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万引きで警察に捕まったらどうなる?初犯でも逮捕される3つのケースとは
はじめに
「万引きくらいで、まさか逮捕まではされないだろう」
「今回が初めてだし、盗んだのも安いものだから、厳重注意で済むはずだ」
多くの方が、万引きという犯罪を軽く考えがちです。しかし、その認識はきわめて危険な間違いです。万引きは、刑法上の「窃盗罪」にあたる、れっきとした犯罪行為です。そして、たとえ初犯であっても、被害額が少額であっても、状況次第では警察に逮捕され、その後の人生が大きく変わってしまう可能性があるのです。
逮捕されれば、会社や学校に行けなくなり、家族に知られ、社会的信用を失います。軽い気持ちで犯した万引きが、取り返しのつかない事態を招くことは、決して珍しいことではありません。
この記事では、万引きで警察に捕まってしまった後の手続きの具体的な流れと、特に「初犯」であるにもかかわらず、逮捕という深刻な事態に至ってしまうのはどのようなケースなのか、その3つのポイントについて解説します。
Q&A
Q1. 捕まったのは今回が初めてで、盗んだのも数百円のお菓子です。それでも、本当に逮捕されることがあるのですか?
はい、可能性はゼロではありません。たしかに、初犯で被害額も数百円と極めて少額であれば、警察限りで事件を終結させる「微罪処分」で済むことも多いです。しかし、例えばあなたが犯行を頑なに否認したり、店員さんに対して暴言を吐いたり、あるいは住所不定であったりすれば、たとえ被害額が数百円でも、逮捕の法的要件である「逃亡や証拠隠滅のおそれがある」と判断され、逮捕される可能性は十分にあります。逮捕されるかどうかは、被害額だけで決まるわけではないのです。
Q2. 警察で「微罪処分」になれば、前科も前歴もつかない、完全に白紙の状態に戻れるのですか?
いいえ、少し違います。「前科」とは、刑事裁判で有罪判決が確定した記録のことであり、微罪処分は裁判にかからないため、前科はつきません。しかし、「前歴」とは、犯罪の容疑で捜査の対象となった記録のことを指します。微罪処分であっても、警察で事情聴取を受け、指紋を採取されるなど、捜査の対象となった事実は記録として残ります。これが「前歴」です。この前歴は、次にまた何か事件を起こしてしまった場合に、不利な事情として考慮される可能性があります。
Q3. 警察で事情聴取された後、逮捕されずに家に帰してもらえました。これは「在宅事件」というものらしいですが、もう安心してもいいですか?
決して安心はできません。逮捕されなかったのは、あくまで「身柄を拘束して捜査する必要まではない」と警察が判断しただけであり、事件が終了したわけではありません。警察や検察の捜査は水面下で続いており、後日、再び呼び出しがあって取り調べを受けます。そして、捜査の結果、検察官が起訴すれば、刑事裁判になり、前科がつく可能性は十分にあります。在宅事件になった場合も、不起訴処分を勝ち取るために、弁護士を通じて被害店舗との示談交渉などを進める必要があります。
解説
万引き発覚!その後の運命を分ける3つのルート
店舗で万引きが発覚し、従業員や万引きGメンに身柄を確保されると、通常は店舗の事務所(バックヤード)に連れて行かれます。そして、お店の判断で警察に通報されると、あなたの運命は、主に以下の3つのルートに分かれることになります。
- ルートA:微罪処分(警察限りで終了・即日帰宅)
- ルートB:逮捕(身柄拘束され、捜査が本格化)
- ルートC:在宅事件(逮捕はされないが、捜査は継続)
ケース別に見る、その後の手続きと注意点
ルートA:微罪処分
これは、犯罪捜査規範第198条に基づく警察の内部的な手続きです。
どのような場合に?
以下の全ての条件を満たすような、きわめて軽微な事案に限られます。
- 被害額が極めて少額(一般に2万円以下が目安)
- 初犯である
- 犯行を素直に認め、深く反省している
- 身元が確かで、家族などの監督(身元引受人)が見込める
- 被害店舗が、処罰を望んでいない(被害弁償が済んでいるなど)
手続きは?
検察庁に事件が送られることなく、その日のうちに警察署から帰宅できます。ただし、前述の通り「前歴」は残ります。
ルートB:逮捕
どのような場合に?
後述する「初犯でも逮捕されるケース」に該当する場合です。逮捕されると、以下の厳しい時間制限の中で手続きが進みます。
- 逮捕後48時間以内:警察による取り調べ → 検察庁へ送致
- 送致後24時間以内:検察官による取り調べ → 勾留請求の判断
- 勾留決定後:原則10日間、最大で20日間の身柄拘束
この間に、会社や学校、家庭生活に深刻な影響が及ぶことになります。
ルートC:在宅事件
どのような場合に?
微罪処分とするほどではないが、逮捕の要件である「逃亡や証拠隠滅のおそれ」まではない、と判断された場合です。
手続きは?
その日は家に帰されますが、後日、警察や検察から電話で呼び出しがあり、出頭して取り調べを受けます。捜査には厳格な時間制限がないため、最終的な処分が決まるまで数ヶ月かかることもあります。起訴されれば前科がつくリスクは、逮捕された場合と何ら変わりません。
「初犯だから大丈夫」は通用しない!逮捕される3つのケース
警察が逮捕に踏み切るかどうかの判断は、「この人物を釈放した場合、逃亡したり、証拠を隠滅したりするおそれがあるか」というリスク評価に基づいています。初犯であっても、以下のケースに該当すると、そのリスクが高いと判断され、逮捕に至る可能性が高まります。
ケース ① :犯行態様が悪質、または被害額が大きい
犯行のやり方が悪質である場合、「常習性が高く、再び犯行に及ぶ可能性がある」と見なされ、捜査に非協力的になる(=広い意味での逃亡や証拠隠滅のおそれ)と判断されやすくなります。
- 高額な被害額
一般に数万円以上になると、逮捕のリスクが高まります。 - 悪質な態様
- 仲間と役割分担して行う「組織的な万引き」
- 転売して利益を得る「転売目的の万引き」
- 発覚時に店員に暴行や脅迫を加える。これは単なる窃盗ではなく、「事後強盗罪」(刑法第238条)という、窃盗とは比較にならない重罪(5年以上の拘禁刑)に発展し、ほぼ確実に逮捕されます。店員を軽く突き飛ばしただけでも成立する可能性があるため、絶対に物理的な抵抗をしてはいけません。
ケース ② :犯行後の態度が著しく悪い
犯行後のあなたの態度は、警察官に「この人物は反省しておらず、証拠隠滅や逃亡を図るかもしれない」という疑念を抱かせる、直接的な原因となります。
- 犯行の否認
防犯カメラに明確に映っているにもかかわらず、「盗んでいない」と嘘をつき続ける。 - 反省の情がない
店員や警察官に対し、ふてぶてしい態度をとったり、暴言を吐いたりする。 - 逃走
店の外へ逃げようとする、あるいはその場で逃走し、後日特定された場合。
ケース ③ :身元が不確かである
警察が「この人物は、釈放しても、きちんとその後の捜査に応じるだろうか」という点に不安を感じた場合、逃亡のおそれが高いと判断し、逮捕に踏み切ります。
- 住所不定、無職
定まった住居や職業がない場合、逃亡のおそれが高いと判断されます。 - 身元照会への非協力
警察署で、氏名や住所、連絡先などを偽ったり、黙秘したりして、身元の確認に協力しない。 - 身元引受人がいない
家族など、監督を約束してくれる身元引受人がいない、あるいは連絡がつかない場合。
弁護士に相談するメリット
- 逮捕前の弁護活動
警察署に駆けつけ、あなたに代わって被害店舗とすぐに示談交渉を開始します。そして、身元引受人となり、「弁護士が責任をもって監督するので、逃亡や証拠隠滅のおそれはありません」と、逮捕の必要性がないことを警察に強く主張します。これにより、逮捕を回避し、微罪処分や在宅事件での処理を目指します。 - 逮捕後の弁護活動
万が一逮捕されてしまった場合でも、直ちに接見に行き、取り調べへの対応をアドバイスします。同時に、被害店舗との示談交渉を急ぎ、検察官や裁判官に勾留の必要性がないことを訴え、早期の身柄解放を実現します。 - 円滑な示談交渉の実現
逮捕を回避する上でも、最終的に不起訴処分を勝ち取る上でも、最も重要なのが被害店舗との示談です。弁護士が代理人として交渉することで、お店側も冷静に対応してくれることが多く、円満な解決につながりやすくなります。
まとめ
万引きは、たとえ初犯であっても、「犯行態様」「犯行後の態度」「身元の確かさ」という3つの点から、逮捕されるリスクが十分にある犯罪です。そして、一度逮捕されれば、長期間の身柄拘束によって、あなたの社会生活は深刻なダメージを受けます。
万引きで警察に捕まってしまったら、その場で真摯に謝罪し、誠実な態度で取り調べに応じるとともに、一刻も早く弁護士に連絡してください。弁護士が迅速に被害店舗との示談交渉を始めることが、逮捕という事態を回避し、あなたの日常を守るための方法なのです。
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万引き(窃盗)の示談金相場は?被害額に上乗せされる金額の目安を解説
はじめに
コンビニやスーパー、書店などで、出来心から商品を盗んでしまう「万引き」。たとえ被害額が数百円、数千円と少額であっても、万引きは刑法上の「窃盗罪」にあたる、れっきとした犯罪行為です。
もし、万引きが発覚し、警察沙汰になってしまった場合、逮捕されたり、前科がついたりといった最悪の事態を回避するために、最も重要で効果的な手段となるのが、「被害店舗との示談」です。
示談交渉では、単に盗んだ商品の代金(被害額)を弁償するだけでは、通常、お店側の納得は得られません。万引き行為によってお店が被った様々な損害に対する「迷惑料(慰謝料)」として、被害額に一定の金額を上乗せして支払うのが一般的です。
「一体いくら支払えば、お店は許してくれるのだろうか」「被害額に、いくら上乗せするのが相場なのだろうか」という疑問は、当事者にとってきわめて切実な問題でしょう。
この記事では、万引き事件における示談金の具体的な相場と、その内訳、そしてお店との示談交渉を円滑に進めるための重要なポイントについて解説します。
Q&A
Q1. 盗んだ商品は、お店にそのままお返ししました。それでも示談金は支払う必要があるのですか?
はい、支払うのが原則です。盗んだ商品を返したとしても、お店側から見れば、それは一度盗難被害に遭った「わけあり商品」であり、正規の価格で再販売することは困難です。そのため、商品価値が毀損されたとして、商品の正規販売価格相当額(被害額)の弁償を求められるのが通常です。それに加え、万引きの対応に費やした従業員の人件費や、本来得られたはずの販売機会の損失(機会損失)、精神的な迷惑に対する「迷惑料」も支払う必要があります。
Q2. お店から、被害額の何十倍もの法外な金額を示談金として請求されています。言われた通りに支払うべきでしょうか?
言われた通りに支払う必要はありません。被害店舗の怒りが強い場合、感情的に相場を大きく超える金額を請求してくるケースもあります。しかし、法的に賠償義務があるのは、あくまで実損害(被害額)と、社会通念上、妥当な範囲の迷惑料・慰謝料です。弁護士が間に入り、法的な根拠に基づいて、「相当因果関係のある損害」の範囲を冷静に交渉し、適正な金額での解決を目指す必要があります。不当な要求に屈する必要はありません。
Q3. 示談が成立すれば、警察に提出された被害届は、必ず取り下げてもらえますか?
示談交渉の目標として、被害届を取り下げてもらうことを目指します。しかし、大手チェーン店などでは、社内規定により「示談には応じるが、被害届の取下げには応じない」という方針を取っている場合があります。その場合でも、決して諦める必要はありません。示談が成立し、「加害者の処罰を望まない」という宥恕の意思が示された示談書を検察官に提出すれば、たとえ被害届が取り下げられなくても、検察官は不起訴処分とする可能性がきわめて高くなります。示談が成立したという事実自体が、きわめて有利な情状として考慮されることに変わりはありません。
解説
万引き事件における示談の重要性
万引きは、被害者(お店)が存在する犯罪です。そのため、刑事手続きにおいては、被害者の意思がその後の処分に大きな影響を与えます。
「示談」とは、当事者間の話し合いによって民事上の紛争を解決する合意のことですが、刑事事件においては、それ以上の重要な意味を持ちます。示談が成立し、被害店舗から「加害者の処罰を望まない」という許し(宥恕)を得ることができれば、検察官は「当事者間で事件は解決済みであり、国が刑事罰を科すまでの必要はない」と判断し、不起訴(起訴猶予)処分とする可能性が高くなるのです。
つまり、示談の成否は、前科がつくかどうかの運命を分ける、最も重要な鍵となります。
万引きの示談金の内訳【被害額+迷惑料】
万引き事件の示談金は、主に以下の2つの要素から構成されます。
① 被害弁償(被害額の実費弁償)
これは、あなたが盗んだ商品の正規販売価格です。賠償の基本となる部分であり、この支払いは必須です。前述の通り、商品を現物で返却したとしても、お店側としては商品価値が失われているため、金銭での賠償を求められるのが一般的です 1。
② 慰謝料・迷惑料(上乗せ分)
これが、被害額に加えて支払う「お詫びの気持ち」にあたる部分です。お店側が万引きによって被った、目に見える損害・目に見えない損害の全てを含みます。
- 万引き犯の対応に要した、従業員や警備員の人件費
- 警察の事情聴取などに応じたことによる、営業機会の損失
- 防犯カメラや防犯ゲートの設置・維持費用
- 被害に遭ったことによる、店長や従業員の精神的苦痛(慰謝料)
これらの損害を個別に算定するのは難しいため、包括的な「迷惑料」として、被害額に一定額を上乗せする形で支払うのが通例となっています。
示談金の「相場」を巡る真実
示談金の額に法的な決まりはなく、あくまでお店側との合意によって決まります。様々な情報源で「相場」が語られますが、実際にはケースバイケースであり、固定された「定価」は存在しません。
示談金の計算式:示談金 = 被害額(商品の代金) + 慰謝料・迷惑料
最も変動するのが「慰謝料・迷惑料」の部分であり、その金額は以下の要素によって大きく左右されます。
一般的な目安
被害額に加えて、数万円~20万円程度が迷惑料として上乗せされることが多いですが、これはあくまで交渉の一つの出発点です。被害額が少額であればあるほど、この迷惑料の割合が大きくなります。
お店の形態による違い
- 大手チェーン店(コンビニ、スーパー、書店など)
企業として、万引き対応のマニュアルが定められていることが多いです。「被害額のみの弁償でよい」「示談には一切応じない」「被害届の取下げはしない」など、方針が画一的に決まっている場合があり、個別の交渉が難しいこともあります。 - 個人経営の商店
店主の感情に大きく左右される傾向があります。真摯な謝罪が伝われば、比較的柔軟に対応してくれることもあれば、逆に強い怒りから高額な迷惑料を要求されることもあり、交渉の難易度はケースバイケースです。
示談金額を左右するその他の要素
- 被害額の大きさ
被害額が高額であれば、迷惑料も高く設定される傾向にあります。 - 犯行の悪質性
転売目的であったり、常習的であったり、あるいは店員に暴言を吐いたりした場合、お店側の怒りは大きく、示談交渉は難航し、金額も高騰しやすくなります。
示談交渉を成功させるための具体的な進め方
ステップ ① :弁護士が交渉の窓口となる
万引き事件で最もやってはいけないのが、加害者本人やその家族が、直接お店に謝罪や示談交渉に行くことです。お店側からすれば、犯人が再び店に現れること自体が恐怖であり、迷惑です。感情を逆なでし、「出入り禁止だ」「警察を呼ぶ」と、交渉のドアを完全に閉ざされてしまうリスクがきわめて高くなります。必ず、冷静な第三者であり、法律の専門家である弁護士に依頼し、交渉の窓口となってもらう必要があります。
ステップ ② :弁護士による謝罪と示談条件の提示
弁護士が、お店の責任者(店長や本社の担当部署)に連絡を取り、まずはあなたに代わって丁重に謝罪します。その上で、被害額の弁償と迷惑料の支払いによる、示談の申し入れを行います。
ステップ ③ :示談書の作成と締結
交渉がまとまれば、その合意内容を「示談書」という法的に有効な書面にします。示談書には、示談金の額や支払方法に加え、「被害店舗は加害者の寛大な処分を求める(宥恕条項)」「被害届を取り下げる」といった、あなたにとって有利な条項を盛り込めるよう、最大限交渉します。
弁護士に相談するメリット
- 交渉のテーブルを設定できる
加害者本人が接触を拒否される中、弁護士が介入することで、初めてお店側も冷静な話し合いのテーブルについてくれる可能性が生まれます。 - 企業の方針に合わせた的確な交渉
弁護士は、これまでの経験から、大手チェーン店などの企業がどのような示談方針を持っているかをある程度把握しています。その方針に合わせた、効果的で無駄のない交渉が可能です。 - 不当に高額な請求への対抗
お店側から、感情的に相場を大きく逸脱した迷惑料を請求された場合、弁護士が法的な観点からその不当性を指摘し、適正な金額での解決を目指します。 - 迅速な解決による、逮捕・勾留の回避
警察沙汰になった直後など、時間的な制約がある中で、弁護士が迅速に示談交渉を進めることで、逮捕される前、あるいは勾留が決まる前に事件を解決し、早期の身柄解放を実現できる可能性が高まります。
まとめ
万引き事件の示談金は、盗んだ商品の代金に、迷惑料として数万円から20万円程度上乗せした金額が、一つの大きな目安となります。しかし、これはあくまで目安であり、最終的な金額は交渉によって決まります。
そして、その示談交渉は、加害者本人が行うことは百害あって一利なしです。必ず、法律と交渉の専門家である弁護士に依頼してください。
示談を成立させ、被害店舗の許しを得ること。それこそが、万引きという過ちから立ち直り、前科がつくという最悪の事態を回避するための、最も確実な方法なのです。もし万引きで警察沙汰になってしまったら、金額の大小にかかわらず、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。
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窃盗罪の刑罰とは?懲役刑か罰金刑か、判断基準を弁護士が解説
はじめに
コンビニでの万引き、駅に置き忘れたカバンを持ち去る置き引き、住宅に侵入して金品を盗む空き巣…。これらはすべて、刑法上の「窃盗罪」にあたる犯罪です。窃盗罪は、私たちの身の回りで最も多く発生する犯罪の一つであり、その手口や被害額も様々です。
「万引きくらいなら、大した罪にはならないだろう」と、軽い気持ちで考えている方もいるかもしれません。しかし、その認識は大きな間違いです。窃盗罪の法定刑には、財産だけでなく自由をも奪う「懲役刑」が定められており、決して侮れない犯罪なのです。
では、どのような場合に比較的軽い罰金刑で済み、どのような場合に懲役刑という重い処分が下されるのでしょうか。その運命の分かれ道は、どこにあるのでしょうか。
この記事では、窃盗罪の具体的な刑罰の内容と、裁判官が懲役刑か罰金刑かを判断する際の重要な基準について解説します。
Q&A
Q1. 窃盗は今回が初めてです。初犯であれば、必ず罰金刑で済みますか?
必ずしもそうとは限りません。初犯であることは、刑罰を決める上で非常に有利な事情となりますが、それが全てではありません。例えば、初犯であっても、被害額が数百万円と非常に高額であったり、住居に侵入して盗むなど犯行態様が悪質であったりする場合、たとえ初犯でも懲役刑が科される可能性は十分にあります。ただし、そのような場合でも、弁護士を通じて被害者との示談を成立させることができれば、実刑ではなく執行猶予付き判決を得られる可能性は高まります。
Q2. 「執行猶予」とは何ですか?懲役刑でも、刑務所に行かなくて済むのですか?
はい、その通りです。執行猶予とは、裁判で懲役刑や禁錮刑の有罪判決を言い渡されるものの、その刑の執行を一定期間(1年から5年)猶予するという制度です。その猶予期間中、再び罪を犯すことなく真面目に生活すれば、言い渡された刑の効力は失われ、刑務所に行く必要はなくなります。ただし、執行猶予付き判決も、紛れもない有罪判決であり、「前科」はつきます。あくまで「社会内で更生するチャンス」が与えられた状態と理解してください。
Q3. 盗んだお金や品物は、すぐに返しました。これでも刑罰は軽くなりますか?
はい、刑罰が軽くなる重要な要素となります。盗んだものを返す行為は「被害弁償」といい、被害者の財産的被害を回復させる、きわめて重要な行動です。しかし、単に物を返すだけでは不十分な場合が多いです。検察官や裁判官がより重視するのは、被害者の処罰感情が和らいでいるかという点です。そのためには、被害者が受けた精神的苦痛や迷惑に対する「慰謝料」も含めて支払い、被害者の方から「許し(宥恕)」を得る「示談」を成立させることが、不起訴処分や刑の減軽を勝ち取る上で最も効果的です。
解説
窃盗罪の成立要件と、幅の広い法定刑
まず、窃盗罪がどのような犯罪かを法律の条文から確認します。
窃盗罪(刑法第235条)
「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
成立要件
- 「他人の財物」
他人が事実上支配している(占有している)物全般を指します。お店に陳列されている商品や、他人のカバンの中の財布などが典型例です。 - 「窃取した」
持ち主(占有者)の意思に反して、その物を自分の支配下に移すことを言います。
この条文の最大の特徴は、法定刑の幅が非常に広いことです。「10年以下の懲役」と「50万円以下の罰金」という、上限と下限の間に大きな隔たりがあります。これは、数百円の万引きから、何億円もの被害を出す大掛かりな窃盗団による犯行まで、あらゆる「盗む」という行為をこの一つの条文でカバーしているためです。そのため、個別の事件でどのような刑罰が科されるかは、裁判官の裁量に大きく委ねられています。
【法改正情報】
2022年6月に刑法が改正され、これまで「懲役刑」(刑務作業が義務)と「禁錮刑」(刑務作業が義務ではない)に分かれていた自由刑が、2025年までに「拘禁刑」として一本化されることになりました。これにより、受刑者の特性に応じた柔軟な処遇が可能になると期待されています。
拘禁刑か罰金刑か?運命を分ける5つの判断基準
裁判官は、刑罰の重さ(量刑)を決定するにあたり、以下の表に示すような要素を総合的に考慮します。
考慮要素 | 罰金刑等の軽い処分に有利な事情 | 懲役刑等の重い処分に不利な事情 |
① 被害額 | 数千円~数万円程度の少額 | 数十万円以上の高額 |
② 犯行態様 | 衝動的、偶発的な犯行 | 計画的、組織的、住居侵入を伴うなど悪質 |
③ 前科・前歴 | 初犯である | 同種の窃盗前科がある(累犯加重のリスク) |
④ 示談・被害弁償 | 示談が成立し、被害者が宥恕している | 示談不成立で、被害者が厳罰を望んでいる |
⑤ 反省・更生意欲 | 深く反省し、再犯防止策を講じている | 反省の態度が見られない、犯行を否認している |
以下、各項目を詳しく見ていきましょう。
① 被害額の大小
これが、量刑を左右する最も重要な要素と言えます。盗んだ物の金銭的価値が高ければ高いほど、被害の結果は重大であり、犯行は悪質と評価されます。
- 被害額が数千円~数万円程度
初犯で示談が成立していれば、不起訴や罰金刑となる可能性が高いです。 - 被害額が数十万円以上
懲役刑(執行猶予を含む)が視野に入ってきます。 - 被害額が数百万円以上
初犯であっても、実刑判決となるリスクが高くなります。
② 犯行態様の悪質性
被害額だけでなく、「どのように盗んだか」も厳しく評価されます。
- 計画性の有無
その場の出来心による衝動的な万引きか、あるいは事前に下見をしたり、道具を準備したりした計画的な犯行か。後者の方が、悪質性は高いとされます。 - 手段・方法
単に商品を盗るだけでなく、住居や店舗に侵入する(住居侵入罪・建造物侵入罪も別途成立)、防犯タグを破壊する、集団で役割分担して行うといった行為は、悪質と見なされます。 - 犯行の目的
生活に困って食べ物を盗んだ、というケースと、転売して利益を得る目的で盗んだケースとでは、後者の方が悪質性が高く、厳しい処分が予想されます。
③ 前科・前歴(特に同種前科)の有無
被告人が、過去に犯罪歴があるかどうかは、量刑に大きな影響を与えます。
- 初犯の場合
深く反省し、示談も成立していれば、寛大な処分が期待できます。 - 前科・前歴がある場合
特に、過去にも窃盗事件を起こしている「同種前科」がある場合は、「全く反省していない」「規範意識が欠如している」と見なされ、実刑判決のリスクが格段に高まります。法律上も、一定期間内に再び罪を犯した場合に刑を加重する「累犯加重」の規定があります。
④ 【最重要】示談の成否と被害弁償の有無
検察官が起訴・不起訴を判断する際や、裁判官が量刑を判断する際に、最も重視するのが、この示談の成否です。
- 示談成立
被害者に対して、盗んだ物の代金(被害弁償)に加え、慰謝料・迷惑料を支払い、被害者から「許す(宥恕する)」という意思表示を得ることです。これができれば、被害者の処罰感情が和らいだと評価され、不起訴処分や罰金刑で済む可能性が飛躍的に高まります。 - 示談不成立
被害弁償もせず、被害者が厳罰を望んでいる状態では、検察官は起訴せざるを得ず、裁判官も厳しい判決を下す傾向にあります 1。
⑤ 本人の反省と更生意欲
被告人本人が、自分の犯した罪と真摯に向き合い、深く反省しているかどうかも重要な情状です。
- 反省の態度
反省文を作成したり、法廷で誠実な態度を示したりすることが求められます。 - 再犯防止への取り組み
もし、窃盗がやめられない「クレプトマニア(窃盗症)」という病気の疑いがある場合は、専門の医療機関で治療を開始するなど、再犯防止に向けた具体的な行動を示すことが、更生の意欲の証明となり、有利な情状として考慮されます。
弁護士に相談するメリット
窃盗事件を起こしてしまった場合、弁護士はあなたの未来を守るために、様々な側面からサポートします。
最も重要な「示談交渉」を代行する
刑罰を軽くするために最も重要な活動である、被害者との示談交渉を、あなたに代わって迅速かつ円滑に進めます。被害弁償を行い、被害届の取下げや宥恕(許し)を得ることで、不起訴処分や罰金刑といった、最も有利な結果を目指します。
あなたに有利な事情を法的に主張する
犯行に至ったやむを得ない事情(生活困窮など)や、犯行態様が悪質でないこと、本人が深く反省していることなどを、説得力のある「意見書」としてまとめ、検察官や裁判官に提出し、寛大な処分を求めます。
クレプトマニア(窃盗症)への専門的な対応
窃盗を繰り返してしまう背景に、病気の可能性があると判断した場合、専門の医療機関を紹介し、診断や治療へとつなげます。そして、治療を受けているという事実を、更生の意欲を示す客観的な証拠として提出し、刑事処分において有利に働くよう主張します。
実刑判決を回避するための、最後の砦となる
たとえ起訴され、公判請求されてしまった場合でも、諦めません。法廷での弁論や情状証人の尋問などを通じて、被告人に有利な事情を最大限に訴え、実刑判決ではなく執行猶予付き判決を勝ち取るために、最後まで全力を尽くします。
まとめ
窃盗罪の刑罰は、「10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」と非常に幅広く、個別の事案の被害額、犯行態様、前科の有無、そして何よりも被害者との示談の成否といった要素を総合的に考慮して決定されます。
「これくらいなら大丈夫だろう」という安易な考えは、懲役刑という取り返しのつかない結果を招きかねません。
もし、あなたが窃盗事件を起こしてしまったのなら、軽い犯罪だと侮ることなく、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。被害者の方への誠実な謝罪と賠償(示談)を一日も早く始めることが、実刑判決を回避し、あなたの人生を再スタートさせるための、重要で確実な一歩です。
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職務質問中の警察官への暴行|公務執行妨害罪の刑罰と示談の可否を解説
はじめに
路上で警察官から「すみません、少しよろしいですか」と、職務質問を受けた。急いでいる時や、特に理由もなく呼び止められたと感じた時、ついイライラしてしまい、カッとなって警察官の腕を振り払ったり、胸を突き飛ばしたりしてしまう…。
このような、公務執行中の公務員に対する暴行・脅迫行為は、単なる暴行罪では済みません。それは、「公務執行妨害罪」という、国の正当な公務の執行を守るための、より重い罪に問われることになります。
公務執行妨害罪は、社会の秩序を維持するという重要な目的を持つため、警察や検察も厳しい姿勢で臨むことが多く、安易に考えれば起訴され、前科がつく可能性も十分にあります。
また、「相手は警察官だから、示談なんてできないだろう」と、諦めてしまう方も少なくありません。
この記事では、公務執行妨害罪がどのような場合に成立するのか、その刑罰の重さ、そして多くの方が疑問に思う「示談」の可否と、その場合の交渉相手について解説します。
Q&A
Q1. 警察官の身体に直接触れていなくても、公務執行妨害罪になることはありますか?
はい、なります。 公務執行妨害罪における「暴行」は、公務員に直接向けられたものである必要はなく、間接的なものでも成立します。例えば、取り調べ中に机を強く叩いて威嚇する、パトカーを蹴飛ばす、警察官が作成中の書類を破り捨てるといった行為も、公務員の職務執行に対する不法な有形力の行使として、「暴行」にあたると判断される可能性があります。
Q2. 警察官の職務質問があまりに執拗で、違法だと思ったので抵抗しました。それでも罪になりますか?
もし職務執行が「違法」であったと認められれば、罪にはなりません。 公務執行妨害罪が成立する大前提は、その公務が「適法」であることです。例えば、何ら理由もなく一方的に腕を捻り上げるような違法な職務質問や、令状のない違法な逮捕行為に対して抵抗したとしても、公務執行妨害罪は成立しません。しかし、その「適法性」の判断はきわめて難しく、裁判でも大きな争点となります。 ご自身の判断で「違法だ」と決めつけて抵抗することは、結果的に公務執行妨害罪と認定されるリスクが高く、きわめて危険です。
Q3. 公務執行妨害罪で逮捕されたら、起訴される可能性は高いですか?
示談などの適切な対応を取らなければ、起訴される可能性は低くありません。公務執行妨害罪は、国の法秩序に対する挑戦と見なされるため、捜査機関は厳しい態度で臨む傾向があります。しかし、逆に言えば、被害者である警察官個人との間で示談が成立し、警察官から許し(宥恕)を得ることができれば、検察官もあえて起訴する必要はないと判断し、不起訴(起소유예)となる可能性が非常に高い犯罪類型でもあります。つまり、その後の対応次第で、結果は大きく変わります。
解説
国家の作用を妨害する罪、「公務執行妨害罪」。その成立要件と、解決への道を詳しく見ていきましょう。
公務執行妨害罪(刑法第95条1項)が成立する3つの要件
公務執行妨害罪は、刑法第95条1項に定められています。
「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、3年以下の拘禁刑若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」
この犯罪が成立するためには、以下の3つの要件が必要です。
要件①:公務員が「職務を執行するに当たり」
警察官による職務質問や現行犯逮捕、交通違反の取り締まり、消防士による消火活動、市役所職員による税金の滞納処分など、公務員が正当な権限に基づいて、公務を遂行している最中であることが必要です。
要件②:その公務員に対して「暴行又は脅迫」を加えること
- 暴行
公務員に向けられた不法な有形力の行使です。前述の通り、身体への直接的な接触に限りません。公務員が使用している物(パトカー、書類など)への攻撃も含まれます。 - 脅迫
「殴るぞ」「家族の住所は分かっているんだぞ」などと、相手を怖がらせるような害悪を告知することです。
要件③:結果は不要(抽象的危険犯)
重要なのは、実際に公務の執行が妨害されたという結果までは必要ないという点です。公務員に対して暴行や脅迫を加えた時点で、公務が妨害される「危険性」が生じたと見なされ、犯罪は成立します。例えば、警察官を突き飛ばしたが、警察官はびくともせず、職務の遂行に何ら支障がなかったとしても、公務執行妨害罪は成立するのです。
全ての抵抗が罪になるわけではない 「適法な公務」の壁
この犯罪の成立を阻む、最も重要な反論が「警察官の行為は、そもそも適法な職務執行ではなかった」という主張です。違法な公務に対しては、国民は服従する義務はなく、それに対する抵抗行為は罰せられません。
しかし、その「適法」か「違法」かの境界線の判断はデリケートです。
- 職務質問の場合
職務質問は、あくまで「任意」が原則です。しかし、判例では、相手を停止させるために肩に手をかける、進路に立ちふさがるといった、ある程度の有形力の行使は、事案の必要性や緊急性に応じて「任意性を害さない説得行為」として適法と認める傾向にあります。 - 逮捕の場合
無令状での逮捕は、現行犯逮捕や緊急逮捕といった、法律で厳格に定められた要件を満たさない限り違法です。
ご自身の思い込みで「これは違法だ!」と判断して抵抗することは、大きなリスクを伴います。
公務執行妨害罪における「示談」の重要性と、その相手方
「相手は国(警察)だから、示談はできない」と思われがちですが、それは間違いです。公務執行妨害罪においても、示談は可能であり、不起訴処分を勝ち取るために重要な意味を持ちます。
なぜ示談が重要なのか?
公務執行妨害罪は、形式的には「国の公務」という社会全体の利益を保護する犯罪です。しかし、その実質を見ると、暴行や脅迫を受けた「公務員個人」もまた、被害者であるという側面を持っています。
そのため、その公務員個人の被害感情が、示談によって回復されれば、検察官は「被害者である公務員も許しているのであれば、あえて国として処罰する必要性は低い」と判断し、不起訴(起訴猶予)とする可能性が高まります。
ただし、公務員は一般的に示談に応じない傾向がありますので、示談が成立するとは限られない点はご留意ください。
示談交渉の進め方と難しさ
また、加害者やその家族が直接、警察官本人に謝罪や示談の申し入れをすることは、事実上困難です。
交渉のルートは、弁護士が代理人として、担当警察署の署長や警務課といった窓口を通じて、公式に謝罪の機会を申し入れる、という形になります。
警察組織としては、安易に示談に応じると「公務が軽んじられる」という懸念から、示談に消極的な姿勢を示すことも少なくありません。そのため、交渉は一般の刑事事件よりも難航しやすく、弁護士の経験や交渉力が問われる場面となります。
弁護士に相談するメリット
公務執行妨害罪で捜査の対象となった場合、弁護士のサポートが重要です。
- 職務執行の適法性を法的に検討・主張する
事件当時の状況を詳細に分析し、警察官の職務質問や逮捕行為が、判例に照らして本当に「適法」であったかを厳しく検討します。もし違法性の疑いがあれば、その点を強く主張し、犯罪の不成立を求めます。 - 困難な「警察官との示談交渉」を実現する
個人では不可能な、警察官本人との示談交渉のテーブルを、弁護士が公式なルートで設定します。豊富な経験に基づき、警察組織の感情にも配慮しながら、粘り強く交渉し、示談成立を目指します。 - 不起訴処分の獲得に向けた検察官への働きかけ
示談が成立したという事実を、嘆願書と共に検察官に提出し、不起訴処分が相当である旨の意見書を提出します。本人の反省の深さや、家族の監督体制など、有利な情状を積み重ね、起訴を回避するために全力を尽くします。
まとめ
職務質問中の警察官にカッとなって手を出してしまう。その一瞬の行為は、「公務執行妨害罪」という、あなたが思う以上に重い罪に問われます。
しかし、諦める必要はありません。公務執行妨害罪は、被害者である警察官個人との示談が成立すれば、不起訴となる可能性ある犯罪です。
ただし、その示談交渉は難易度が高く、専門家である弁護士の介入なくしては困難です。
もし、あなたが警察官に暴行を加えてしまい、公務執行妨害罪の疑いをかけられているのであれば、事態を深刻に受け止め、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。私たちが、困難な示談交渉を実現させ、あなたの前科回避と社会復帰のために、全力でサポートします。
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DV(家庭内暴力)は刑事事件になる?配偶者からの被害届と対処法を解説
はじめに
家庭という、最も安全であるべきはずの密室で、配偶者やパートナーから振るわれる暴力「DV(ドメスティック・バイオレンス)」。
「これは夫婦喧嘩の延長だ」「売り言葉に買い言葉だから仕方ない」「家庭内の問題だから、他人に相談すべきではない」…。加害者自身が罪の意識を感じにくいだけでなく、被害者も恐怖や経済的な依存から、外部に助けを求められずにいるケースは少なくありません。
しかし、断言します。DVは、れっきとした「犯罪」です。
夫から妻へ、妻から夫へ、その性別や関係性を問わず、相手の身体を傷つければ「傷害罪」、暴力を振るえば「暴行罪」、言葉で脅せば「脅迫罪」が成立します。ある日、耐えかねたあなたのパートナーが警察に駆け込み、被害届を提出すれば、あなたは犯罪の「被疑者」として、刑事事件の当事者となるのです。
この記事では、DVがどのように刑事事件として扱われるのか、そして配偶者から被害届を出されてしまった場合に、事態をどう収拾し、どう対処していくべきかを解説します。
Q&A
Q1. 夫婦間の暴力も、赤の他人に対する暴力と全く同じように罰せられるのですか?
はい、基本的には同じように罰せられます。 かつては、親族間の窃盗が罪にならない(親族相盗例)のと同様に、暴行罪や傷害罪にも、配偶者間では被害者の告訴がなければ起訴できない「親告罪」の規定が適用されるべきかという議論がありました。しかし、DV問題の深刻化を受け、判例・実務ともに、現在では夫婦間の暴力であっても、他人への暴力と区別することなく、同じ基準で処罰されることが確立しています。「夫婦だから」という言い訳は通用しません。
Q2. 妻が警察に被害届を出しましたが、その後、冷静になって「やっぱり取り下げたい」と言っています。これで事件は終わりになりますか?
事件が自動的に終わりになるわけではありません。 被害届が一度受理されると、警察は捜査を開始する義務があります。被害者の方が「取り下げたい」という意思を示したとしても、検察官が「DV事案の悪質性に鑑み、処罰すべき」と判断すれば、起訴される可能性は残ります。ただし、被害者の処罰意思がなくなったという事実は、検察官の判断にきわめて大きな影響を与えます。弁護士を通じて、被害者の真意を記した「嘆願書」や「被害届取下書」を検察官に提出することで、不起訴処分となる可能性は高くなります。
Q3. DVが原因で警察に逮捕されました。すぐに家に帰してもらえるのでしょうか?
すぐに家に帰ることは、難しい可能性が高いです。 DV事案で警察が逮捕に踏み切る最大の目的は、加害者と被害者を物理的に引き離し、被害者の安全を確保することにあります。そのため、逮捕後、検察官が勾留を請求し、裁判官も「加害者を家に帰せば、被害者に報復したり、被害届を取り下げるよう脅したりする危険性(証拠隠滅のおそれ)がある」と判断し、勾留が認められやすい傾向にあります。すぐに身柄を解放してもらうためには、弁護士を通じて、被害者の安全が確保されていることや、加害者が実家に身を寄せるなど、家に近づかないことを具体的に約束する必要があります。
解説
「家庭内の問題」では済まされないDV。その法的な側面と、正しい対処法を理解しましょう。
DVは、これらの「犯罪」にあたる
DVと一言で言っても、その内容は様々です。そして、その多くが、刑法上の明確な犯罪に該当します。
身体的DV
- 暴行罪
殴る、蹴る、髪を引っ張る、物を投げつける、突き飛ばす など - 傷害罪
上記の暴行の結果、相手に打撲、骨折、切り傷などの怪我を負わせる行為。精神的ストレスによりPTSDなどを発症させた場合も、傷害罪に問われ得ます。
精神的DV
- 脅迫罪
「殺すぞ」「言うことを聞かないと、お前の実家に火をつけるぞ」などと、相手やその親族の生命・身体・財産などに害を加えることを告知する行為。 - 名誉毀損罪
大勢の前で「こいつは浮気をしている」などと、相手の社会的評価を下げるような事実を公然と述べる行為。
経済的DV・その他のDV
- 器物損壊罪
相手が大切にしている物や、スマートフォンなどを破壊する行為。 - 住居侵入罪・不退去罪
別居後に、相手の許可なく家に侵入したり、「出ていけ」と言われているのに居座り続けたりする行為。
このように、家庭内で行われる暴力や暴言は、場所が家庭であるというだけで、その違法性がなくなるわけでは全くありません。
DVが刑事事件化し、警察が介入するプロセス
DVは、以下の流れで刑事事件として扱われることになります。
ステップ①:被害者による警察への相談・被害届の提出
被害者が、身の危険を感じて110番通報したり、警察署に駆け込んで相談したりします。そこで、被害の状況を話し、暴力を振るわれた事実を申告する「被害届」や、加害者の処罰を強く求める「告訴状」を提出します。
ステップ②:警察による積極的な介入
DV事案の対応について、警察は「被害者の安全確保を最優先」とする方針を明確にしています。「民事不介入」の原則は、DVには適用されません。警察は、被害者から話を聞き、怪我の写真や診断書、録音データなどの証拠を集め、積極的に捜査を開始します。
ステップ③:DV防止法に基づく「保護命令」
刑事事件とは別に、被害者は、地方裁判所に対して「DV防止法」に基づく「保護命令」を申し立てることができます。これが認められると、裁判所は加害者に対し、
- 接近禁止命令
6ヶ月間、被害者の身辺につきまとったり、住居や勤務先の付近をはいかいしたりすることを禁止 - 退去命令
2ヶ月間、同居している住居から退去し、その付近をはいかいすることを禁止
などを命じます。この裁判所の命令に違反すると、それ自体が「1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金」という犯罪になります。
ステップ④:逮捕・勾留
警察は、事案が悪質である、被害者が強く身の危険を訴えている、といった場合に、加害者を逮捕します。前述の通り、被害者保護の観点から、逮捕・勾留されやすい傾向にあります。
配偶者から被害届を出された場合の、正しい対処法
被害届が出されてしまったら、感情的に対応しても事態は悪化するだけです。冷静に、以下の対処法を検討してください。
① 自分の行為を認め、真摯に謝罪する
まずは、自分の行為が、相手を深く傷つける「犯罪」であったことを真摯に認め、心から謝罪することが全ての始まりです。言い訳や責任転嫁は、関係の修復を不可能にするだけです。
② 専門家の力を借りて、自分自身と向き合う
DVは、加害者自身の心の問題(怒りのコントロールができない、ストレスへの対処法を知らない等)に起因することが少なくありません。DV加害者向けの更生プログラムや、心療内科、カウンセリングなど、専門家の助けを借りて、二度と暴力を振るわないための自分に変えていく努力を始めることが不可欠です。
③ 弁護士を通じた、誠実な示談交渉
当事者同士での話し合いは、さらなる感情的な対立を生むだけです。弁護士に依頼し、代理人として被害者と交渉してもらうのが最善です。
- 慰謝料の支払い
精神的苦痛や治療費に対する賠償として、適切な額の慰謝料を支払います。 - 今後の約束
示談書の中で、「二度と暴力を振るわない」「専門機関でのカウンセリングに通い続ける」「接近しない」といった、具体的な約束をします。 - 関係の再構築または円満な解消
示談交渉を通じて、関係を修復していくのか、あるいは離婚という形で円満に関係を解消するのか、今後の方向性についても冷静に話し合います。
弁護士に相談するメリット
DV事案は、刑事事件であると同時に、複雑な家族間の問題でもあります。弁護士は、両方の側面からあなたをサポートします。
- 被害者との冷静な対話の窓口となる
加害者本人とは話したくない、という被害者の気持ちを汲み取り、弁護士が間に立つことで、初めて冷静な対話のチャンネルが開かれます。被害者の真意を正確に把握し、加害者の謝罪の気持ちを正しく伝えます。 - 刑事事件と民事事件の同時解決
弁護士は、刑事処分を軽くするための示談交渉と同時に、離婚や親権、財産分与といった、民事上の問題を一体的に解決するための交渉を行うことができます。 - 逮捕・勾留からの早期解放
逮捕されてしまった場合でも、弁護士が被害者側と連絡を取り、「加害者は実家に身を寄せ、被害者には近づかないと約束している」「更生プログラムに通うことを誓約している」といった、被害者の安全が確保されていることを示す証拠を揃え、早期の身柄解放を目指します。
まとめ
DVは「家庭内の問題」という言葉で覆い隠されるべきものではなく、被害者の心と身体を深く傷つける、紛れもない「犯罪」です。そして、一度被害届が提出されれば、警察は積極的に介入し、あなたの人生は刑事事件の被疑者として、大きく揺れ動くことになります。
その危機を乗り越え、事件を真に解決するためには、自らの過ちを認め、専門家の助けを借りて更生への道を歩み始めるとともに、弁護士を通じて被害者の方と誠実に向き合い、謝罪と賠償を尽くすことが不可欠です。
もし、あなたがDVという過ちを犯し、パートナーとの関係、そしてご自身の未来に苦しんでいるのであれば、どうか一人で抱え込まないでください。
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複数人で暴行した場合の罪は?共謀共同正犯とそれぞれの責任を解説
はじめに
集団で一人を取り囲んで暴行を加える「集団リンチ」、友人が喧嘩しているのを横で「もっとやれ!」とはやし立てる、あるいは見張り役をする…。このように、複数人が関与する暴行・傷害事件は、一人で行う犯罪よりも、その態様が悪質で、被害者に与える恐怖も大きいことから、より重く処罰される傾向にあります。
このような事件に関与してしまったとき、「自分は直接手を出していないから、罪にはならないだろう」「自分は数回蹴っただけで、重傷を負わせたのは友人だ」といった言い訳が、果たして通用するのでしょうか。
答えは「ノー」です。日本の刑法には、「共謀共同正犯(きょうぼうきょうどうせいはん)」という、非常に重要な理論があります。これは、仲間と犯罪を計画(共謀)し、その計画に基づいて誰かが実行した場合、たとえ自分が直接手を下していなくても、あるいは少ししか関与していなくても、実際に暴行を加えた主犯格と同じ罪の責任を負うという原則です。
本稿では、複数人での暴行事件に適用される「共謀共同正犯」の考え方と、その場合に各人が負うべき刑事責任の範囲について、具体例を交えて解説します(具体例は実際の事例ではなく想定事例を前提に抽象化しています)。
Q&A
Q1. 友人がAさんと喧嘩しているのを、私は「やれ、やれ!」と横ではやし立てていただけです。殴ったりはしていません。それでも罪になるのですか?
はい、傷害罪や暴行罪の「共謀共同正犯」として、友人と同様の罪に問われる可能性が高いといえます。はやし立てるという行為は、友人の犯行意欲を煽り、犯行を精神的に手助けする重要な役割を果たしていると評価されます。その場で、友人と「Aさんを痛めつける」という共通の意思(共謀)が生まれたと判断されれば、たとえあなたが直接手を下していなくても、「一部実行、全部責任」の原則に基づき、友人がAさんに与えた傷害の結果全てについて、共同で責任を負うことになります。
Q2. 私も友人も、相手を殴りました。ただ、私は1発殴っただけで、友人は相手が倒れた後も10発以上殴り続けて重傷を負わせました。それでも同じ罪になるのは不公平ではありませんか?
「同じ傷害罪の共同正犯が成立する」という意味では、同じ罪になります。 あなたと友人の間に「相手に暴行を加えてやろう」という共謀があり、共同で暴行を加えた結果、相手が重傷を負ったのであれば、あなたもその重傷という結果全体に対して責任を負うのが原則です。しかし、最終的に裁判官が刑の重さ(量刑)を決める段階では、あなたの犯行への関与の度合い(1発しか殴っていないという事実)は、考慮されます。したがって、友人よりも軽い刑罰が科される可能性はあります。
Q3. 仲間たちと暴行を加えていましたが、途中で「これはやりすぎだ」と怖くなり、一人でその場を離れました。それでも、私が去った後の仲間の行為についてまで責任を負うのですか?
責任を負う可能性が高いといえます。共謀関係から離脱したと認められるためには、単に物理的にその場を離れるだけでは不十分とされています。あなたが離脱したと法的に評価されるためには、仲間を羽交い締めにしてでも止めようとしたり、警察に通報したりするなど、共謀関係を解消するための積極的な行動が必要となります。何も言わずに黙って立ち去っただけでは、あなたが去った後の仲間の暴行によって生じた結果についても、共同正犯としての責任を問われるリスクが残ります。
解説
「みんなでやった」という集団心理が、いかに重い責任につながるか。共謀共同正犯の理論を詳しく見ていきましょう。
「一部実行、全部責任」の原則 – 共謀共同正犯とは?
共謀共同正犯の根拠となるのは、刑法第60条です。
「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。」
この条文から導き出される「共謀共同正犯」が成立するためには、主に以下の2つの要件が必要です。
要件①:共謀(意思の連絡)
「二人以上」が、「共同して犯罪を実行しよう」という意思の連絡を取り合うことを指します。事前に綿密な計画を立てていなくても、「あいつを懲らしめてやろうぜ」とその場で暗黙の了解が成立すれば、共謀はあったと見なされます。言葉を交わさなくても、互いの行動から意思が通じ合っていると判断されれば十分です。
要件②:共謀に基づく実行行為
その共謀に基づいて、グループのうちの誰か一人が、計画された犯罪の実行行為の一部でも行えば、それで十分です。
そして、これらの要件が満たされると、「一部実行、全部責任」という原則が適用されます。これは、たとえ自分は暴行計画の一部(例えば見張り役)しか担っていなくても、あるいは少ししか暴行に加わっていなくても、仲間が行った行為の結果すべてについて、あたかも自分が全てを実行したかのように、全員が連帯して責任を負うという原則です。
あなたはどこまで責任を負う?具体例で見る適用範囲
ケース1:直接手を下していない「見張り役」や「煽り役」
主犯格のAが被害者を殴っている間、Bは見張り役として周囲を警戒し、Cは横で「もっとやれ!」とはやし立てていた。
この場合、BとCは直接手は下していません。しかし、Bの見張りやCの煽り行為は、Aが安心して暴行を続けることを可能にした、犯行にとって重要な役割を果たしています。A・B・Cの間には「被害者を痛めつける」という暗黙の共謀が成立しており、BとCもAと同じ傷害罪の共謀共同正犯となります。
ケース2:凶器を使用したのが仲間の一人だけだった場合
Aは素手で殴り、Bが突然ナイフを取り出して被害者を切りつけ、重傷を負わせた。
この場合、Aは「ナイフを使うことまでは合意していない」と主張するでしょう。もし、AがBのナイフ使用を全く予見できなかったのであれば、Aは傷害罪の責任は負いますが、より重い「凶器を使用した」という部分については責任を負わない可能性があります。しかし、「喧嘩の中で何が起こるか分からない」として、ある程度の凶器使用も予見可能だったと判断されれば、AもBと同じ重い責任を負うリスクがあります。
より罪が重くなる「集団的暴行」の特別法
複数人での暴行は、それ自体が悪質であるため、刑法とは別に、より重く処罰するための特別な法律が存在します。
暴力行為等処罰に関する法律(暴処法)第1条
集団の威力を示して(集団であることを背景に威圧して)暴行や脅迫などを行った場合や、凶器を示して暴行などを行った場合は、通常の刑法の暴行罪や傷害罪よりも重い刑罰が科されます。例えば、集団で暴行を加えた場合、通常の暴行罪が「2年以下の拘禁刑…」であるのに対し、暴処法では「3年以下の拘禁刑…」と、上限が引き上げられています。
弁護士に相談するメリット
集団暴行事件に関与してしまった場合、弁護士の専門的な分析と主張が、あなたの負うべき責任の範囲を限定するために重要です。
共謀関係の有無・範囲を争う
あなたから詳細な事情を聞き取り、捜査で得られた証拠を分析した上で、「そもそも仲間と犯罪を行うという共謀はなかった」「共謀があったとしても、その範囲は自分が関与した軽い暴行までで、仲間が引き起こした重い傷害結果までは含まれない」といった主張を行い、共同正犯の成立そのものや、その責任の範囲を争います。
途中離脱の法的な主張
もしあなたが途中で犯行を止めようとしたり、その場を離れたりした事実があるならば、それが法的な「共謀からの離脱」にあたることを、説得的に主張します。これにより、離脱後の仲間の行為に対する責任を免れることを目指します。
他の共犯者との連携による、円滑な示談交渉
共同正犯事件の示談は、加害者全員で被害者一人と交渉する必要があり、非常に複雑です。弁護士は、他の加害者の弁護人と連携を取り、示談の窓口を一本化するなどして、交渉を円滑に進め、被害者の方への誠実な賠償を実現します。
あなたの関与の度合いに応じた、有利な情状弁護
たとえ共同正犯の成立が免れなくても、裁判において、あなたが犯行に主導的に関わったわけではないこと、関与の程度が軽微であったこと、深く反省していることなどを強く主張し、他の共犯者よりも軽い、あなたに有利な判決を求めます。
まとめ
複数人での暴行事件では、「共謀共同正犯」という厳しい法理論により、「みんなでやった」という安易な気持ちが、「全員が主犯格と同じ責任を負う」という、取り返しのつかない重い結果につながります。
「自分は少ししか関わっていないから大丈夫」という考えは、決して通用しません。集団での暴力事件に関与してしまったら、それはあなたが想像する以上に深刻な事態です。すぐに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。あなたの行為が法的にどのように評価され、どこまで責任を負うべきなのかを正確に見極め、負うべきでない過剰な責任からあなたを守るために、全力を尽くします。
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傷害事件で後遺障害が残った場合の示談金はいくら増額する?弁護士が解説
はじめに
暴行や喧嘩といった傷害事件において、最も悲劇的な結果の一つが、被害者の方に完治しない怪我、すなわち「後遺障害(こういしょうがい)」が残ってしまうケースです。
顔に消えない傷跡が残ってしまった、腕が事故の前のように動かなくなった、事故の衝撃で高次脳機能障害を負ってしまった…。このような場合、被害者の方が被る肉体的・精神的な苦痛、そして将来にわたって受け続ける生活上・仕事上の不利益は、計り知れません。
当然、加害者が負うべき賠償責任も、通常の傷害事件とは比較にならないほど重くなります。示談金の内訳には、通常の治療費や入通院慰謝料に加え、「後遺障害慰謝料」と「逸失利益(いっしつりえき)」という、非常に高額になりうる賠償項目が加わることになるのです。
この記事では、傷害事件で後遺障害が残ってしまったという、最も深刻なケースにおける示談金の考え方、特に後遺障害慰謝料の相場や、逸失利益の計算方法の概要について解説します。
Q&A
Q1. 「後遺障害」とは、具体的にどのような状態を指すのですか?後遺症とは違うのですか?
一般的に使われる「後遺症」とは、病気や怪我が治った後にも残る、何らかの症状全般を指す言葉です。一方、法律上の損害賠償の対象となる「後遺障害」とは、その後遺症の中でも、①将来においても回復が困難であると医学的に認められ、②その存在が法的な手続き(後遺障害等級認定)によって証明され、③それによって労働能力の喪失(または低下)を伴うもの、という厳格な定義があります。単に「痛みが残っている」と本人が訴えるだけでは足りず、医師による客観的な証明と、法的な等級認定が必要となります。
Q2. 後遺障害の慰謝料は、誰がどのようにして金額を決めるのですか?
後遺障害慰謝料の金額は、まず「後遺障害等級」に基づいて決まります。これは、後遺障害の部位や症状の重さに応じて、最も重い第1級から最も軽い第14級までの14段階に分類したものです。この等級認定は、医師が作成した「後遺障害診断書」を基に、損害保険料率算出機構などの専門機関が行います。そして、認定された等級に応じて、慰謝料の相場が決まっています。例えば、むちうちで最も多い第14級なら約110万円、片腕の機能を完全に失う第5級なら約1400万円といったように、等級ごとに目安となる金額が存在します。
Q3. 加害者側に、後遺障害が残るほどの高額な示談金を支払う資力がありません。どうすればよいのでしょうか?
これは、被害者にとっても、また加害者にとっても深刻な問題です。まず、被害者に対しては、弁護士を通じて、現在の経済状況を正直に、かつ丁寧に説明し、真摯に謝罪することが前提となります。その上で、現実的に支払い可能な分割払いの計画を具体的に提示し、被害者にご理解いただけるよう、粘り強く交渉することになります。また、親族に援助を頼んだり、金融機関から借り入れをしたりといった努力も必要になるでしょう。たとえ全額をすぐに支払えなくても、誠意をもって賠償に取り組む姿勢を示すことが、刑事処分を少しでも軽くするためには重要となります。
解説
傷害事件の中でも、最も重い責任が問われる後遺障害事案。その示談金の内訳を正確に理解しましょう。
損害賠償の対象となる「後遺障害」とは?
まず、法律上の損害賠償の対象となる「後遺障害」が認められるためには、以下のプロセスを経る必要があります。
① 症状固定
これ以上治療を続けても、症状の大幅な改善が見込めない状態に至ったと、担当の医師が判断することです。ここが、治療期間と後遺障害期間の区切りとなります。
② 後遺障害診断書の作成
症状固定後、医師に、後遺障害の内容や検査結果などを詳細に記載した「後遺障害診断書」という専用の書式を作成してもらいます。
③ 後遺障害等級認定
作成された後遺障害診断書などの医療記録を、損害保険料率算出機構といった第三者機関に提出し、後遺障害の等級認定を申請します。ここで、症状の重さに応じて第1級から第14級までのいずれかの等級に該当すると認定されて初めて、法的な「後遺障害」として扱われることになります。
後遺障害が残った場合の示談金の内訳
後遺障害が認定されると、通常の傷害事件の示談金(①治療費、②休業損害、③入通院慰謝料)に、以下の2つの大きな損害項目が追加されます。
④ 後遺障害慰謝料
後遺障害が残ってしまったこと自体に対する精神的苦痛への賠償です。この金額は、認定された後遺障害等級に応じて、相場が決まっています。等級が重い(等級の数字が小さい)ほど、慰謝料額は高くなります。
⑤ 逸失利益(いっしつりえき)
後遺障害によって労働能力が低下(または喪失)したために、将来にわたって得られるはずだったのに、得られなくなってしまった収入に対する補償です。逸失利益は、以下の非常に専門的な計算式で算出されます。
逸失利益 = 基礎収入額 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
- 基礎収入額
事故前の被害者の年収。 - 労働能力喪失率
後遺障害等級ごとに定められた、労働能力が何パーセント失われたかを示す割合(例:14級で5%、1級で100%)。 - ライプニッツ係数
将来の収入を前倒しで受け取ることによる利益(中間利息)を控除するための、法律で定められた係数。
このように、逸失利益の計算はきわめて複雑であり、法律の専門家でなければ正確な算出は困難です。
【等級別】後遺障害慰謝料の相場
後遺障害慰謝料の算定基準にはいくつかありますが、弁護士が示談交渉や裁判で用いる「弁護士基準(裁判基準)」が最も高額で、法的に正当な基準とされています。以下に、その一部をご紹介します。
後遺障害等級 | 慰謝料の目安(弁護士基準) | 後遺障害の例 |
第14級 | 約110万円 | むちうち等で局部に神経症状を残すもの |
第12級 | 約290万円 | 鎖骨に著しい変形を残すもの |
第10級 | 約550万円 | 1手の母指の機能に著しい障害を残すもの |
第8級 | 約830万円 | 1下肢を5cm以上短縮したもの |
第5級 | 約1400万円 | 1腕を手関節以上で失ったもの |
第3級 | 約1990万円 | 1眼が失明し、他眼の視力が0.06以下になったもの |
第1級 | 約2800万円 | 両眼が失明したもの、要介護の植物状態 |
ご覧の通り、後遺障害慰謝料だけで、示談金は数百万円から数千万円という単位になります。これに、逸失利益やそれまでの治療費などが加算されるため、示談金の総額はきわめて高額になります。
弁護士に相談するメリット
後遺障害が残るような重大な傷害事件では、加害者が単独で対応することは不可能です。弁護士のサポートが必要となります。
賠償額の適正な算定と交渉
逸失利益の計算や、慰謝料の算定はきわめて専門的です。弁護士は、法的な基準に基づいて、客観的かつ妥当な賠償額を算出します。被害者側から提示された金額が、法外に高額であったり、計算に誤りがあったりした場合、その点を的確に指摘し、適正な金額での解決を目指して交渉します。
後遺障害等級の妥当性の検討
場合によっては、被害者側で認定された後遺障害等級が、実際の症状よりも重く評価されているケースも考えられます。弁護士は、医療記録を精査し、協力医の意見を聞くなどして、認定された等級の妥C当性自体を検討することもあります。
刑事・民事両面での総合的な解決
高額な賠償金をどう支払っていくかという民事上の問題と、加害者自身の刑事処分をどう軽くしていくかという刑事上の問題を、弁護士は両輪で考え、総合的な解決を目指します。例えば、賠償計画を具体的に立てて被害者に示すことで、刑事裁判における有利な情状として主張します。
加害者の経済状況を踏まえた交渉
加害者に支払い能力がない場合、ただ「払えません」では交渉になりません。弁護士は、加害者の経済状況を証明する資料(給与明細、預金通帳など)を被害者側に開示した上で、長期の分割払いや、保証人をつけるといった、現実的な和解案を提示し、粘り強く交渉します。
まとめ
傷害事件によって、被害者の方に後遺障害が残ってしまった場合、加害者が負うべき責任は、通常の傷害事件とは比較にならないほど重く、賠償額も数百万円から数千万円という高額なものになります。
その算定や交渉はきわめて複雑かつ専門的であり、法律の専門家である弁護士の助けなくして、適切な解決はありえません。
もし、あなたの行為によって相手に深刻な後遺障害を負わせてしまったという、取り返しのつかない事態に直面しているのであれば、その責任の重さを真摯に受け止め、すぐに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。被害者の方の将来にわたる損害と、誠実に向き合い、あなたができる限りの償いをしていくための道を、私たちが共に考え、サポートします。
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恐喝罪と脅迫罪の違いは?成立要件と刑罰の重さを弁護士が解説
はじめに
「金を出さないと、昔の秘密を会社にばらすぞ」
「言うことを聞かなければ、家族がどうなっても知らないからな」
このような言葉は、単なる口約束や冗談では済まされません。相手を怖がらせて何かを要求する行為は、「脅迫罪」や「恐喝罪」という、刑法上の重大な犯罪に当たる可能性があります。
この2つの犯罪は、どちらも「相手を脅す」という点で共通しているため、混同されがちです。しかし、法律上の成立要件には決定的な違いがあり、科される刑罰の重さも全く異なります。特に恐喝罪は、罰金刑のない、きわめて重い財産犯罪と位置づけられています。
この記事では、脅迫罪と恐喝罪の境界線はどこにあるのか、それぞれの犯罪が成立するための具体的な要件、刑罰の重さ、そしてどのような場合にどちらの罪に問われるのかを詳しく解説します。
Q&A
Q1. 相手に直接会って言わなくても、LINEやSNSのDMで「お前の家に行って、めちゃくちゃにしてやる」と送った場合、脅迫罪になりますか?
はい、脅迫罪が成立する可能性が高いといえます。 脅迫罪における「脅迫」の方法に制限はありません。直接口頭で伝えるだけでなく、電話、手紙、メール、そしてLINEやX(旧Twitter)、InstagramなどのSNSのダイレクトメッセージ(DM)を通じて相手に害悪を伝える(告知する)行為も、すべて含まれます。むしろ、文字として記録が残るため、言い逃れのできない明確な証拠となり得ます。
Q2. 知人に貸したお金を返すよう催促する際に、少し強く「早く返さないと、家まで取り立てに行くぞ」と言ってしまいました。これも恐喝罪になりますか?
恐喝罪が成立する可能性があります。 貸したお金の返済を求めること自体は、正当な権利の行使です。しかし、その権利を実現するための手段・方法が、社会的に許される範囲を超えていると判断された場合、恐喝罪に問われることがあります。判例では、「貸金の取り立てのためであっても、社会通念上一般に許容される範囲を逸脱した脅迫を用いた場合は、恐喝罪が成立する」とされています。「家まで取り立てに行く」という言葉の真意や前後の文脈、相手の受け取り方などによっては、違法な脅迫と見なされる危険性があります。
Q3. 恐喝罪と脅迫罪では、被害者に支払う示談金の相場に違いはありますか?
はい、異なります。一般的に、恐喝罪の示談金の方が高額になります。脅迫罪の示談金は、精神的苦痛に対する慰謝料が中心となり、10万円~30万円程度が目安です。一方、恐喝罪の場合、この慰謝料に加え、被害者がだまし取られた金品(被害弁償)を全額返還することが大前提となります。例えば、50万円を恐喝したのであれば、その50万円にプラスして慰謝料を支払う必要があるため、示談金の総額は脅迫罪よりも高くなります。
解説
「脅す」という行為が、どのような場合に犯罪となり、どう処罰されるのか。2つの罪を比較しながら、その本質に迫ります。
脅迫罪と恐喝罪の決定的違いは「財産を奪う目的」の有無
脅迫罪と恐喝罪。この2つを分ける最もシンプルで決定的な違いは、「相手を脅して、金品などの財産を交付させる目的があったかどうか」です。
脅迫罪(刑法第222条)とは?
脅迫罪は、相手を怖がらせること自体を罰する犯罪です。
- 目的
相手に恐怖心を与えること。 - 行為
相手本人またはその親族の「生命、身体、自由、名誉、財産」に害を加える旨を伝えて脅すこと。 - 具体例
「殴るぞ」「殺すぞ」(生命・身体への害悪)、「お前の過去の不倫を、ネットでばらすぞ」(名誉への害悪)、「お前の家に火をつけるぞ」(財産への害悪)
ここには、金銭の要求は一切含まれていません。純粋に、言葉の暴力によって相手の平穏を害する犯罪が脅迫罪です。
恐喝罪(刑法第249条)とは?
恐喝罪は、脅迫を手段として、相手の財産を奪うことを罰する「財産犯」の一種です。
- 目的
相手を怖がらせて、お金や物などの財産を差し出させること。 - 行為
人を脅迫または暴行し、財物を交付させること。 - 具体例
「金を出せ。出さないと殴るぞ」「借金をチャラにしろ。さもないと、家族に危害を加える」
このように、「脅迫(という手段)」+「財産の交付(という結果)」がセットになっているのが恐喝罪です。
脅迫罪の成立要件と刑罰の重さ
成立要件
- 害悪の告知
相手に恐怖心を生じさせるような、害悪(悪いこと)が起こることを伝えること。その内容は、加害者が直接的・間接的にコントロールできるものである必要があります。「天罰が下るぞ」のような、単なる吉凶悔いは含まれません。 - 告知の相手方
脅迫されるのは、相手本人またはその親族(配偶者、親子、兄弟姉妹など)に限られます。友人や恋人を対象とした場合は、脅迫罪は成立しません。 - 脅迫行為
相手がその内容を認識できれば、方法は問いません。口頭、電話、文書、メール、SNSなど、あらゆる伝達手段が含まれます。 - 結果の不要
脅迫罪は「抽象的危険犯」と呼ばれ、相手が実際に恐怖を感じたかどうかは関係ありません。 客観的に、一般の人が聞いたら恐怖を感じるような内容の害悪を告知した時点で、犯罪は成立します。
刑罰
2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金
恐喝罪の成立要件と刑罰の重さ
成立要件
- 恐喝行為(暴行または脅迫)
相手を怖がらせるための行為です。ここでの暴行・脅迫は、相手の反抗を完全に抑圧するほど強いものである必要はありません。反抗を抑圧するレベルに至ると、より重い「強盗罪」になります。 - 相手の畏怖(いふ)
恐喝行為によって、相手が恐怖を感じること。脅迫罪とは異なり、実際に怖がったという結果が必要です。 - 財物の交付・財産上の利益の移転
相手が恐怖のあまり、自ら金品を差し出す(財物の交付)、または借金の返済を免除する(財産上の利益の移転)こと。 - 一連の因果関係
上記の①→②→③が、一連の流れとしてつながっていることが必要です。
刑罰
10年以下の拘禁刑
恐喝罪の刑罰は、拘禁刑のみであり、罰金刑の定めがありません。 これは、恐喝罪が単なる脅しではなく、人の財産を奪う悪質な犯罪と位置づけられていることを示しており、起訴されれば正式な裁判が開かれる、きわめて重い罪です。
弁護士に相談するメリット
脅迫や恐喝の疑いをかけられてしまった場合、直ちに弁護士に相談することが、事態の悪化を防ぐために不可欠です。
- 犯罪不成立や、より軽い罪名での処理を目指す主張
「貸した金を返せ」と言った事案では、それが社会通念上許される範囲の権利行使であり、恐喝罪は成立しないと主張します。また、金銭の要求が明確でなかったり、相手が恐怖を感じていなかったりする場合には、恐喝罪ではなく、より軽い脅迫罪での処理を目指す弁護活動を行います。 - 早期の示談交渉による、不起訴処分の獲得
脅迫罪・恐喝罪は、どちらも被害者が存在する犯罪です。したがって、被害者の方と示談を成立させることが、前科を回避するための最も有効な手段となります。弁護士が代理人として、真摯な謝罪の意を伝えるとともに、被害弁償(恐喝の場合)や慰謝料を支払い、被害届の取下げや宥恕(許し)を得ることで、不起訴処分となる可能性を大きく高めます。 - 逮捕・勾留の回避
弁護士が迅速に示談交渉を進め、被害者との間で解決の見込みがあることを捜査機関に示すことで、逮捕や、逮捕後の勾留といった、長期の身柄拘束を回避できる可能性が生まれます。
まとめ
「脅迫罪」と「恐喝罪」。この2つを分けるのは、財産を奪う目的の有無です。そして、その違いは、「2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」と「10年以下の拘禁刑」という、刑罰の天と地ほどの差となって現れます。
「貸した金を返せ」という正当な権利行使でさえ、その言い方や態度一つで、恐喝という重罪に転化してしまう危険性をはらんでいます。
安易な言動で相手を脅してしまった、あるいは恐喝の疑いをかけられてしまった場合は、事態が深刻化する前に、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。あなたの行為が法的にどのように評価されるのかを的確に判断し、被害者との円満な解決を通じて、あなたの未来を守るために尽力します。
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暴行罪で被害届を出されたらどうする?示談で解決し前科を回避する方法
はじめに
カッとなって相手の胸ぐらを掴んでしまった。口論の末、相手の肩を強く突き飛ばしてしまった。あなたにとっては「暴行」というほどのつもりがなく、その場はそれで収まったかもしれません。しかし、後日、相手が警察に「暴行された」と被害届を提出すれば、事態は一変します。
あなたは「暴行罪」の被疑者として、警察から捜査の対象となり、ある日突然、警察署への出頭を求める電話がかかってきたり、場合によっては逮捕されたりする可能性があるのです。
暴行罪は、傷害罪と比較すれば軽い犯罪とされていますが、有罪になれば拘禁刑刑も定められている立派な犯罪です。前科がつけば、今後の就職や資格、海外渡航など、人生の様々な場面で不利益を被る可能性があります。
しかし、暴行罪は、事件後の対応次第で、逮捕や前科がつくといった最悪の事態を回避できる可能性が十分に残されている犯罪でもあります。
この記事では、暴行罪で被害届を出されてしまった場合に、事件を穏便に解決し、前科をつけずに済ませるための、最も重要かつ有効な手段である「示談」について、その進め方と重要性を解説します。
Q&A
Q1. 相手は怪我もしていないのに、被害届を出すなんて大げさだ。無視してもいいですか?
無視すべきではありません。 暴行罪は、相手が怪我をしたかどうかは関係なく、不法な有形力を行使した時点で成立します。胸ぐらを掴む、突き飛ばすといった行為は、典型的な暴行です。被害者が恐怖を感じ、被害届を警察に提出した以上、それは法的に有効な「被害の申告」であり、警察は捜査を開始する義務があります。これを「大げさだ」と無視し、警察からの出頭要請にも応じなければ、「逃亡のおそれあり」と見なされ、逮捕されるリスクを高めるだけです。
Q2. 暴行罪の示談金は、いくらくらい払えばよいのでしょうか?
暴行罪の場合、相手に怪我がないため、傷害事件のように高額な治療費は発生しません。そのため、示談金は、主に暴行を受けたことによる精神的苦痛に対する「慰謝料」となります。金額は、暴行の態様(執拗さなど)や、被害者の処罰感情の強さによって変動しますが、一般的な相場としては10万円~30万円程度でまとまるケースが多いです。ただし、これはあくまで目安であり、個別の事情に応じて交渉することになります。
Q3. 示談さえすれば、提出されてしまった被害届は、必ず取り下げてもらえますか?
示談交渉のゴールとして、被害届を取り下げてもらうことを目指します。しかし、法律上、一度受理された被害届を「撤回」することはできません。そのため、実務上は、被害者の方に「被害届取下書(嘆願書)」を作成してもらい、それを警察や検察に提出します。この書面には、「加害者との間で示談が成立し、円満に解決したので、加害者の処罰を望みません」といった内容を記載してもらいます。これにより、被害届が出されたままであっても、被害者には処罰意思がないことを明確に示すことができ、不起訴処分につながるのです。
解説
被害届が出されても、まだ挽回のチャンスはあります。その鍵を握る「示談」について、詳しく見ていきましょう。
1. 「被害届」が出されると、何が始まるのか?
まず、被害届が警察に提出されると、どのような事態が進行するのかを正確に理解しましょう。
- 被害届とは?
犯罪の被害に遭ったという事実を、被害者が捜査機関(警察)に申告するための書類です。これにより、警察は初めて犯罪の発生を公式に認知します。 - 捜査の開始
警察は、被害届を受理すると、原則として事件の捜査を開始します。- 被害者から、より詳細な事情聴取を行う。
- 目撃者がいれば、その人から話を聞く。
- 現場周辺の防犯カメラ映像を収集・分析する。
- これらの捜査で、あなたが加害者として特定される。
- あなたへのアプローチ
あなたが特定されると、警察からあなたの元へ電話があり、「〇〇の件で、お話をお伺いしたいので、警察署まで来てください」と、任意での出頭を求められます。この要請を無視し続けると、逮捕状が請求され、逮捕に至る可能性があります。
2. 前科を回避するためのポイント 「示談」とは?
暴行罪のような、被害者のいる犯罪では、検察官が起訴・不起訴の最終処分を決定する際に、「当事者間で問題が解決しているか」「被害者が加害者の処罰を望んでいるか」という点を、きわめて重視します。
「示談」は、この検察官の判断に直接働きかける、強力なカードともいえます。
示談の目的
- 被害の回復
慰謝料(示談金)を支払うことで、被害者が受けた精神的苦痛を金銭的に賠償し、被害の回復を図ります。 - 処罰感情の緩和
加害者が真摯に謝罪し、反省の態度を示すことで、被害者の「加害者を罰してほしい」という気持ちを和らげ、許し(宥恕)を得ることを目指します。
示談成立の効果
被害者との間で示談が成立し、特に被害者から「加害者を許しますので、刑事処罰は望みません」という明確な意思(宥恕)を示してもらえれば、検察官は「もはや当事者間で事件は解決しており、国が介入して刑事罰を科すまでの必要性はない」と判断し、不起訴(起訴猶予)処分とする可能性が高くなります。
不起訴処分となれば、刑事裁判は開かれず、前科がつくことも、罰金を支払うこともありません。まさに、示談は「事件の円満な解決」そのものなのです。
3. 前科回避に向けた、示談交渉の具体的な進め方とポイント
では、具体的にどのように示談交渉を進めればよいのでしょうか。
ステップ①:【必須】弁護士を通じて、被害者の連絡先を入手する
示談交渉の第一歩にして、最大の壁です。加害者本人が警察に頼んでも、個人情報保護を理由に、被害者の連絡先を教えてもらえることは絶対にありません。弁護士が、守秘義務を負う代理人として、捜査機関を通じて被害者の方に連絡を取ることの許可を得る必要があります。
ステップ②:弁護士による謝罪と、示談金の提示
弁護士が、あなたに代わって被害者の方に連絡を取り、まずは丁重に謝罪の意をお伝えします。その上で、示談の話し合いを開始し、暴行罪の相場(10万円~30万円程度)を参考に、事案に応じた示談金を提示します。
ステップ③:法的に有効な「示談書」の作成
交渉がまとまったら、その合意内容を書面にします。この「示談書」には、以下の条項を盛り込むことが重要です。
示談金の支払いに関する条項
- 宥恕条項
「乙(被害者)は、甲(加害者)を宥恕し、甲の刑事処罰を望まない」 - 被害届取下条項
「乙は、本件に関し提出した被害届を、速やかに取り下げる」 - 清算条項
「本件に関し、本示談書に定めるほか、甲乙間には何らの債権債務がないことを相互に確認する」 - 接触禁止条項
「甲は、今後、正当な理由なく乙に連絡、接触しない」
ステップ④:示談成立の報告
示談金の支払いを完了させ、署名・押印済みの示談書を弁護士が検察官に提出することで、示談が成立したことを正式に報告します。
弁護士に相談するメリット
暴行事件の解決において、弁護士の存在は重要です。
- 被害届が出される前の「事件化の阻止」
被害者が警察に行く前にご相談いただければ、弁護士が直ちに被害者と交渉し、被害届を提出する前に示談を成立させ、事件化そのものを防げる可能性があります。これが最も理想的な解決です。 - 逮捕の回避
すでに被害届が出されている場合でも、弁護士が迅速に示談交渉を進め、その状況を捜査機関に伝えることで、「当事者間で解決の見込みがあるため、逃亡や証拠隠滅のおそれはない」と判断され、逮捕を回避できる可能性が高まります。 - 円滑な示談交渉の実現
加害者に対して怒りや恐怖を抱いている被害者の方と、加害者本人が直接交渉することは不可能です。第三者であり、法律の専門家である弁護士が間に入ることで、初めて冷静な話し合いの土俵が整い、円満な示談成立の可能性が生まれます。 - 将来のトラブルを完全に防ぐ
弁護士が作成する法的に完璧な示談書により、示談成立後に「やはり慰謝料が足りない」などと、追加の要求をされるといった、将来の民事トラブルを未然に防ぎます。
まとめ
たとえ怪我をさせていなくても、胸ぐらを掴んだり、突き飛ばしたりした行為で被害届が出されれば、暴行罪として捜査が開始され、前科がつくリスクが現実に生じます。
そのリスクを回避するための最も有効で確実な方法は、検察官が起訴・不起訴の処分を決定する前に、被害者の方との間で示談を成立させることです。
そして、その示談交渉は、あなたご自身で行うことはできません。被害届を出されたと知った、あるいは出されるかもしれないと感じたときは、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談することもご検討ください。私たちが、迅速な示談交渉を通じて、事件の穏便かつ円満な解決を実現し、あなたの未来を守ります。
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正当防衛はどこまで認められる?過剰防衛との境界線を弁護士が解説
はじめに
夜道で突然見知らぬ人物に絡まれた、酒の席で一方的に殴りかかってこられた…。このような状況で、自分や、その場にいる家族・友人の身に危険が迫ったとき、身を守るためにやむを得ず相手に反撃することがあります。
こうした反撃行為は、刑法で定められた「正当防衛」として、違法性が否定され、罪に問われない(無罪となる)可能性があります。「やられたからやり返した」という、ごく自然な自己防衛の行動です。
しかし、注意しなければならないのは、日本の法律において「正当防衛」が認められるためのハードルは、一般的に考えられているよりもかなり高いという事実です。
あなたの反撃が「身を守るためのやむを得ない範囲」を超えていると判断されれば、「過剰防衛」として処罰されたり、あるいは単なる「喧嘩」として、あなたも傷害罪の加害者として扱われたりする危険性が十分にあります。
この記事では、正当防衛が成立するための具体的な法的要件、そして多くの人が悩む「正当防衛」と「過剰防衛」の境界線はどこにあるのかを、過去の判例なども交えながら解説します。
Q&A
Q1. 相手は素手で殴りかかってきただけなのに、こちらが身近にあった傘や棒などで反撃したら、正当防衛にはなりませんか?
過剰防衛と判断される可能性が高まります。 正当防衛が認められるためには、反撃の手段や方法が、相手の攻撃に対して「相当性」を持つ必要があります。これを「武器対等の原則」と呼ぶことがあります。相手が素手であるのに対し、こちらが殺傷能力のある武器(棒、傘、石、ナイフなど)を使用した場合、それは「防衛の程度を超えた」行為と見なされやすくなります。ただし、相手が屈強な大男で、こちらは小柄な女性である、といった著しい体格差がある場合には、素手での反撃が不可能と認められ、武器の使用が正当化される余地もあります。
Q2. 口喧嘩の最中に、相手から「ぶっ殺すぞ」と言われたので、恐怖を感じて先に殴りかかりました。これは正当防衛ですか?
正当防衛とは認められない可能性があります。 正当防衛が成立するには、相手からの「急迫不正の侵害」、つまり、違法な攻撃が現に始まっているか、間近に迫っている必要があります。単なる言葉の脅し(「殺すぞ」という脅迫)だけでは、まだ具体的な身体への攻撃が始まっていないため、「侵害の急迫性」が認められにくいのです。この状況で先に手を出してしまうと、あなたの方が暴行罪・傷害罪の加害者と見なされてしまいます。
Q3. 相手が一旦攻撃をやめて逃げようとしたので、腹が立って追いかけて殴ってしまいました。これは正当防衛になりますか?
なりません。 これは正当防衛ではなく、単なる「報復」や「仕返し」と見なされます。Q2と同様、「侵害の急迫性」がすでに失われているからです。相手が攻撃をやめた、あるいは背中を向けて逃げ出した時点で、あなたに対する法益の侵害は終了しています。その後の攻撃は、防衛行為ではなく、新たな攻撃行為(違法な暴行)と評価されてしまいます。
解説
自分や他人を守るための正当な権利である「正当防衛」。その厳格な要件を、条文から読み解いていきましょう。
1. 正当防衛が成立するための「3つの要件」
正当防衛は、刑法第36条1項に定められています。
「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」
この短い条文の中に、正当防衛が成立するための、以下の3つの重要な要件が全て含まれています。
要件①:「急迫不正の侵害」があること
これが、正当防衛が許される大前提です。
- 不正の侵害
法律に違反する攻撃のことです。殴る、蹴る、凶器で襲いかかるといった行為が典型例です。 - 急迫性
その「不正の侵害」が、現に存在しているか、または間近に迫っている状態を指します。- 認められない例①【過去の侵害】
昨日殴られたことへの仕返しとして、今日相手を殴る。(報復行為) - 認められない例②【未来の侵害】
「明日殴ってやる」と言われたので、今日のうちに先制攻撃を仕掛ける。(先制攻撃) - 認められない例③【侵害の終了後】
相手が逃げ出した後に、追いかけて攻撃する。(追撃行為)
- 認められない例①【過去の侵害】
要件②:「自己又は他人の権利を防衛するため」の意思があること
反撃行為が、あくまで「自分や他人の身体・生命・財産などを守るため」という防衛の意思に基づいて行われたことが必要です。
もし、相手の攻撃をきっかけとして、積極的に相手を攻撃し、痛めつけてやろうという「攻撃の意思」が生まれた場合、それはもはや防衛行為ではなく、単なる「喧嘩」と評価されてしまいます。
要件③:「やむを得ずにした行為」であること
これが、実務上最も判断が難しく、争点になりやすい要件です。この「やむを得ずにした」という言葉は、さらに2つの要素に分解されます。
- 防衛行為の「必要性」
その反撃行為以外に、侵害を避けるための他の適切な手段がなかったこと。例えば、逃げることが容易にできたのに、あえて反撃した場合などは、必要性が否定されることがあります。 - 防衛行為の「相当性」
行った反撃の手段や程度が、防衛という目的を達成するために必要な範囲を超えていないこと。簡単に言えば、「やりすぎていないか」という点です。
2. 「正当防衛」と「過剰防衛」を分ける境界線
要件③の「相当性」の範囲を逸脱してしまった場合、それは「過剰防衛」となります。
過剰防衛(刑法第36条2項)とは?
「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。」
過剰防衛は、正当防衛のように「罰しない(無罪)」とはなりませんが、通常の傷害罪などと比べて、刑が軽くなったり(減軽)、免除されたりする可能性があります。
では、その境界線はどこで判断されるのでしょうか。裁判所は、以下の要素を総合的に考慮して、社会一般の常識に照らして判断します。
- 侵害の手段・程度 vs 防衛の手段・程度(武器対等の原則)
相手の攻撃は素手だったか、凶器だったか。それに対し、こちらは何を使って、どの程度の力で反撃したか。 - 侵害される法益 vs 侵害した法益のバランス
相手が何をしようとしていたか(軽い暴行か、生命を脅かす攻撃か)。それに対し、相手にどのような結果(軽い打撲か、重傷か)を与えたか。 - 当事者の属性
加害者と被害者の性別、年齢、体格、格闘技経験の有無など。
例えば、屈強な男に素手で殴られ続けた小柄な女性が、とっさにカバンで反撃して相手に怪我をさせたケースは正当防衛と認められやすいでしょう。しかし、逆に屈強な男が、小柄な女性に平手打ちされたことに対し、殴り倒して骨折させたようなケースは、過剰防衛、あるいは単なる傷害罪と判断される可能性が高いのです。
弁護士に相談するメリット
「喧嘩」として扱われるか、「正当防衛」として無罪を勝ち取れるかは、捜査の初期段階での主張と立証がすべてです。
- 一貫した「正当防衛」の主張
事件直後の混乱した状況では、ご自身で法的に整理して状況を説明することは困難です。弁護士は、あなたから詳細な事情を聞き取り、防犯カメラ映像などの客観的証拠を分析した上で、「本件は単なる喧嘩ではなく、正当防衛である」という一貫した主張を、捜査の初期段階から警察・検察に対して行います。 - 「喧嘩両成敗」という安易な処理への対抗
警察は、双方が手を出していると、安易に「喧嘩」として双方を立件しようとする傾向があります。弁護士は、どちらの攻撃が「不正の侵害」の始まりであったかを法的に明確にし、あなたが「防衛者」であったことを強く訴え、不起訴処分を求めます。 - 過剰防衛の主張による刑の減軽・免除
たとえ反撃が行き過ぎてしまったと認めざるを得ない場合でも、弁護士は諦めません。相手の執拗な攻撃によって、あなたがどれほど恐怖し、パニックに陥っていたか、その中で冷静な判断が不可能であったことなどを詳細に主張し、「過剰防衛」の適用による、最大限有利な処分(刑の減軽や免除)を目指します。
まとめ
正当防衛は、あなたに与えられた正当な権利です。しかし、その権利が認められるためのハードルは高く、その判断はきわめて専門的です。反撃のほんのわずかな違いが、「正当防衛(無罪)」、「過剰防衛(減軽・免除)」、そして「単なる傷害罪(処罰)」という異なる結果を招きます。
やむを得ず相手に手を出してしまい、ご自身の行為が正当防衛にあたるのではないかと考えている方は、決して一人で判断せず、警察の取り調べを受ける前に、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談することもご検討ください。私たちが、あなたの正当な権利を守るために、法的な観点から最善の弁護活動を行います。
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