厳しく断罪されるのか。その理由と、法的評価を詳しく見ていきましょう。

1.なぜ「転売目的」は、単なる万引きより罪が重くなるのか?

裁判官が刑罰の重さを決める際、転売目的という動機は、以下のような点で、きわめて悪質な情状として評価されます。

① 利欲的で自己中心的な動機

「生活に困窮して、やむにやまれず…」といった、同情の余地のある動機とは大きく異なります。「楽をしてお金を儲けたい」という、利欲的で自己中心的な動機は、強い非難の対象となります。

② 高い計画性

どの商品が高く売れるのかを事前にリサーチし、ターゲットとなる店舗を選び、盗んだ後の換金方法まで想定している点で、その場の出来心による衝動的な万引きとは異なり、高い計画性が認められます。

③ 常習性・再犯の危険性

一度、転売で利益を得ることに味を占めると、安易に犯行を繰り返す傾向が強く、常習性が高いと判断されます。これは、再犯の危険性がきわめて高いことを意味し、裁判所は再犯防止の観点から、厳しい処罰の必要性を感じます。

④ 大きな社会的有害性

転売目的の万引きは、単に一つの店舗に損害を与えるだけではありません。盗品が安価で市場に流通することで、正規の価格で商品を販売する小売業界全体の経済活動を阻害し、ブランド価値を毀損するなど、社会全体に与える悪影響が大きいとされています。

2.さらに罪が重くなる「組織的な窃盗」

転売目的の万引きは、一人で行われるとは限りません。友人や知人と徒党を組み、役割を分担して行われることも多く、その場合、事態はさらに深刻になります。

組織的窃盗の典型的な役割分担

  • 実行役
    実際に店舗に入り、商品をカバンなどに入れる役。
  • 見張り役
    店員や警備員、他の客の動きを監視し、実行役に合図を送る役。
  • 運転手役(運び屋)
    犯行後、実行役を車に乗せ、速やかに現場から逃走させる役。
  • 指示役(リーダー)
    全体の計画を立て、各メンバーに指示を出す役。

法的な評価:「共謀共同正犯」の成立

このような役割分担がある場合、法律上は「共謀共同正犯」(刑法第60条)が成立します。これは、「窃盗を行う」という共通の目的(共謀)のもとに、それぞれが重要な役割を担って犯行を実現したと評価されるためです。

その結果、たとえ見張り役や運転手役で、直接商品を盗んでいなくても、実行役と同様に「窃盗罪」の共同正犯として、犯行全体について刑事責任を負うことになります。「自分は手伝っただけ」という主張は、法的には通用しません。

そして、組織的であるという事実自体が、犯行の計画性・悪質性を格段に高めるため、関与した者一人ひとりの刑罰が、単独犯の場合よりも重くなるのです。

3.警察はどこまで見抜く?転売目的・組織性の捜査

警察は、被疑者の供述だけでなく、客観的な証拠から、犯行の全体像を明らかにしようとします。

  • 押収物の分析
    被疑者の自宅などを家宅捜索し、盗品と疑われる在庫、大量の梱包材、顧客リストなどがないかを確認します。
  • デジタル・データの解析(デジタル・フォレンジック)
    スマートフォンやパソコンを押収し、フリマアプリの出品・取引履歴、共犯者とのLINEやSNSでのやり取りなどを徹底的に解析します。
  • 口座の捜査
    資金の流れを解明するため、銀行口座の取引履歴などを捜査します。

これらの捜査により、「転売目的」や「組織性」は、本人が否認しても、客観的な証拠によって立証されてしまうケースがほとんどです。

弁護士に相談するメリット

転売目的や組織性が疑われる窃盗事件は、初犯であっても実刑判決のリスクが伴う、きわめて厳しい事案です。弁護士による専門的な弁護活動が不可欠です。

悪質性の程度を争う

たとえ転売の事実があったとしても、その規模や利益の程度、犯行の経緯などを精査し、「ビジネスとして確立されたものではなく、あくまで小遣い稼ぎ程度の、衝動的なものであった」などと主張し、悪質性が極端に高いわけではないと訴えます。組織性についても、明確な役割分担や指示命令系統はなかったと主張し、共謀共同正犯の成立範囲を限定するよう努めます。

困難な状況下での、粘り強い示談交渉

転売目的の事案では、被害店舗側も「単なる万引きではない」と、強い処罰感情を抱いていることが多く、示談交渉は難航します。弁護士は、本人の深い反省の態度を伝え、二度と繰り返さないための具体的な更生計画(依存症治療など)を示すことで、店舗側の理解を求め、粘り強く示談の成立を目指します。

実刑判決を回避するための、あらゆる情状弁護

この種の事件で執行猶予を勝ち取るためには、示談の成否だけでなく、あらゆる有利な情状を積み重ねる必要があります。弁護士は、本人の反省の深さ、家族による監督体制の構築、依存症治療への取り組み、贖罪寄付など、考えうる情状証拠を収集・提出し、「刑務所に入れるよりも、社会内で更生させるべきである」と裁判官を説得します。

まとめ

「転売目的の万引き」は、もはや単なる万引きではありません。それは、利欲を動機とする計画的で悪質な「財産犯」であり、裁判所もその点を厳しく見ています。さらに、仲間と行う「組織的な窃盗」となれば、関与した者全員が、重い刑事責任を免れることはできません。

初犯であっても、安易に執行猶予がつくとは考えないでください。

もし、あなたがこのような悪質な窃盗事件に関与してしまったのなら、事態の深刻さを真摯に受け止め、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。実刑判決を回避し、社会復帰を果たすために、私たちが最善の弁護活動を行います。

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窃盗事件で被害弁償すれば許される?「示談」との違いと効果を解説

2025-10-03
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はじめに

万引きや置き引きなどの窃盗事件を起こしてしまった…。罪の意識と後悔に苛まれる中で、「せめて、盗んでしまったお金や品物だけでも返せば(=被害弁償すれば)、それで許してもらえるのではないか」と考える方がいるかもしれません。

確かに、被害者に与えた損害を回復させる「被害弁償」は、加害者が果たすべき最低限の責任であり、何もしないよりは格段に良い対応です。あなたの反省の態度を示す、第一歩となるでしょう。

しかし、刑事事件を円満に解決し、前科がつくという最悪の事態を回避するためには、単なる「被害弁償」だけでは、全く不十分なのです。

不起訴処分や刑の減軽を勝ち取るために真に必要となるのは、被害者の許しを得て、事件そのものを解決する「示談」の成立です。

この記事では、「被害弁償」と「示談」の決定的な違い、そしてなぜ「示談」まで行わなければ意味がないのか、その理由と法的な効果について解説します。

Q&A

Q1. 被害者の方に謝罪し、盗んだお金を返そうとしたら、「お金なんかいらないから、とにかく罪を償ってほしい」と、受け取りを拒否されました。この場合、どうすればよいですか?

被害者の処罰感情が非常に強い場合、被害弁償の受け取りを拒否されることは珍しくありません。しかし、だからといって諦めてはいけません。このような場合、弁護士は「供託(きょうたく)」という法的な手続きを取ることがあります。これは、被害者が受け取らない賠償金を、国の機関である「法務局」に預ける制度です。供託をすることで、加害者側がいつでも被害弁償金を支払う準備があり、その誠意を示したという客観的な証拠を作ることができます。これは、示談成立には及ばないものの、検察官や裁判官に対し、あなたの反省の態度をアピールする上で、非常に有効な手段となります。

Q2. 被害弁償をしたくても、被害者の方がどこの誰か分からず、連絡が取れません。どうすればよいですか?

これは、特に置き引きなどの事件で起こりがちな問題です。被害者の連絡先が分からなければ、被害弁償も示談交渉も始めることができません。そして、その連絡先を警察が加害者本人に教えることは絶対にありません。このような状況を打開できるのは、弁護士だけです。弁護士が、守秘義務を負う代理人として検察官などの捜査機関に問い合わせ、被害者の方の同意を得て、初めて連絡先を入手できる可能性があります。弁護士に依頼しなければ、解決へのスタートラインにすら立てないのです。

Q3. 被害弁償もできず、示談も成立しませんでした。もう実刑判決は免れないのでしょうか?

示談が不成立であることは、きわめて不利な状況ですが、必ずしも実刑判決になると決まったわけではありません。弁護士は、示談交渉が決裂した経緯(法外な金額を要求されたなど)を裁判で主張したり、Q1で解説した「供託」の手続きを取ったり、あるいは慈善団体などへ「贖罪寄付」をしたりすることで、あなたの反省の意思を別の形で示します。また、犯行が悪質でないことや、再犯防止への具体的な取り組みなど、他の有利な情状を積み重ねることで、執行猶予付き判決を勝ち取るための弁護活動を、最後まで諦めずに行います。

解説

「返す」だけでは終わらない。真の解決である「示談」の本質と、被害回復措置の重要性の序列に迫ります。

1.回復的措置の階層構造:なぜ「示談」が最善なのか?

窃盗事件後の対応は、単なる選択肢の羅列ではありません。検察官や裁判官の判断に与える影響の度合いにおいて、明確な階層構造(序列)が存在します。

第一階層:宥恕条項付き示談

被害者が金銭的賠償を受け入れた上で、明確に「加害者の処罰を望まない」という意思表示(宥恕)をした場合。これは、当事者間の紛争が完全に解決したことを意味し、検察官が起訴を見送る「起訴猶予」処分を選択する有力な根拠となります。

第二階層:示談成立(宥恕条項なし)

金銭的な解決には至ったが、被害者の処罰感情が残り、宥恕までは得られなかった場合。これも非常に有利な情状ですが、第一階層には劣ります。

第三階層:供託

加害者側は賠償の意思と準備があることを一方的に示す手段。被害者の意思が介在しないため示談よりは効果が限定的ですが、何もしない場合に比べて格段に有利な情状となります。

第四階層:被害弁償(示談契約なし)

示談書を取り交わさず、単に金銭を手渡すなどした場合。損害が回復された事実は考慮されますが、紛争解決の合意がないため、法的な評価は低くなります。

第五階層(最終手段):贖罪寄付

上記いずれも不可能な場合の反省の情を示す手段。被害者への直接的な回復措置ではないため、効果は限定的です。

2.なぜ、「被害弁償だけ」では不十分なのか?

窃盗事件の被害者が受けた損害は、盗まれた物やお金だけではありません。そこには、目に見えない、しかし深刻な精神的損害が存在します。

  • 空き巣に入られた被害者
    最も安全であるべきプライベートな空間を侵された恐怖、今後も誰かに狙われるのではないかという不安。
  • 万引きされた店舗
    犯人への対応に追われた従業員の労力、防犯対策にかかるコスト、そして何より、客として来店した人物に裏切られたという不信感。
  • 置き引きに遭った被害者
    一瞬の隙を突かれたことへの悔しさ、大切な思い出の品を失った悲しみ。

これらの精神的な苦痛や迷惑は、単に盗まれた物が返ってきただけで癒えるものではありません。検察官や裁判官も、「物を返すことは、加害者として当然の行為であり、それだけで深く反省していると評価することはできない」と考えます。

被害者の許し(宥恕)が得られていない以上、被害者の処罰感情は依然として残っていると判断され、たとえ被害弁償が済んでいても、起訴されてしまうリスクは高いままなのです。

3.「示談成立」がもたらす、3つの大きなメリット

被害弁償に留まらず、慰謝料を支払い、真摯に謝罪を尽くして「示談」を成立させることには、計り知れないメリットがあります。

メリット ① :不起訴処分の可能性が高まる

示談書に「加害者を宥恕し、刑事処罰を望みません」という一文(宥恕条項)を入れてもらうことができれば、検察官は、よほど悪質な事案でない限り、起訴を見送る「起訴猶予」処分とする可能性がきわめて高くなります。これが、前科を回避するための王道です。

メリット ② :逮捕・勾留からの早期解放につながる

捜査の初期段階で弁護士が示談交渉に着手し、被害者との間で解決の見込みが立っていることを捜査機関に示すことができれば、「身柄を拘束する必要はない」と判断され、逮捕の回避や、逮捕後の早期釈放につながります。

メリット ③ :刑事裁判での減刑が期待できる

万が一、起訴されてしまった場合でも、公判までに示談が成立していれば、それは裁判官が量刑を判断する上で、最も重視する有利な情状となります。実刑判決が予想される事案でも、執行猶予付き判決を勝ち取れる可能性が高まります。

弁護士に相談するメリット

「被害弁償」で終わるか、「示談」まで辿り着けるかは、弁護士の活動にかかっています。

  • 「示談」というゴールに向けた、戦略的な交渉
    弁護士は、単に物を返すだけでなく、その先の「被害者の宥恕を得る」という目標を見据えて、交渉全体を戦略的に進めます。真摯な謝罪の伝え方、適切な慰謝料額の提示など、専門家ならではのノウハウで示談成立を目指します。
  • 被害者との唯一の交渉窓口となる
    加害者本人が接触できない被害者との間に、弁護士が唯一の交渉の窓口として立つことができます。被害者の心情に配慮しながら、冷静な話し合いの場を設けます。
  • 供託などの次善策を講じることができる
    被害者がどうしても示談や被害弁償に応じてくれない場合でも、弁護士は「供託」という法的手続きや、「贖罪寄付」といった次善策を講じることで、あなたの反省の意思を形にし、少しでも有利な処分が得られるよう尽力します。

まとめ

窃盗事件を起こしてしまったとき、あなたの未来を左右するのは、単に盗んだものを返す「被害弁償」で終わるか、それとも被害者の許しを得る「示談」まで成立させられるか、という点にかかっています。

被害弁償は、あくまで示談というゴールに向けたスタートラインに過ぎません。その先の、被害者の心のケアと、処罰感情の緩和まで実現して初めて、あなたは真に許され、前科を回避する道が開かれるのです。

「返せば済む」という安易な考えは捨ててください。窃盗事件を起こしてしまったら、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。私たちが、真の事件解決である「示談」の成立に向けて、あなたをサポートします。

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家族が万引きで逮捕された!本人に会うには?弁護士に依頼できること

2025-09-22
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はじめに

「息子さんが、万引きで逮捕されました。至急、警察署までお越しください」

ある日突然、警察からかかってくる一本の電話。「信じられない、何かの間違いではないか…」。頭が真っ白になり、心臓が凍りつくような衝撃と共に、一体何が起きているのか、これからどうなってしまうのか、深い不安に襲われることでしょう。

「とにかく、すぐに本人に会って、直接話を聞きたい」
「大丈夫だよと、声をかけてあげたい」

ご家族として、そう願うのは当然のことです。しかし、そこには「逮捕」という、厳しい現実の壁が立ちはだかります。逮捕直後は、たとえ親子や夫婦であっても、原則として本人と自由に面会することはできないのです。

そして、このご家族も会えない、逮捕後の限られた時間が、その後の勾留や起訴、ひいては前科の有無にきわめて大きな影響を及ぼす「不可逆点」とも言える重要な局面なのです。

この記事では、大切なご家族が万引きで逮捕されてしまったという緊急事態に直面した際に、どうすれば本人に会うことができるのか、そしてご家族として何をすべきなのか、弁護士に依頼できることについて解説します。

Q&A

Q1. 逮捕された息子に、一刻も早く会いに行きたいのですが、可能ですか?警察署に行けば会わせてくれますか?

残念ながら、会える可能性は非常に低いです。逮捕されてから検察官が勾留請求をするまでの最大72時間は、捜査の最も重要な初期段階です。この間、警察は、外部の人間との接触による証拠隠滅や口裏合わせを防ぐため、弁護士以外の者との面会(これを「接見」といいます)を、原則として認めません。警察署の窓口に行っても、「今は接見できません」と断られてしまうことがほとんどです。この「72時間の壁」を越えて、逮捕直後の本人に会えるのは、法律上、弁護士だけなのです。

Q2. 逮捕された本人に、着替えや本、現金などを差し入れしたいのですが、どうすればよいですか?

はい、差し入れは可能です。逮捕された警察署の留置管理課の窓口で、差し入れの手続きを行うことができます。差し入れできる物は、衣類(ただし、自殺や逃走防止のため、フードの紐やズボンのベルトなどは外されます)、現金、本や雑誌、便箋や切手などです。差し入れできる時間や曜日は警察署によって異なるため、事前に電話で確認することをお勧めします。また、弁護士に依頼すれば、接見の際に差し入れを代行することも可能です。

Q3. 弁護士を頼みたいのですが、費用が心配です。「国選弁護人」という制度があると聞きましたが、それではダメなのでしょうか?

国選弁護人制度は、経済的に弁護士を頼めない方のための重要な制度です。しかし、万引きのような事件で、逮捕直後の最も重要な時期に活動してもらうには、国選弁護人では間に合わないという問題があります。被疑者の段階で国選弁護人が選任されるのは、「勾留」された後だからです。逮捕後の72時間、つまり勾留されるかどうかを決める最も重要な局面で、国選弁護人はまだ存在しません。この「空白の72時間」に、示談交渉や勾留阻止のための活動を迅速に行えるのは、ご家族が自ら依頼する「私選弁護人」だけなのです。

解説

突然の逮捕という危機に、ご家族はどう立ち向かうべきか。その具体的な行動を理解しましょう。

1. 家族は会えない…逮捕直後の「空白の72時間」

ご家族が万引きで逮捕されると、法律に定められた手続きが、刻一刻と進んでいきます。

  • 逮捕~警察での取調べ(最大48時間)
  • 検察庁へ送致~検察官による取調べ(最大24時間)

この合計最大72時間の期間、逮捕されたご本人は、外部との連絡を一切絶たれた状態で、警察官や検察官による厳しい取り調べを受けることになります。孤独と不安、そして将来への恐怖の中で、冷静な判断をすることはきわめて困難です。

この絶望的な状況で、Q1で解説した通り、ご家族が面会することは原則としてできません。この「空白の時間」に、本人が不利な供述をしてしまったり、精神的に追い詰められてしまったりするリスクがあるのです。この72時間は、事件が長期の身柄拘束という深刻な段階へ進むのを防ぐための、事実上唯一の機会と言っても過言ではありません。

2. 家族に代わって本人を支える、弁護士の役割

この「空白の72時間」において、逮捕された本人と外部をつなぐ唯一のパイプ役となるのが、弁護士です。

① 迅速な接見による、状況把握と精神的サポート

ご家族から依頼を受ければ、弁護士は曜日や時間を問わず、直ちに警察署に駆けつけ、本人と接見します。

  • 何があったのかを正確に把握
    本人の言い分を詳細に聞き取り、事件の全体像を把握します。
  • 取り調べへの的確なアドバイス
    黙秘権の適切な行使、不利な供述調書への署名拒否など、今後の取り調べにどう臨むべきかを具体的に指導します。
  • 家族からのメッセージを届ける
    ご家族からの「心配している」「味方である」といったメッセージを伝えることで、本人の孤独感を和らげ、精神的に支えます。

② 早期の身柄解放に向けた、迅速な示談交渉

万引き事件で、勾留されずに早期に釈放されるための最大の鍵は、被害店舗との示談です。

  • すぐに示談交渉に着手
    弁護士は、接見と並行して、直ちに被害店舗に連絡を取り、示談交渉を開始します。
  • 勾留阻止を目指す
    勾留が請求される前に示談を成立させる、あるいは少なくとも交渉が順調に進んでいることを検察官や裁判官に示すことで、「身柄を拘束する必要はない」と判断させ、勾留を阻止し、早期の身柄解放を目指します。

3. 逮捕された家族のために、ご家族ができること

突然の出来事に動揺し、無力感に苛まれるかもしれませんが、ご家族にしかできない、きわめて重要なサポートがあります。

  1. 【最重要】すぐに弁護士に依頼する
    これが、ご家族ができる、最も効果的で、最も愛情のあるサポートです。前述の通り、逮捕直後の72時間に動けるのは私選弁護人だけです。インターネットで「刑事事件 弁護士(地域名)」などと検索し、速やかに連絡を取ることをお勧めします。迅速な対応が、ご本人の運命を左右します。
  2. 差し入れで、生活と心を支える
    Q2で解説した通り、差し入れは可能です。着替えなどの生活必需品はもちろんですが、特にご家族からの手紙は、外部から遮断された本人にとって、大きな心の支えとなります。事件を責めるのではなく、「待っている」「一緒に乗り越えよう」といった、温かい言葉をかけてあげてください。
  3. 「身元引受人」になる
    弁護士が、検察官や裁判官に身柄解放を求める際、「釈放された後は、家族が責任をもって監督し、二度と罪を犯さないよう指導します」という内容の「身元引受書」を提出します。ご家族が身元引受人となることで、「逃亡のおそれがない」という強い証明となり、身柄解放の可能性が高まります。
  4. 示談金の準備
    弁護士が示談交渉を進めるにあたり、速やかに示談金を支払えるよう、準備をしておくことも重要です。弁護士に相談し、おおよその相場を確認した上で、工面できる体制を整えておくことが重要です。

弁護士に依頼するメリットのまとめ

  • 家族が会えない時間に、唯一本人と面会し、法的なサポートができる。
  • 早期の示談交渉に着手し、勾留を阻止できる可能性を最大限に高められる。
  • 前科がつくことを回避するための、最も有効な弁護活動を行える。
  • 今後の手続きの見通しを家族に正確に伝え、不安を和らげることができる。

まとめ

大切なご家族が万引きで逮捕された。その知らせは、耐えがたいほどの衝撃と悲しみをもたらすでしょう。しかし、そこで立ち止まっている時間はありません。逮捕後の72時間は、刻一刻と過ぎていきます。

ご家族が本人に会うことも、直接励ますこともできない、その「空白の時間」。その時間に、本人と社会をつなぐ架け橋となれるのは、弁護士だけです。

ご家族としてできる最大の愛情表現は、一刻も早く、刑事事件に強い私選弁護人に依頼し、本人とのパイプを確保し、早期の身柄解放と事件の円満な解決に向けた活動をスタートさせることです。弁護士法人長瀬総合法律事務所は、突然の危機に直面したご家族とご本人に寄り添い、サポートすることをお約束します。

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窃盗の常習犯(累犯)になると刑罰は重くなる?執行猶予はつかないのか解説

2025-09-21
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はじめに

万引きや置き引きといった窃盗は、クレプトマニア(窃盗症)という病的な要因が背景にあることも多く、一度罪を犯してしまうと、自分の意思だけではやめられず、繰り返してしまう傾向が強い犯罪の一つです。

初犯であれば、被害店舗と示談が成立し、罰金刑や執行猶予付き判決で済んだかもしれません。しかし、その猶予期間中に、あるいは刑の執行を終えて間もなく、二度、三度と窃盗を繰り返してしまった場合、事態は比較にならないほど深刻になります。

日本の刑法には、「累犯(るいはん)」という規定があり、前科がある者が再び罪を犯した場合、その刑罰を重くすることが定められています。特に、窃盗を繰り返す「常習性」は、裁判官の心証を著しく悪化させ、実刑判決、つまり刑務所に行かなければならない可能性を飛躍的に高めるのです。

この記事では、窃盗の常習犯や累犯になってしまった場合に、刑罰がどれほど重くなるのか、そして執行猶予が付かなくなるのか、その厳しい現実と、それでも実刑を回避するための道筋について解説します。

Q&A

Q1. 窃盗の前科が1回あります。次に万引きで捕まったら、必ず実刑判決になりますか?

必ず実刑になるとは限りませんが、そのリスクは高くなります。前回の窃盗事件からどれくらいの期間が経っているか、今回の被害額や犯行態様、そして何よりも被害者との示談が成立しているか、といった要素によって判断は変わります。しかし、裁判官は「一度チャンスを与えたのに、また同じ過ちを犯した」と、きわめて厳しい目で見ることになります。実刑判決を回避するためには、初犯の時とは比較にならないほどの、徹底した弁護活動が必要不可欠です。

Q2. 「常習累犯窃盗」という言葉を聞きました。通常の窃盗罪とどう違うのですか?

「常習累犯窃盗」は、「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」という特別な法律に定められた、きわめて重い犯罪です。これは、過去10年間に窃盗罪などで3回以上、拘禁刑6ヶ月以上の刑を受けた者が、さらに常習として窃盗を行った場合に適用されます。通常の窃盗罪の法定刑が「10年以下の拘禁刑…」であるのに対し、常習累犯窃盗罪は「3年以上の有期拘禁刑」と、刑の下限が定められています。執行猶予が付くのは原則として「3年以下の拘禁刑」の判決なので、この罪で起訴されると、裁判官が特別な事情で刑を3年以下に減軽しない限り実刑判決となる厳しい犯罪です。

解説

一度ならず、二度、三度…。窃盗の繰り返しが、なぜこれほどまでに重く罰せられるのか。その法的根拠と、厳しい現実を見ていきましょう。

1. なぜ、窃盗の繰り返し(常習性)は重く罰せられるのか?

裁判所が、窃盗を繰り返す被告人に対して厳しい姿勢で臨むのには、明確な理由があります。

  • 規範意識の欠如・強い非難
    一度、刑事罰という形で国から警告を受けたにもかかわらず、再び罪を犯すという行為は、「社会のルールを守る意識(規範意識)が著しく低い」と評価されます。その更生意欲のなさは、強い社会的非難の対象となります。
  • 社会内での更生への不信感
    罰金刑や執行猶予付き判決は、「刑務所ではなく、社会生活を送りながら更生するチャンス」を与えるものです。そのチャンスを自ら放棄したと判断され、「社会内での更生はもはや困難であり、刑務所での専門的な矯正教育が必要である」と、裁判官に考えられてしまうのです。

2. 刑罰が法律上、加重される「累犯(るいはん)」の規定

前科がある場合の刑罰の加重は、単なる裁判官の心証の問題だけではありません。刑法には、明確な加重規定が存在します。

  • 累犯(刑法第56条)
    以下の条件を満たす場合に、「累犯」として扱われます。
    • 拘禁刑に処せられた者が、その執行を終わり、又は執行の免除を得た日から、5年以内に更に罪を犯したとき。
  • 累犯加重(刑法第57条)
    累犯にあたる場合、新たに犯した罪について言い渡される拘禁刑の長期(上限)が、法律で定められた刑の2倍になります。
    • 窃盗罪の法定刑は「10年以下の拘禁刑」ですが、累犯窃盗の場合、その上限が2倍の「20年以下の拘禁刑」の範囲で処断されることになります。
  • 再度の執行猶予の原則禁止(刑法第25条2項)
    前に拘禁刑以上の刑(執行猶予付きを含む)に処せられた者が、その執行猶予期間中に再び罪を犯した場合、原則として、再び執行猶予を付けることはできません。これが「再度の執行猶予の禁止」という、非常に厳しいルールです。ごく例外的に再度の執行猶予が認められるケースもありますが、そのハードルはきわめて高いのが現状です。

3. 実刑必至?「常習累犯窃盗」の恐怖

さらに、窃盗を何度も繰り返す者には、「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律(盗犯等防止法)」という、刑法より重い刑罰を定めた特別法が適用されることがあります。

常習累犯窃盗(盗犯等防止法第3条)

  • 対象者
    過去10年間において、窃盗罪・強盗罪などで3回以上、拘禁刑6ヶ月以上の刑に処せられたことがある者。
  • 要件
    上記の対象者が、さらに「常習として」窃盗などを行った場合。
  • 法定刑
    3年以上の有期拘禁刑

この犯罪の最も恐ろしい点は、法定刑の下限が「3年」と定められていることです。日本の法律では、執行猶予を付けることができるのは、言い渡される判決が「3年以下の拘禁刑」の場合です。

つまり、常習累犯窃盗罪で起訴されてしまうと、裁判官が法律上の減軽事由(情状酌量など)を適用して、刑を3年以下にまで減らさない限り実刑判決となり、刑務所に行かなければならないのです。

4. それでも実刑を回避するための、残された道筋

窃盗の常習犯となってしまい、実刑判決が濃厚な状況でも、諦めるべきではありません。執行猶予を勝ち取るためには、初犯の時とは比較にならない、徹底した更生への取り組みを示す必要があります。

  1. 全ての被害者との示談成立
    これが大前提です。複数の被害者がいる場合、その全てと示談を成立させ、被害弁償を尽くす必要があります。一つでも示談が成立しなければ、実刑の可能性は格段に高まります。
  2. 窃盗症(クレプトマニア)の専門的な治療の開始
    窃盗を繰り返してしまう背景に、「窃盗症」という病気があることを、本人も家族も正面から認め、専門の医療機関での治療やカウンセリングを直ちに開始することが不可欠です。「自分の意思ではやめられない病気だからこそ、刑務所ではなく、社会内で治療を継続させるべきだ」と、裁判官に訴えるのです。
  3. 家族などによる鉄壁の監督体制の構築
    釈放された後の生活について、家族がどのように本人を監督し、二度と万引きができない環境を作るのかを、具体的な「監督計画書」として裁判所に提出します。例えば、「金銭管理は全て家族が行う」「一人での外出はさせない」といった、厳しい監督体制を誓約します。

弁護士に相談するメリット

窃盗の常習犯となってしまった方の弁護は、きわめて専門的な知見と経験が求められます。

  • 実刑回避への、具体的な道筋の提示
    常習窃盗の事案で執行猶予を勝ち取るためには、「示談」「治療」「監督」の三本柱が不可欠です。弁護士は、この方針に沿って、ご本人とご家族が何をすべきかを具体的に示し、その活動を法的な主張へと結実させます。
  • 困難を極める示談交渉
    常習犯に対しては、被害店舗の処罰感情も厳しく、示談交渉は難航します。弁護士は、粘り強く交渉し、全ての被害者との示談成立を目指します。
  • 専門医療機関との緊密な連携
    クレプトマニア治療の実績が豊富なクリニックやカウンセラーと連携し、ご本人を適切な治療へとつなげます。そして、医師の診断書や治療への取り組み状況を、裁判で最も有利な証拠として提出します。
  • 裁判官の心を動かす、最後の情状弁護
    法廷で、これまでの過ちを真摯に反省し、病と向き合い、家族の支えのもとで今度こそ更生するという本人の固い決意を、具体的な証拠と共に裁判官に伝え、最後のチャンスである執行猶予付き判決を求めます。

まとめ

窃盗を一度、また一度と繰り返してしまった場合、法律は「累犯」として、あなたに厳しい罰則を科します。再度の執行猶予は原則としてなく、常習累犯窃盗罪が適用されれば、実刑判決は目前に迫ります。

しかし、道が完全に閉ざされたわけではありません。全ての被害者との示談、専門的な治療、そして家族の協力。この3つを揃え、弁護士と共に「今度こそ本気で更生する」という強い決意を裁判官に示すことができれば、実刑を回避できる可能性は残されています。

「もう後がない」という崖っぷちの状況だからこそ、どうか一人で絶望せず、すぐに窃盗事件の常習事案に関する弁護経験が豊富な、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。

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置き引き・スリは窃盗罪?遺失物等横領罪との違いと刑罰を解説

2025-09-20
Home » コラム » 【犯罪別】窃盗・万引き事件の解説

はじめに

カフェで席を取るために置いたままのカバン、電車の網棚に少しの時間だけ置いた荷物、あるいは混雑した場所で他人のポケットからそっと抜き取られる財布…。これらはすべて、「置き引き」や「スリ」と呼ばれる、私たちの身の回りで起こりうる身近な犯罪です。

これらの行為は、一般的に「窃盗罪」にあたります。一方で、道に落ちていた財布を拾って、そのまま自分のものにしてしまう行為は、「遺失物等横領罪(いしつぶつとうおうりょうざい)」という、窃盗罪とは異なる別の犯罪が成立する可能性があります。

これら2つの犯罪は、どちらも「他人の物を自分のものにする」という点では同じように見えますが、法律上は明確な一線が引かれています。その境界線を決めるのが、「占有(せんゆう)」という、少し難しい法律上の概念です。

この記事では、「置き引き」や「スリ」がなぜ窃盗罪になるのか、そして「遺失物等横領罪」とは何が違うのか、その境界線とそれぞれの刑罰の重さについて解説します。

注:本稿は2025年6月1日に施行される改正刑法に基づき、従来の「懲役刑」を「拘禁刑」として記載しています。

Q&A

Q1. コンビニのトイレの個室に、前に使った人が置き忘れた財布がありました。これを持ち帰ったら、窃盗罪ですか?それとも遺失物等横領罪ですか?

このケースでは、「窃盗罪」が成立する可能性が高いです。ポイントは、その財布が誰の「占有」下にあったかです。忘れ物の持ち主の占有は離れていますが、判例では、コンビニのトイレのような管理された空間内にある忘れ物は、新たにそのお店の管理者(店長など)の占有に移転したと解釈されます。したがって、その財布を持ち去る行為は、店長の占有を侵害する行為と見なされ、遺失物等横領罪ではなく、より重い窃盗罪が適用されるのです。

Q2. 「置き引き」と「スリ」では、どちらの罪が重くなりますか?

どちらも同じ「窃盗罪」ですが、一般的に「スリ」の方が、より悪質と見なされ、重く処罰される傾向にあります。置き引きは、持ち主が注意を怠っていたという側面も情状として考慮される余地がありますが、スリは、被害者が身につけている物を、その隙を突いて巧みに盗み出すという、きわめて計画的かつ悪質な手口です。そのため、逮捕・勾留される可能性も高く、裁判になった場合の刑罰も、置き引きより重くなるのが通常です。

Q3. 盗んだ財布からお金だけを抜き取って、財布自体は近くのゴミ箱に捨ててしまいました。この場合、罪は重くなりますか?

はい、より不利な情状として考慮される可能性が高いです。罪証を隠滅しようとした、と見なされるからです。財布を捨てるという行為は、自分が犯人であることを隠そうとする意図の表れであり、反省していないと評価されます。また、財布自体や中に入っていたカード類なども含めた全ての被害額について、被害弁償をする責任を負うことに変わりはありません。むしろ、悪質な犯行後の行動として、より厳しい処分につながるリスクがあります。

解説

「他人の物を盗る」という行為が、どのような場合にどの犯罪になるのか。その分かれ目である「占有」の概念を中心に、詳しく見ていきましょう。

1. 窃盗罪と遺失物等横領罪を分ける「占有」というカギ

この2つの犯罪を区別する、たった一つの、しかし決定的な違い。それは、盗られた物が、その時点で「他人の占有下にあったかどうか」です。

  • 窃盗罪(刑法第235条)
    「他人の財物を窃取した」場合に成立します。ここでのポイントは、その財物が、窃取された時点で「他人の占有下にあった」ということです。
    【刑罰】10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金
  • 遺失物等横領罪(刑法第254条)
    「遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した」場合に成立します。こちらのポイントは、その物が、横領された時点で「誰の占有下にもなかった」ということです。正式には「占有離脱物横領罪」といいます。
    【刑罰】1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金もしくは科料

ご覧の通り、法定刑には極めて大きな差があります。他人の支配を積極的に破って物を奪う「窃盗」は、誰の支配下にもない物を自分のものにする「遺失物等横領」よりも、はるかに悪質と評価されるためです。

「占有」とは何か?

「占有」とは、物に対する事実上の支配・管理を意味します。物理的に手に持っている状態はもちろんのこと、社会通念上、その人の支配が及んでいると見なされる状態も広く含まれます。例えば、自宅の庭に置いてある自転車は、あなたがその時家にいなくても、あなたの占有下にある、と評価されます。

2. 置き引き・スリが、なぜ「窃盗罪」になるのか?

この「占有」の考え方を当てはめると、置き引きやスリがなぜ窃盗罪になるのかが分かります。

  • 置き引きの場合
    カフェのテーブルに置かれたスマートフォン、図書館の机の上のカバン、電車の網棚の荷物…。これらは、たとえ持ち主がその場を少し離れてトイレに行っていたり、眠っていたりしても、社会通念上、まだその持ち主の事実上の支配が及んでいると判断されます。その支配(占有)を侵害し、持ち去る行為だからこそ、「窃盗罪」が成立するのです。
  • スリの場合
    他人の衣服のポケットや、身につけているカバンの中にある財布やスマートフォンは、言うまでもなく、その持ち主の最も強い占有下にあります。その支配を、相手に気づかれないように、あるいは気づく間もなく破って奪い取る行為は、窃盗罪の中でも特に悪質な態様と評価されます。

3. では、遺失物等横領罪が成立するのはどんなケース?

遺失物等横領罪が成立するのは、その物が、持ち主の意思に基づかずにその占有を離れ、かつ、他の誰の占有下にも入っていない「占有離脱物」となった場合です。

  • 道端に落ちている財布やスマートフォン
    持ち主が落としたことに気づかず、その場を立ち去ってしまった場合、その財布は持ち主の占有を離れます。これを拾って警察に届けず、自分の懐に入れてしまった場合、遺失物等横領罪が成立します。
  • 乗り捨てられた(ように見える)自転車
    駅前などに長期間放置されている自転車を、勝手に自分のものとして乗り始めた場合も、この罪にあたります。(ただし、施錠されている場合は、窃盗罪が成立する可能性もあります。)

4. 境界線が難しいケース【占有の移転】

判断が難しいのが、Q1で挙げたような、管理された施設内での忘れ物のケースです。

  • コンビニやスーパーのトイレ、商業施設の試着室、ホテルの客室など
    これらの空間は、施設の管理者(店長や支配人など)が、排他的に支配・管理している場所です。

このような場所にある忘れ物は、たとえ元の持ち主の占有は離れていても、新たにその施設の管理者の占有に移転したと解釈されます。

したがって、これを発見した第三者が自分のものにしてしまう行為は、管理者の占有を侵害する「窃盗罪」にあたるのです。

一方で、誰でも自由に出入りできる公園のベンチの忘れ物などは、管理者の占有が認められにくく、遺失物等横領罪が成立する可能性が高いでしょう。このように、占有の有無は、具体的な場所や状況によって、法的な判断が分かれる複雑な問題なのです。

弁護士に相談するメリット

置き引きや遺失物横領の疑いをかけられた場合、弁護士はあなたの行為が法的にどう評価されるべきかを的確に判断し、あなたを守るための活動を行います。

占有の有無を争い、より軽い罪を目指す

事案の詳細な状況を分析し、発見場所の管理状況などから、「他人の占有は及んでおらず、占有離脱物であった」と主張することで、重い窃盗罪ではなく、より刑罰の軽い遺失物等横領罪の適用を求め、有利な処分を目指します。

早期の示談交渉による、不起訴処分の獲得

窃盗罪、遺失物等横領罪のいずれのケースでも、被害者の方との示談の成否が、その後の処分を決定づける最も重要な要素です。弁護士が代理人として迅速に被害者の方と連絡を取り、被害弁償と謝罪を行うことで、不起訴(起訴猶予)処分を勝ち取ることを目指します。

被害者不明の場合の、最善の対応

遺失物横領などの場合、被害者が誰か分からないこともあります。そのような場合でも、弁護士は、警察に自首する手続きをサポートしたり、被害弁償金相当額を法務局に預ける「供託」を行ったり、あるいは慈善団体へ「贖罪寄付」をしたりすることで、あなたの反省の態度を客観的な形で示し、検察官に寛大な処分を求めます。

まとめ

「置き引き」や「スリ」は、他人の占有を侵害する窃盗罪。道に落ちている物を自分のものにする行為は、誰の占有下にもない物を横領する遺失物等横領罪。この2つを分けるのは、「占有」の有無という、一見すると分かりにくい法律上の概念です。

そして、その境界線の判断は、具体的な状況によって異なり、きわめて専門的です。特に、施設内の忘れ物は、安易に「落とし物」と判断すると、窃盗という重い罪に問われかねません。

もし、あなたが他人の物を意図せず手にしてしまい、どうすればよいか分からずにいるのなら、どうか一人で悩まず、すぐに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。あなたの行為がどの罪にあたるのかを的確に判断し、最善の解決策をご提案します。

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会社の金を横領してしまったら?業務上横領罪の刑罰と示談の重要性

2025-09-01
Home » コラム » 【犯罪別】窃盗・万引き事件の解説

はじめに

会社の経理を担当し、預金の管理を任されている。営業担当として、顧客から売上金を集金する立場にある。このような、業務として会社のお金や物品を預かる立場の人が、そのお金を自分の借金返済や遊興費に充ててしまった…。

このような行為は、単なる「使い込み」や「借りただけ」では決して済みません。それは、「業務上横領罪」という、刑法に定められたきわめて重い犯罪にあたります。

業務上横領は、会社から寄せられた信頼を根底から裏切る、悪質な行為と見なされます。そのため、発覚すれば、懲戒解雇は免れず、築き上げてきた社会的信用やキャリアは一瞬にして崩れ去ります。それだけでなく、厳しい刑事罰が科される可能性も高いのです。

この記事では、業務上横領罪がどのような場合に成立するのか、その重い刑罰の内容、そして発覚後に逮捕や実刑判決を回避するために取るべき最善の対処法について解説します。

Q&A

Q1. 使い込んだお金は、後で給料が入ったらこっそり返すつもりでした。それでも横領になるのですか?

はい、明確に業務上横領罪が成立します。横領罪が成立するかどうかの重要なポイントは、不法領得の意思(ふほうりょうとくのいし)があったかどうかです。これは、「他人の物を、権限がないのに自分の所有物として、その経済的な用法に従って利用・処分する意思」を指します。たとえ一時的であっても、会社のお金を、許可なく自分の借金返済や生活費などに使った時点で、あたかも自分の銀行口座のように扱ったと見なされ、この不法領得の意思があったと判断されます。「後で返すつもりだった」という内心の動機は、犯罪の成立を左右しません。

Q2. 業務上横領罪には、罰金刑はありますか?示談すれば、罰金で済む可能性はありますか?

いいえ、業務上横領罪には、罰金刑の定めがありません。法定刑は「10年以下の拘禁刑」のみです。これは、業務上横領罪が、信頼関係を裏切る悪質な財産犯として、単純な窃盗罪よりも重く位置づけられていることを意味します。したがって、起訴されて有罪になれば、判決は必ず「懲役刑(実刑または執行猶予)」となります。罰金刑で済むことは絶対にありません。だからこそ、起訴を回避するための示談交渉が、より一層重要になるのです。

Q3. 会社にばれる前に、横領したお金を全額、口座に戻しておきました。これで罪にはなりませんか?

残念ながら、罪がなくなるわけではありません。Q1で解説した通り、会社のお金を自分のものとして使った時点で、業務上横領罪はすでに成立(既遂)しています。その後、発覚前に全額を返済したとしても、成立した犯罪の事実が消えるわけではないのです。ただし、発覚前に自主的に被害を全額回復させたという事実は、きわめて有利な情状となります。もし会社がその事実を知った上で、警察に告訴しなければ、刑事事件化せずに済む可能性は十分にあります。

解説

業務上横領罪(刑法第253条)が成立するまで

業務上横領罪は、以下の要素が揃ったときに成立します。

  • ① 「業務上」預かっていること
    ここでの「業務」とは、社会生活上の地位に基づいて、反復・継続して行われる事務を指します。経理担当者による会社預金の管理、営業担当者による売上金の集金などが典型例です。この「業務」に基づき物を預かるという点が、特別な信頼関係(委託信任関係)の存在を示しており、この信頼を裏切ることが、罪を重くする根源的な理由です。
  • ② 「自己の占有する他人の物」であること
    自分自身が管理を委託されている(=占有している)、会社など他人のお金や物品が対象です。自分が占有していない、会社の金庫に厳重に保管されているお金を盗み出した場合は、横領ではなく「窃盗罪」となります。
  • ③ 「横領」したこと
    管理を任されているお金や物品を、委託された任務に背いて、あたかも自分の所有物であるかのように、勝手に消費したり、売却したりする行為を指します。この行為の根底に、「不法領得の意思」があることが必要です。

業務上横領罪の、罰金刑のない重い刑罰

業務上横領罪の法定刑は、「10年以下の拘禁刑」と定められています。

前述の通り、罰金刑の規定がないことが、この犯罪の最大の特徴であり、恐ろしさです。これは、窃盗罪(10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)と比較しても、その悪質性が重く評価されていることを示しています。

刑罰の重さを決める判断基準

実際に科される懲役刑の長さは、どのような基準で決まるのでしょうか。

  • 被害額(横領額)
    最も重要な判断基準です。
    • 数十万円~100万円程度:示談が成立すれば、執行猶予付き判決の可能性が高い。
    • 数百万円:示談が成立しても、実刑判決のリスクが生じ始める。
    • 1000万円以上:示談が成立しても、実刑判決となる可能性が非常に高い。
  • 期間・回数
    長期間にわたり、常習的に横領が繰り返されていると、悪質と判断されます。
  • 動機
    借金返済、ギャンブル、奢侈(しゃし)といった自己中心的な動機は、厳しい評価を受けます。
  • 【最重要】被害弁償と示談の成否
    横領した金額を弁償し、会社から許しを得られているかどうかが、執行猶予がつくか、実刑になるかを分ける最大のポイントです。

【法改正情報】
2022年6月の刑法改正により、2025年までに「懲役刑」は「拘禁刑」に一本化されます。業務上横領罪の法定刑も、「10年以下の拘禁刑」となります。

横領が発覚!人生を再建するための、唯一の対処法

会社の金に手をつけてしまった…。もしその事実が会社に発覚したら、パニックに陥り、嘘でごまかそうとしてしまうかもしれません。しかし、それは事態を悪化させるだけです。取るべき道は、刑事、民事、そして雇用関係の問題を一体として解決する、包括的な危機管理です。

ステップ ① :被害の全容を正直に把握・報告する

まずは、いつから、何回にわたり、総額でいくら横領したのか、ごまかさずに全ての事実を正直に会社に報告し、心から謝罪することが第一歩です。隠蔽や嘘は、会社の怒りを増幅させ、刑事告訴へと直結します。

ステップ ② :被害弁償と示談交渉

刑事事件化と実刑判決を回避するための、最も重要な活動です。

  • 全額の一括返済が理想
    横領した金額の全額を、一括で返済することが、最も強い反省の態度を示すことになります。親族に援助を請う、自宅を売却するなど、あらゆる手段を尽くして資金を工面する必要があります。
  • 分割返済の交渉
    どうしても一括返済が無理な場合は、具体的な返済計画(毎月いくらずつ、何年間で完済するか)を提示し、会社に受け入れてもらえるよう交渉します。この際、親族に連帯保証人になってもらうなどの誠意を示すことが重要です。
  • 示談書の締結
    示談がまとまったら、「本件について、被害届や告訴状を提出しません」「既に提出済みの告訴状を取り下げます」といった内容を盛り込んだ示談書を締結します。これには通常、退職に関する合意や守秘義務条項も含まれます。

弁護士に相談するメリット

業務上横領は、加害者と会社(被害者)との間に、雇用関係という特殊な関係性があるため、交渉はきわめて複雑で、感情的になりがちです。弁護士の存在が重要となります。

  • 会社の怒りを和らげ、冷静な交渉の場を設定する
    信頼していた従業員に裏切られた会社の経営者の怒りは、計り知れません。弁護士が、加害者の代理人として間に立ち、法的な観点から冷静に話し合いを進めることで、感情的な対立を避け、円満な示談交渉のテーブルを設定します。
  • 正確な被害額の確定と、現実的な返済計画の交渉
    会社の調査した被害額と、本人の認識にズレがある場合、弁護士が客観的な証拠に基づいて、法的に賠償すべき正確な金額を確定させます。その上で、加害者の経済状況を踏まえた、現実的な分割払いの計画を会社に提示し、合意形成を目指します。
  • 刑事告訴の回避・取下げに向けた働きかけ
    弁護士は、示談交渉を通じて、会社に対し「彼を刑事罰に処しても、会社には一円も入ってこない。それよりも、今後真面目に働かせて、分割ででも全額を回収する方が、会社にとっても合理的ではないか」といった視点から、刑事告訴を回避、あるいは取り下げてもらえるよう、説得的に交渉します。
  • 逮捕・実刑判決の回避
    万が一告訴されてしまった場合でも、弁護士は示談交渉の進捗を捜査機関や裁判所に報告し、被害弁償への真摯な努力を訴えることで、逮捕や勾留、そして最終的な実刑判決を回避し、執行猶予付き判決を勝ち取るために全力を尽くします。

まとめ

業務上横領罪は、「10年以下の拘禁刑」という、罰金刑のない重い犯罪です。「後で返すつもりだった」という言い訳は一切通用せず、一度手を染めれば、あなたのキャリアと人生を破滅させる深刻なリスクを伴います。

もし、あなたが会社のお金に手をつけてしまったという過ちを犯してしまったのなら、その解決の道は、会社に真摯に謝罪し、横領したお金を全額弁償し、示談を成立させることです。

そして、その困難な交渉を成功に導き、あなたの未来を守ることができるのは、法律と交渉の専門家である弁護士になります。横領の事実が発覚したら、あるいは発覚しそうだと感じたら、一刻も早く弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。私たちが、あなたの人生の再スタートをサポートします。

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窃盗の被害届を取り下げてもらうには?示談交渉の具体的な進め方

2025-08-31
Home » コラム » 【犯罪別】窃盗・万引き事件の解説

はじめに

万引きや置き引き、自転車泥棒などの窃盗事件を起こしてしまい、被害者の方が警察に被害届を提出してしまった…。このままでは、警察の捜査が本格化し、逮捕されたり、起訴されて前科がついたりしてしまうかもしれない。そんな絶望的な状況に、強い不安を感じている方も多いのではないでしょうか。

この危機的状況を打開し、事件を穏便に解決するための、最も重要で効果的な鍵。それは、被害者の方に「被害届を取り下げてもらう」ことです。

しかし、被害届は、一度警察に受理されてしまうと、魔法のように消えてなくなるわけではありません。被害届を取り下げてもらうためには、加害者が真摯に反省し、被害者に謝罪と賠償を尽くす「示談交渉」を行い、被害者の許しを得ることが重要です。

この記事では、窃盗事件で被害届を取り下げてもらうことの法的な意味と、そのために必要となる示談交渉の具体的な進め方、そしてその重要性について解説します。

Q&A

Q1. 被害届が取り下げられたら、警察の捜査は完全にストップして、事件はなかったことになるのですか?

捜査が事実上ストップすることは多いですが、理論上は継続可能です。窃盗罪は、被害者の告訴がなくても起訴できる「非親告罪」です。そのため、被害届が取り下げられても、警察や検察が捜査を継続し、起訴することも法律上は可能です。しかし、日本の検察官には「起訴便宜主義」という広範な裁量が認められており、被害者が処罰を望んでいない事件を、あえて起訴することは、よほど特殊なケースでない限りありません。したがって、実務上は「被害届の取下げ=事実上の捜査終了・不起訴処分」と考えていただいて、差し支えありません。

Q2. 被害者に直接会って、誠心誠意謝罪すれば、被害届を取り下げてくれるのではないでしょうか?

絶対にやめてください。その行動は、事態を好転させるどころか、最悪の方向へと導く可能性がきわめて高いです。被害者は、加害者であるあなたに対して、恐怖心や怒り、不信感を抱いています。そこにあなたが直接現れれば、被害者は「脅しに来たのか」「ストーカーされるのではないか」と、さらに強い恐怖を感じ、警察に「加害者が接触してきた」と通報されかねません。そうなれば、証拠隠滅のおそれありとして、逮捕される直接的な原因となります。被害者との接触は弁護士を介して行うことが重要です。

Q3. 示談書には、具体的にどのようなことを書いてもらえば、被害届の取下げに繋がりますか?

示談書の中でも、特に重要なのが「宥恕(ゆうじょ)条項」と「被害届取下条項」です。

  • 宥恕条項
    「乙(被害者)は、甲(加害者)からの謝罪と被害弁償を受け入れ、甲を宥恕する(許す)。」という文言です。
  • 被害届取下条項
    「乙は、本件に関し〇〇警察署に提出した被害届を、速やかに取り下げるものとする。」という文言です。

この2つが揃った示談書を検察官に提出することで、被害者が処罰を望んでいないことを、客観的な証拠として示すことができるのです。

解説

「被害届の取下げ」が持つ、絶大な効果

まず、被害届が取り下げられることが、なぜそれほど重要なのかを理解しましょう。

  • 被害届とは
    犯罪の被害に遭ったという事実を、被害者が捜査機関に申告する書類であり、警察が捜査を開始するきっかけ(端緒)となります。
  • 被害届の取下げとは
    被害者が、警察に対し「被害の申告を撤回します。加害者の処罰は望みません。」という意思を明確に示す行為です。

前述の通り、窃盗罪は「非親告罪」ですが、実務上、検察官は処分を決定するにあたり、被害者の意思をきわめて重視します。被害届が取り下げられ、当事者間で円満に解決している事案について、検察官が国のリソースを使ってまで起訴することは、公益にそぐわないと考えるのが通常です。そのため、被害届の取下げは、不起訴処分を勝ち取るための、最も強力な武器となるのです。

被害届取下げへの唯一の道、それが「示談交渉」

被害届は、提出した被害者自身の意思でしか取り下げることができません。そして、被害者がその意思を持つためには、加害者が引き起こした損害を回復し、傷ついた感情を癒すための「示談」が不可欠となります。

示談交渉は、単にお金を払うだけの行為ではありません。以下の2つの要素を、誠意をもって実現するプロセスです。

  • ① 経済的被害の完全な回復(被害弁償)
    盗んだ金品相当額の弁償はもちろんのこと、被害者が事件対応に費やした時間や労力、精神的な苦痛に対する慰謝料・迷惑料を支払います。
  • ② 精神的被害の回復(謝罪と宥恕)
    心からの謝罪を伝え、二度と過ちを繰り返さないと誓うことで、被害者の怒りや不安を和らげ、「もう罰しなくてもよい」という許し(宥恕)を得ることを目指します。

この2つが揃って初めて、被害者は被害届の取下げに応じてくれる可能性が出てくるのです。

弁護士が行う、示談交渉の具体的なステップ

被害感情の強い被害者との示談交渉は、慎重かつ専門的な対応が求められます。

ステップ ① :弁護士による連絡先の入手

これがスタートです。加害者が警察に聞いても、個人情報保護を理由に、被害者の連絡先は絶対に教えてもらえません。弁護士が、守秘義務を負う代理人として、捜査機関(警察や検察)に「示談のため」と目的を告げ、被害者の方に弁護士限りで連絡先を教えてよいか確認してもらい、同意を得る必要があります。弁護士でなければ、交渉のスタートラインにすら立てないので。

ステップ ② :弁護士による、丁寧な謝罪と交渉の開始

弁護士は、あなたに代わって被害者の方に連絡を取り、まずは丁重に謝罪の意を伝えます。その上で、示談の話し合いに応じていただけるよう、丁寧にお願いします。決して高圧的になったり、無理強いしたりするようなことはありません。

ステップ ③ :示談書の作成と締結

交渉がまとまれば、その合意内容を、法的に有効な「示談書」として作成します。この示談書に、前述した「被害届取下条項」と「宥恕条項」を明記することが、何よりも重要となります。

ステップ ④ :「被害届取下書」の作成と提出

実務上は、示談書とは別に、「被害届取下書」または「嘆願書」というタイトルの書面を作成し、被害者の方に署名・押印をいただくことが一般的です。そして、その書面を弁護士が警察署や検察庁の担当者に直接提出し、被害届が取り下げられた(処罰を望まない意思が示された)ことを、正式に報告します。

弁護士に相談するメリット

  • 交渉の機会を創出できる
    そもそも、弁護士でなければ被害者の連絡先を入手できず、示談交渉を始めることすらできません。弁護士は、そのスタートラインに立つための唯一の存在です。
  • 被害者の感情を刺激せず、円滑な交渉を実現する
    加害者への怒りや恐怖でいっぱいの被害者に対し、冷静な第三者である弁護士がクッション役となることで、被害者も安心して話し合いに応じてくれる可能性が高まります。
  • 不起訴に直結する、法的に有効な書面を作成できる
    検察官を納得させるために必要な条項を網羅した、法的に不備のない示談書や被害届取下書を作成することができます。これにより、示談の効果を最大限に引き出します。
  • 迅速な対応で、事件の早期終結を目指す
    警察の捜査が本格化する前、あるいは検察官が起訴・不起訴の処分を決める前に、弁護士が迅速に示談を成立させることで、逮捕の回避や、事件の早期終結を実現します。

まとめ

窃盗事件で被害届を出されてしまった場合、その後のあなたの運命は、被害届を取り下げてもらえるかどうかにかかっている、と言っても過言ではありません。そして、そのための唯一の道が、被害者の方との示談交渉です。

加害者本人が被害者と直接接触しようとすることは、事態を悪化させるだけであり、絶対に避けるべきです。

もしあなたが、窃盗事件で被害届を提出されてしまい、途方に暮れているのであれば、一刻も早く弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。私たちが、あなたに代わって被害者の方と誠実に向き合い、被害届の取下げと事件の円満な解決を実現するために、全力を尽くします。

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万引きで警察に捕まったらどうなる?初犯でも逮捕される3つのケースとは

2025-08-30
Home » コラム » 【犯罪別】窃盗・万引き事件の解説

はじめに

「万引きくらいで、まさか逮捕まではされないだろう」
「今回が初めてだし、盗んだのも安いものだから、厳重注意で済むはずだ」

多くの方が、万引きという犯罪を軽く考えがちです。しかし、その認識はきわめて危険な間違いです。万引きは、刑法上の「窃盗罪」にあたる、れっきとした犯罪行為です。そして、たとえ初犯であっても、被害額が少額であっても、状況次第では警察に逮捕され、その後の人生が大きく変わってしまう可能性があるのです。

逮捕されれば、会社や学校に行けなくなり、家族に知られ、社会的信用を失います。軽い気持ちで犯した万引きが、取り返しのつかない事態を招くことは、決して珍しいことではありません。

この記事では、万引きで警察に捕まってしまった後の手続きの具体的な流れと、特に「初犯」であるにもかかわらず、逮捕という深刻な事態に至ってしまうのはどのようなケースなのか、その3つのポイントについて解説します。

Q&A

Q1. 捕まったのは今回が初めてで、盗んだのも数百円のお菓子です。それでも、本当に逮捕されることがあるのですか?

はい、可能性はゼロではありません。たしかに、初犯で被害額も数百円と極めて少額であれば、警察限りで事件を終結させる「微罪処分」で済むことも多いです。しかし、例えばあなたが犯行を頑なに否認したり、店員さんに対して暴言を吐いたり、あるいは住所不定であったりすれば、たとえ被害額が数百円でも、逮捕の法的要件である「逃亡や証拠隠滅のおそれがある」と判断され、逮捕される可能性は十分にあります。逮捕されるかどうかは、被害額だけで決まるわけではないのです。

Q2. 警察で「微罪処分」になれば、前科も前歴もつかない、完全に白紙の状態に戻れるのですか?

いいえ、少し違います。「前科」とは、刑事裁判で有罪判決が確定した記録のことであり、微罪処分は裁判にかからないため、前科はつきません。しかし、「前歴」とは、犯罪の容疑で捜査の対象となった記録のことを指します。微罪処分であっても、警察で事情聴取を受け、指紋を採取されるなど、捜査の対象となった事実は記録として残ります。これが「前歴」です。この前歴は、次にまた何か事件を起こしてしまった場合に、不利な事情として考慮される可能性があります。

Q3. 警察で事情聴取された後、逮捕されずに家に帰してもらえました。これは「在宅事件」というものらしいですが、もう安心してもいいですか?

決して安心はできません。逮捕されなかったのは、あくまで「身柄を拘束して捜査する必要まではない」と警察が判断しただけであり、事件が終了したわけではありません。警察や検察の捜査は水面下で続いており、後日、再び呼び出しがあって取り調べを受けます。そして、捜査の結果、検察官が起訴すれば、刑事裁判になり、前科がつく可能性は十分にあります。在宅事件になった場合も、不起訴処分を勝ち取るために、弁護士を通じて被害店舗との示談交渉などを進める必要があります。

解説

万引き発覚!その後の運命を分ける3つのルート

店舗で万引きが発覚し、従業員や万引きGメンに身柄を確保されると、通常は店舗の事務所(バックヤード)に連れて行かれます。そして、お店の判断で警察に通報されると、あなたの運命は、主に以下の3つのルートに分かれることになります。

  • ルートA:微罪処分(警察限りで終了・即日帰宅)
  • ルートB:逮捕(身柄拘束され、捜査が本格化)
  • ルートC:在宅事件(逮捕はされないが、捜査は継続)

ケース別に見る、その後の手続きと注意点

ルートA:微罪処分

これは、犯罪捜査規範第198条に基づく警察の内部的な手続きです。

どのような場合に?

以下の全ての条件を満たすような、きわめて軽微な事案に限られます。

  • 被害額が極めて少額(一般に2万円以下が目安)
  • 初犯である
  • 犯行を素直に認め、深く反省している
  • 身元が確かで、家族などの監督(身元引受人)が見込める
  • 被害店舗が、処罰を望んでいない(被害弁償が済んでいるなど)

手続きは?

検察庁に事件が送られることなく、その日のうちに警察署から帰宅できます。ただし、前述の通り「前歴」は残ります。

ルートB:逮捕

どのような場合に?

後述する「初犯でも逮捕されるケース」に該当する場合です。逮捕されると、以下の厳しい時間制限の中で手続きが進みます。

  • 逮捕後48時間以内:警察による取り調べ → 検察庁へ送致
  • 送致後24時間以内:検察官による取り調べ → 勾留請求の判断
  • 勾留決定後:原則10日間、最大で20日間の身柄拘束

この間に、会社や学校、家庭生活に深刻な影響が及ぶことになります。

ルートC:在宅事件

どのような場合に?

微罪処分とするほどではないが、逮捕の要件である「逃亡や証拠隠滅のおそれ」まではない、と判断された場合です。

手続きは?

その日は家に帰されますが、後日、警察や検察から電話で呼び出しがあり、出頭して取り調べを受けます。捜査には厳格な時間制限がないため、最終的な処分が決まるまで数ヶ月かかることもあります。起訴されれば前科がつくリスクは、逮捕された場合と何ら変わりません。

「初犯だから大丈夫」は通用しない!逮捕される3つのケース

警察が逮捕に踏み切るかどうかの判断は、「この人物を釈放した場合、逃亡したり、証拠を隠滅したりするおそれがあるか」というリスク評価に基づいています。初犯であっても、以下のケースに該当すると、そのリスクが高いと判断され、逮捕に至る可能性が高まります。

ケース ① :犯行態様が悪質、または被害額が大きい

犯行のやり方が悪質である場合、「常習性が高く、再び犯行に及ぶ可能性がある」と見なされ、捜査に非協力的になる(=広い意味での逃亡や証拠隠滅のおそれ)と判断されやすくなります。

  • 高額な被害額
    一般に数万円以上になると、逮捕のリスクが高まります。
  • 悪質な態様
    • 仲間と役割分担して行う「組織的な万引き」
    • 転売して利益を得る「転売目的の万引き」
    • 発覚時に店員に暴行や脅迫を加える。これは単なる窃盗ではなく、「事後強盗罪」(刑法第238条)という、窃盗とは比較にならない重罪(5年以上の拘禁刑)に発展し、ほぼ確実に逮捕されます。店員を軽く突き飛ばしただけでも成立する可能性があるため、絶対に物理的な抵抗をしてはいけません。

ケース ② :犯行後の態度が著しく悪い

犯行後のあなたの態度は、警察官に「この人物は反省しておらず、証拠隠滅や逃亡を図るかもしれない」という疑念を抱かせる、直接的な原因となります。

  • 犯行の否認
    防犯カメラに明確に映っているにもかかわらず、「盗んでいない」と嘘をつき続ける。
  • 反省の情がない
    店員や警察官に対し、ふてぶてしい態度をとったり、暴言を吐いたりする。
  • 逃走
    店の外へ逃げようとする、あるいはその場で逃走し、後日特定された場合。

ケース ③ :身元が不確かである

警察が「この人物は、釈放しても、きちんとその後の捜査に応じるだろうか」という点に不安を感じた場合、逃亡のおそれが高いと判断し、逮捕に踏み切ります。

  • 住所不定、無職
    定まった住居や職業がない場合、逃亡のおそれが高いと判断されます。
  • 身元照会への非協力
    警察署で、氏名や住所、連絡先などを偽ったり、黙秘したりして、身元の確認に協力しない。
  • 身元引受人がいない
    家族など、監督を約束してくれる身元引受人がいない、あるいは連絡がつかない場合。

弁護士に相談するメリット

  • 逮捕前の弁護活動
    警察署に駆けつけ、あなたに代わって被害店舗とすぐに示談交渉を開始します。そして、身元引受人となり、「弁護士が責任をもって監督するので、逃亡や証拠隠滅のおそれはありません」と、逮捕の必要性がないことを警察に強く主張します。これにより、逮捕を回避し、微罪処分や在宅事件での処理を目指します。
  • 逮捕後の弁護活動
    万が一逮捕されてしまった場合でも、直ちに接見に行き、取り調べへの対応をアドバイスします。同時に、被害店舗との示談交渉を急ぎ、検察官や裁判官に勾留の必要性がないことを訴え、早期の身柄解放を実現します。
  • 円滑な示談交渉の実現
    逮捕を回避する上でも、最終的に不起訴処分を勝ち取る上でも、最も重要なのが被害店舗との示談です。弁護士が代理人として交渉することで、お店側も冷静に対応してくれることが多く、円満な解決につながりやすくなります。

まとめ

万引きは、たとえ初犯であっても、「犯行態様」「犯行後の態度」「身元の確かさ」という3つの点から、逮捕されるリスクが十分にある犯罪です。そして、一度逮捕されれば、長期間の身柄拘束によって、あなたの社会生活は深刻なダメージを受けます。

万引きで警察に捕まってしまったら、その場で真摯に謝罪し、誠実な態度で取り調べに応じるとともに、一刻も早く弁護士に連絡してください。弁護士が迅速に被害店舗との示談交渉を始めることが、逮捕という事態を回避し、あなたの日常を守るための方法なのです。

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万引き(窃盗)の示談金相場は?被害額に上乗せされる金額の目安を解説

2025-08-29
Home » コラム » 【犯罪別】窃盗・万引き事件の解説

はじめに

コンビニやスーパー、書店などで、出来心から商品を盗んでしまう「万引き」。たとえ被害額が数百円、数千円と少額であっても、万引きは刑法上の「窃盗罪」にあたる、れっきとした犯罪行為です。

もし、万引きが発覚し、警察沙汰になってしまった場合、逮捕されたり、前科がついたりといった最悪の事態を回避するために、最も重要で効果的な手段となるのが、「被害店舗との示談」です。

示談交渉では、単に盗んだ商品の代金(被害額)を弁償するだけでは、通常、お店側の納得は得られません。万引き行為によってお店が被った様々な損害に対する「迷惑料(慰謝料)」として、被害額に一定の金額を上乗せして支払うのが一般的です。

「一体いくら支払えば、お店は許してくれるのだろうか」「被害額に、いくら上乗せするのが相場なのだろうか」という疑問は、当事者にとってきわめて切実な問題でしょう。

この記事では、万引き事件における示談金の具体的な相場と、その内訳、そしてお店との示談交渉を円滑に進めるための重要なポイントについて解説します。

Q&A

Q1. 盗んだ商品は、お店にそのままお返ししました。それでも示談金は支払う必要があるのですか?

はい、支払うのが原則です。盗んだ商品を返したとしても、お店側から見れば、それは一度盗難被害に遭った「わけあり商品」であり、正規の価格で再販売することは困難です。そのため、商品価値が毀損されたとして、商品の正規販売価格相当額(被害額)の弁償を求められるのが通常です。それに加え、万引きの対応に費やした従業員の人件費や、本来得られたはずの販売機会の損失(機会損失)、精神的な迷惑に対する「迷惑料」も支払う必要があります。

Q2. お店から、被害額の何十倍もの法外な金額を示談金として請求されています。言われた通りに支払うべきでしょうか?

言われた通りに支払う必要はありません。被害店舗の怒りが強い場合、感情的に相場を大きく超える金額を請求してくるケースもあります。しかし、法的に賠償義務があるのは、あくまで実損害(被害額)と、社会通念上、妥当な範囲の迷惑料・慰謝料です。弁護士が間に入り、法的な根拠に基づいて、「相当因果関係のある損害」の範囲を冷静に交渉し、適正な金額での解決を目指す必要があります。不当な要求に屈する必要はありません。

Q3. 示談が成立すれば、警察に提出された被害届は、必ず取り下げてもらえますか?

示談交渉の目標として、被害届を取り下げてもらうことを目指します。しかし、大手チェーン店などでは、社内規定により「示談には応じるが、被害届の取下げには応じない」という方針を取っている場合があります。その場合でも、決して諦める必要はありません。示談が成立し、「加害者の処罰を望まない」という宥恕の意思が示された示談書を検察官に提出すれば、たとえ被害届が取り下げられなくても、検察官は不起訴処分とする可能性がきわめて高くなります。示談が成立したという事実自体が、きわめて有利な情状として考慮されることに変わりはありません。

解説

万引き事件における示談の重要性

万引きは、被害者(お店)が存在する犯罪です。そのため、刑事手続きにおいては、被害者の意思がその後の処分に大きな影響を与えます。

「示談」とは、当事者間の話し合いによって民事上の紛争を解決する合意のことですが、刑事事件においては、それ以上の重要な意味を持ちます。示談が成立し、被害店舗から「加害者の処罰を望まない」という許し(宥恕)を得ることができれば、検察官は「当事者間で事件は解決済みであり、国が刑事罰を科すまでの必要はない」と判断し、不起訴(起訴猶予)処分とする可能性が高くなるのです。

つまり、示談の成否は、前科がつくかどうかの運命を分ける、最も重要な鍵となります。

万引きの示談金の内訳【被害額+迷惑料】

万引き事件の示談金は、主に以下の2つの要素から構成されます。

① 被害弁償(被害額の実費弁償)

これは、あなたが盗んだ商品の正規販売価格です。賠償の基本となる部分であり、この支払いは必須です。前述の通り、商品を現物で返却したとしても、お店側としては商品価値が失われているため、金銭での賠償を求められるのが一般的です 1。

② 慰謝料・迷惑料(上乗せ分)

これが、被害額に加えて支払う「お詫びの気持ち」にあたる部分です。お店側が万引きによって被った、目に見える損害・目に見えない損害の全てを含みます。

  • 万引き犯の対応に要した、従業員や警備員の人件費
  • 警察の事情聴取などに応じたことによる、営業機会の損失
  • 防犯カメラや防犯ゲートの設置・維持費用
  • 被害に遭ったことによる、店長や従業員の精神的苦痛(慰謝料)

これらの損害を個別に算定するのは難しいため、包括的な「迷惑料」として、被害額に一定額を上乗せする形で支払うのが通例となっています。

示談金の「相場」を巡る真実

示談金の額に法的な決まりはなく、あくまでお店側との合意によって決まります。様々な情報源で「相場」が語られますが、実際にはケースバイケースであり、固定された「定価」は存在しません。

示談金の計算式:示談金 = 被害額(商品の代金) + 慰謝料・迷惑料

最も変動するのが「慰謝料・迷惑料」の部分であり、その金額は以下の要素によって大きく左右されます。

一般的な目安

被害額に加えて、数万円~20万円程度が迷惑料として上乗せされることが多いですが、これはあくまで交渉の一つの出発点です。被害額が少額であればあるほど、この迷惑料の割合が大きくなります。

お店の形態による違い

  • 大手チェーン店(コンビニ、スーパー、書店など)
    企業として、万引き対応のマニュアルが定められていることが多いです。「被害額のみの弁償でよい」「示談には一切応じない」「被害届の取下げはしない」など、方針が画一的に決まっている場合があり、個別の交渉が難しいこともあります。
  • 個人経営の商店
    店主の感情に大きく左右される傾向があります。真摯な謝罪が伝われば、比較的柔軟に対応してくれることもあれば、逆に強い怒りから高額な迷惑料を要求されることもあり、交渉の難易度はケースバイケースです。

示談金額を左右するその他の要素

  • 被害額の大きさ
    被害額が高額であれば、迷惑料も高く設定される傾向にあります。
  • 犯行の悪質性
    転売目的であったり、常習的であったり、あるいは店員に暴言を吐いたりした場合、お店側の怒りは大きく、示談交渉は難航し、金額も高騰しやすくなります。

示談交渉を成功させるための具体的な進め方

ステップ ① :弁護士が交渉の窓口となる

万引き事件で最もやってはいけないのが、加害者本人やその家族が、直接お店に謝罪や示談交渉に行くことです。お店側からすれば、犯人が再び店に現れること自体が恐怖であり、迷惑です。感情を逆なでし、「出入り禁止だ」「警察を呼ぶ」と、交渉のドアを完全に閉ざされてしまうリスクがきわめて高くなります。必ず、冷静な第三者であり、法律の専門家である弁護士に依頼し、交渉の窓口となってもらう必要があります。

ステップ ② :弁護士による謝罪と示談条件の提示

弁護士が、お店の責任者(店長や本社の担当部署)に連絡を取り、まずはあなたに代わって丁重に謝罪します。その上で、被害額の弁償と迷惑料の支払いによる、示談の申し入れを行います。

ステップ ③ :示談書の作成と締結

交渉がまとまれば、その合意内容を「示談書」という法的に有効な書面にします。示談書には、示談金の額や支払方法に加え、「被害店舗は加害者の寛大な処分を求める(宥恕条項)」「被害届を取り下げる」といった、あなたにとって有利な条項を盛り込めるよう、最大限交渉します。

弁護士に相談するメリット

  • 交渉のテーブルを設定できる
    加害者本人が接触を拒否される中、弁護士が介入することで、初めてお店側も冷静な話し合いのテーブルについてくれる可能性が生まれます。
  • 企業の方針に合わせた的確な交渉
    弁護士は、これまでの経験から、大手チェーン店などの企業がどのような示談方針を持っているかをある程度把握しています。その方針に合わせた、効果的で無駄のない交渉が可能です。
  • 不当に高額な請求への対抗
    お店側から、感情的に相場を大きく逸脱した迷惑料を請求された場合、弁護士が法的な観点からその不当性を指摘し、適正な金額での解決を目指します。
  • 迅速な解決による、逮捕・勾留の回避
    警察沙汰になった直後など、時間的な制約がある中で、弁護士が迅速に示談交渉を進めることで、逮捕される前、あるいは勾留が決まる前に事件を解決し、早期の身柄解放を実現できる可能性が高まります。

まとめ

万引き事件の示談金は、盗んだ商品の代金に、迷惑料として数万円から20万円程度上乗せした金額が、一つの大きな目安となります。しかし、これはあくまで目安であり、最終的な金額は交渉によって決まります。

そして、その示談交渉は、加害者本人が行うことは百害あって一利なしです。必ず、法律と交渉の専門家である弁護士に依頼してください。

示談を成立させ、被害店舗の許しを得ること。それこそが、万引きという過ちから立ち直り、前科がつくという最悪の事態を回避するための、最も確実な方法なのです。もし万引きで警察沙汰になってしまったら、金額の大小にかかわらず、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。

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窃盗罪の刑罰とは?懲役刑か罰金刑か、判断基準を弁護士が解説

2025-08-26
Home » コラム » 【犯罪別】窃盗・万引き事件の解説

はじめに

コンビニでの万引き、駅に置き忘れたカバンを持ち去る置き引き、住宅に侵入して金品を盗む空き巣…。これらはすべて、刑法上の「窃盗罪」にあたる犯罪です。窃盗罪は、私たちの身の回りで最も多く発生する犯罪の一つであり、その手口や被害額も様々です。

「万引きくらいなら、大した罪にはならないだろう」と、軽い気持ちで考えている方もいるかもしれません。しかし、その認識は大きな間違いです。窃盗罪の法定刑には、財産だけでなく自由をも奪う「懲役刑」が定められており、決して侮れない犯罪なのです。

では、どのような場合に比較的軽い罰金刑で済み、どのような場合に懲役刑という重い処分が下されるのでしょうか。その運命の分かれ道は、どこにあるのでしょうか。

この記事では、窃盗罪の具体的な刑罰の内容と、裁判官が懲役刑か罰金刑かを判断する際の重要な基準について解説します。

Q&A

Q1. 窃盗は今回が初めてです。初犯であれば、必ず罰金刑で済みますか?

必ずしもそうとは限りません。初犯であることは、刑罰を決める上で非常に有利な事情となりますが、それが全てではありません。例えば、初犯であっても、被害額が数百万円と非常に高額であったり、住居に侵入して盗むなど犯行態様が悪質であったりする場合、たとえ初犯でも懲役刑が科される可能性は十分にあります。ただし、そのような場合でも、弁護士を通じて被害者との示談を成立させることができれば、実刑ではなく執行猶予付き判決を得られる可能性は高まります。

Q2. 「執行猶予」とは何ですか?懲役刑でも、刑務所に行かなくて済むのですか?

はい、その通りです。執行猶予とは、裁判で懲役刑や禁錮刑の有罪判決を言い渡されるものの、その刑の執行を一定期間(1年から5年)猶予するという制度です。その猶予期間中、再び罪を犯すことなく真面目に生活すれば、言い渡された刑の効力は失われ、刑務所に行く必要はなくなります。ただし、執行猶予付き判決も、紛れもない有罪判決であり、「前科」はつきます。あくまで「社会内で更生するチャンス」が与えられた状態と理解してください。

Q3. 盗んだお金や品物は、すぐに返しました。これでも刑罰は軽くなりますか?

はい、刑罰が軽くなる重要な要素となります。盗んだものを返す行為は「被害弁償」といい、被害者の財産的被害を回復させる、きわめて重要な行動です。しかし、単に物を返すだけでは不十分な場合が多いです。検察官や裁判官がより重視するのは、被害者の処罰感情が和らいでいるかという点です。そのためには、被害者が受けた精神的苦痛や迷惑に対する「慰謝料」も含めて支払い、被害者の方から「許し(宥恕)」を得る「示談」を成立させることが、不起訴処分や刑の減軽を勝ち取る上で最も効果的です。

解説

窃盗罪の成立要件と、幅の広い法定刑

まず、窃盗罪がどのような犯罪かを法律の条文から確認します。

窃盗罪(刑法第235条)
「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」

成立要件

  • 「他人の財物」
    他人が事実上支配している(占有している)物全般を指します。お店に陳列されている商品や、他人のカバンの中の財布などが典型例です。
  • 「窃取した」
    持ち主(占有者)の意思に反して、その物を自分の支配下に移すことを言います。

この条文の最大の特徴は、法定刑の幅が非常に広いことです。「10年以下の懲役」と「50万円以下の罰金」という、上限と下限の間に大きな隔たりがあります。これは、数百円の万引きから、何億円もの被害を出す大掛かりな窃盗団による犯行まで、あらゆる「盗む」という行為をこの一つの条文でカバーしているためです。そのため、個別の事件でどのような刑罰が科されるかは、裁判官の裁量に大きく委ねられています。

【法改正情報】

2022年6月に刑法が改正され、これまで「懲役刑」(刑務作業が義務)と「禁錮刑」(刑務作業が義務ではない)に分かれていた自由刑が、2025年までに「拘禁刑」として一本化されることになりました。これにより、受刑者の特性に応じた柔軟な処遇が可能になると期待されています。

拘禁刑か罰金刑か?運命を分ける5つの判断基準

裁判官は、刑罰の重さ(量刑)を決定するにあたり、以下の表に示すような要素を総合的に考慮します。

考慮要素罰金刑等の軽い処分に有利な事情懲役刑等の重い処分に不利な事情
① 被害額数千円~数万円程度の少額数十万円以上の高額
② 犯行態様衝動的、偶発的な犯行計画的、組織的、住居侵入を伴うなど悪質
③ 前科・前歴初犯である同種の窃盗前科がある(累犯加重のリスク)
④ 示談・被害弁償示談が成立し、被害者が宥恕している示談不成立で、被害者が厳罰を望んでいる
⑤ 反省・更生意欲深く反省し、再犯防止策を講じている反省の態度が見られない、犯行を否認している

以下、各項目を詳しく見ていきましょう。

① 被害額の大小

これが、量刑を左右する最も重要な要素と言えます。盗んだ物の金銭的価値が高ければ高いほど、被害の結果は重大であり、犯行は悪質と評価されます。

  • 被害額が数千円~数万円程度
    初犯で示談が成立していれば、不起訴や罰金刑となる可能性が高いです。
  • 被害額が数十万円以上
    懲役刑(執行猶予を含む)が視野に入ってきます。
  • 被害額が数百万円以上
    初犯であっても、実刑判決となるリスクが高くなります。

② 犯行態様の悪質性

被害額だけでなく、「どのように盗んだか」も厳しく評価されます。

  • 計画性の有無
    その場の出来心による衝動的な万引きか、あるいは事前に下見をしたり、道具を準備したりした計画的な犯行か。後者の方が、悪質性は高いとされます。
  • 手段・方法
    単に商品を盗るだけでなく、住居や店舗に侵入する(住居侵入罪・建造物侵入罪も別途成立)、防犯タグを破壊する、集団で役割分担して行うといった行為は、悪質と見なされます。
  • 犯行の目的
    生活に困って食べ物を盗んだ、というケースと、転売して利益を得る目的で盗んだケースとでは、後者の方が悪質性が高く、厳しい処分が予想されます。

③ 前科・前歴(特に同種前科)の有無

被告人が、過去に犯罪歴があるかどうかは、量刑に大きな影響を与えます。

  • 初犯の場合
    深く反省し、示談も成立していれば、寛大な処分が期待できます。
  • 前科・前歴がある場合
    特に、過去にも窃盗事件を起こしている「同種前科」がある場合は、「全く反省していない」「規範意識が欠如している」と見なされ、実刑判決のリスクが格段に高まります。法律上も、一定期間内に再び罪を犯した場合に刑を加重する「累犯加重」の規定があります。

④ 【最重要】示談の成否と被害弁償の有無

検察官が起訴・不起訴を判断する際や、裁判官が量刑を判断する際に、最も重視するのが、この示談の成否です。

  • 示談成立
    被害者に対して、盗んだ物の代金(被害弁償)に加え、慰謝料・迷惑料を支払い、被害者から「許す(宥恕する)」という意思表示を得ることです。これができれば、被害者の処罰感情が和らいだと評価され、不起訴処分や罰金刑で済む可能性が飛躍的に高まります。
  • 示談不成立
    被害弁償もせず、被害者が厳罰を望んでいる状態では、検察官は起訴せざるを得ず、裁判官も厳しい判決を下す傾向にあります 1

⑤ 本人の反省と更生意欲

被告人本人が、自分の犯した罪と真摯に向き合い、深く反省しているかどうかも重要な情状です。

  • 反省の態度
    反省文を作成したり、法廷で誠実な態度を示したりすることが求められます。
  • 再犯防止への取り組み
    もし、窃盗がやめられない「クレプトマニア(窃盗症)」という病気の疑いがある場合は、専門の医療機関で治療を開始するなど、再犯防止に向けた具体的な行動を示すことが、更生の意欲の証明となり、有利な情状として考慮されます。

弁護士に相談するメリット

窃盗事件を起こしてしまった場合、弁護士はあなたの未来を守るために、様々な側面からサポートします。

最も重要な「示談交渉」を代行する

刑罰を軽くするために最も重要な活動である、被害者との示談交渉を、あなたに代わって迅速かつ円滑に進めます。被害弁償を行い、被害届の取下げや宥恕(許し)を得ることで、不起訴処分や罰金刑といった、最も有利な結果を目指します。

あなたに有利な事情を法的に主張する

犯行に至ったやむを得ない事情(生活困窮など)や、犯行態様が悪質でないこと、本人が深く反省していることなどを、説得力のある「意見書」としてまとめ、検察官や裁判官に提出し、寛大な処分を求めます。

クレプトマニア(窃盗症)への専門的な対応

窃盗を繰り返してしまう背景に、病気の可能性があると判断した場合、専門の医療機関を紹介し、診断や治療へとつなげます。そして、治療を受けているという事実を、更生の意欲を示す客観的な証拠として提出し、刑事処分において有利に働くよう主張します。

実刑判決を回避するための、最後の砦となる

たとえ起訴され、公判請求されてしまった場合でも、諦めません。法廷での弁論や情状証人の尋問などを通じて、被告人に有利な事情を最大限に訴え、実刑判決ではなく執行猶予付き判決を勝ち取るために、最後まで全力を尽くします。

まとめ

窃盗罪の刑罰は、「10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」と非常に幅広く、個別の事案の被害額、犯行態様、前科の有無、そして何よりも被害者との示談の成否といった要素を総合的に考慮して決定されます。

「これくらいなら大丈夫だろう」という安易な考えは、懲役刑という取り返しのつかない結果を招きかねません。

もし、あなたが窃盗事件を起こしてしまったのなら、軽い犯罪だと侮ることなく、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。被害者の方への誠実な謝罪と賠償(示談)を一日も早く始めることが、実刑判決を回避し、あなたの人生を再スタートさせるための、重要で確実な一歩です。

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