Archive for the ‘コラム’ Category
職務質問で尿検査を求められたら?任意と強制の違いと拒否する権利
はじめに
夜道を歩いていると、突然パトカーが停まり、警察官から「すみません、ちょっとよろしいですか」と声をかけられる。いわゆる「職務質問」です。さらに、持ち物を見せるよう求められ、挙動が不審だと判断されると、「任意でいいので、警察署まで来て、尿検査に協力してもらえませんか?」と、同行を求められることがあります。
薬物など、やましいことが何もない方にとっては、「疑いを晴らすために協力しよう」と思うかもしれません。しかし、一方で「なぜ自分が?」「プライバシーの侵害ではないか」と、理不尽さや不快感を覚えるのも当然の感情です。
そもそも、警察官に求められた尿検査は、必ず応じなければならないのでしょうか。どこまで拒否することができ、もし拒否したら、どうなってしまうのでしょうか。
この記事では、職務質問に伴って行われる尿検査について、その法的な根拠、「任意」と「強制」の決定的な違い、そして私たち市民に保障された「拒否する権利」について解説します。
Q&A
Q1. 尿検査を「任意ですから」と言われたので断ったら、「協力しないと、君が怪しいってことになるだけだぞ」と言われました。それでも断り続けて、逮捕されることはありますか?
尿検査を拒否したこと、それ自体を理由として逮捕されることはありません。なぜなら、尿検査はあくまで「任意」であり、あなたにはそれを拒否する明確な権利があるからです。「協力しないと不利になる」といった警察官の発言は、あなたの任意性を侵害し、事実上の強制に当たる可能性のある、不適切な発言です。ただし、尿検査を拒否し続けている間に、警察官があなたの他の言動や所持品などから、薬物使用を裏付ける客観的な証拠を発見し、裁判所に逮捕状を請求する、という可能性は理論上あり得ます。
Q2. 警察官の強い説得に負けて、一度は任意で尿検査に応じてしまいました。もし、それで薬物反応が出た場合、後から「あの同意は本当の任意ではなかった」と主張して、その結果を無効にすることはできますか?
裁判では、「違法収集証拠排除法則」という原則があり、違法な捜査によって得られた証拠は、裁判で使うことができない、とされています。もし、あなたが尿検査に応じた経緯が、警察官による長時間の引き留めや、心理的な圧迫、あるいは偽りの説明によるものであり、あなたの「真に自由な意思」に基づいた同意ではなかったと裁判所が判断した場合、その尿検査の結果は違法な証拠として排除されます。その結果、検察官は有罪を立証する手段を失い、無罪判決となる可能性があります。
Q3. 警察署に任意同行されて、尿検査を断っているのに、何時間も部屋から出してくれません。これは違法ではないですか?
違法な身柄拘束にあたる可能性があります。「任意同行」は、あくまであなたの同意に基づいて行われるものです。警察官が、あなたを物理的に妨害したり、「まだ帰れない」と言って引き留めたりする行為は、事実上の「逮捕」と同じ状態です。もし、警察官が逮捕状を持っていないのであれば、それは令状のない違法な身柄拘束であり、あなたは直ちに解放を求め、弁護士を呼ぶ権利があります。
解説
1.尿検査の法的根拠と「任意捜査」という原則
まず、警察官が行う捜査活動は、法律によって厳格にルールが定められています。
刑事訴訟法の原則
刑事訴訟法は、「強制の処分は、この法律に特別の定がある場合でなければ、これをすることができない」と定めています。これは「任意捜査の原則」と呼ばれ、捜査は本人の同意に基づいて任意で行うのが基本であり、令状など法律の根拠がない限り、強制的な処分は一切許されない、という日本の刑事手続きにおける原則です。
尿検査の位置づけ
尿の採取(採尿)は、本人の身体の内部から排泄物を採取する行為であり、個人の尊厳やプライバシーを著しく侵害する可能性のあるデリケートな行為です。しかし、この尿検査を強制的に行うための、明確な法律の規定は、令状手続きを除いて存在しません。
結論:尿検査は「任意」であり、「拒否する権利」がある
以上のことから、警察官が令状を持たずにあなたに求める尿検査は、あなたの真に自由な意思による「同意」がなければ行うことができない「任意捜査」です。したがって、あなたには、その要請を拒否する権利が保障されています。
2.「任意採尿」と「強制採尿」の決定的な違い
尿検査には、あなたの同意に基づく「任意採尿」と、裁判官の令状に基づく「強制採尿」の2種類があります。
任意採尿
- 要件:本人の真に自由な意思に基づく、明確な同意があること。
- 方法:警察署のトイレなどで、警察官から渡された紙コップに、本人が自らの意思で排尿する。
- 拒否する権利:任意であるため、いつでも、いかなる理由でも、拒否することができます。警察官が「疑いを晴らすためだ」「君のためだ」などと説得を試みても、それに応じる義務はありません。
強制採尿
- 要件:裁判官が、その必要性と相当性を審査した上で発付した「採尿令状(身体検査令状の一種)」があること。
- 令状が発付される条件:
- 薬物を使用したことを疑うに足りる、客観的で相当な理由があること(例:腕に多数の注射痕がある、言動が著しく支離滅裂である、など)。
- かつ、本人が任意での採尿を頑なに拒否し、他に証拠を入手することが困難であること。
- 方法:医師が、病院などの施設で、本人の意思に反して、尿道にカテーテル(細い管)を挿入し、強制的に膀胱から尿を採取します。これは、身体に対するきわめて強力な強制処分です。
- 拒否した場合:適法な令状の執行であるため、これに物理的に抵抗すれば、公務執行妨害罪に問われる可能性があります。
3.職務質問の現場で、あなたの権利を守るための対応
では、実際に警察官から尿検査を求められたら、どう対応すべきでしょうか。
対応①:まずは、令状の有無を確認する
「それは、任意ですか、それとも令状のある強制ですか?」と、冷静に確認しましょう。もし警察官が令状を提示できないのであれば、それは任意捜査であり、あなたに応じる義務はありません。
対応②:毅然と、冷静に、拒否の意思を明確に伝える
「任意であるならば、協力する義務はないと理解していますので、お断りします」と、はっきりと、しかし丁寧な言葉で拒否の意思を伝えましょう。感情的になって大声を出したり、警察官を罵倒したりすると、別のトラブルの原因になりかねません。
対応③:執拗な説得や、長時間の引き留めには屈しない
警察官は、なかなか諦めずに説得を続けるかもしれません。しかし、あなたの意思が変わらない以上、それ以上あなたを拘束することはできません。「任意ですので、私はもう帰ります」と、その場を立ち去る意思を明確に示してください。もし、腕を掴まれたり、進路を妨害されたりして、帰ることができないのであれば、それは違法な身柄拘束にあたる可能性があります。
対応④:「弁護士に連絡します」と伝える
状況が膠着したり、警察官の行為が違法だと感じたりした場合は、「弁護士に電話で相談します」と伝えることが効果的です。弁護士に電話を代わってもらい、警察官と直接話をしてもらうことで、警察官も違法な捜査を続けることが困難になります。
弁護士に相談するメリット
職務質問や尿検査といった、警察権力と直接対峙する場面において、弁護士はあなたの権利を守るための強力な盾となります。
- 現場での違法な捜査を、その場で阻止する
あなたが現場から弁護士に電話をすれば、弁護士は電話口で警察官に対し、「その行為は任意性を逸脱しており違法である」「直ちに本人を解放しなさい」と、法的な根拠に基づいて抗議し、不当な捜査をその場で中止を求めます。 - 違法な証拠を、裁判で排除する
もし、違法な手続きで採尿され、その結果が有罪の証拠として使われそうになった場合、弁護士は裁判で、その証拠の無効(証拠能力の否定)を争います。証拠の収集過程における警察の違法性を立証し、裁判官にその証拠を採用させないことで、無罪判決を勝ち取ることを目指します。 - 権力と対峙する、あなたの代理人となる
法律の知識と権限を持つ警察官に対し、一般市民が一人で立ち向かうのは、精神的にも知識的にも困難です。弁護士は、あなたの正当な権利を守るため、あなたに代わって権力と対等に渡り合う専門家です。
まとめ
警察官による職務質問の際の尿検査は、裁判官の令状がない限り、あくまで「任意」です。そして、あなたには、その要請を拒否する、憲法上・法律上の明確な権利があります。
警察官による「疑いが晴れるだけだから」「協力しないと不利になる」といった説得に、安易に応じる必要は一切ありません。「任意であるなら、お断りします」と、冷静に、しかし毅然とした態度で伝えることが、あなたのプライバシーと権利を守るための第一歩です。
もし、警察官の執拗な要求や、不当な身柄拘束によって、あなたの権利が侵害されていると感じたならば、それは専門家の助けが必要なサインです。直ちに弁護士にご相談ください。私たちが、不当な捜査からあなたを守ります。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
薬物事件で執行猶予付き判決を得るためのポイントと具体的な再犯防止策
はじめに
覚醒剤や大麻などの薬物事件で起訴されてしまった…。逮捕、勾留という厳しい捜査を経て、いよいよ刑事裁判に臨むことになったとき、被告人とそのご家族が目指すべき最大の目標は、「実刑判決を回避し、執行猶予付き判決を勝ち取ること」です。
執行猶予がつけば、判決で拘禁刑を言い渡されても、すぐに刑務所に行く必要はなく、社会生活を送りながら、専門家の助けを借りて、薬物依存からの回復を目指すことができます。それは、まさに人生をやり直すための、最後のチャンスと言えるでしょう。
しかし、薬物犯罪は再犯率が非常に高く、社会に与える悪影響も大きいことから、裁判所はきわめて厳しい姿勢で審理に臨みます。「初犯だから、きっと執行猶予がつくだろう」という安易な期待は、禁物です。
この記事では、薬物事件の裁判で、執行猶予付き判決を得るために、被告人とその家族が何をすべきなのか、裁判官が重視するポイントはどこにあるのか、そしてそのための具体的な再犯防止策について解説します。
Q&A
Q1. 覚醒剤の単純使用で、今回が初めての逮捕です。この場合、執行猶予はつきますか?
執行猶予がつく可能性はありますが、100%ではありません。一般的に、覚醒剤の単純使用の初犯であれば、判決は「拘禁刑1年6月、執行猶予3年」が相場とされています。しかし、これは、被告人が法廷で罪を素直に認め、深く反省し、二度と薬物に手を出さないための具体的な取り組みを示していることが大前提です。もし、法廷で不合理な言い訳をしたり、反省の態度が見られなかったり、あるいは保釈中に再び薬物関係者と接触したりといった事情があれば、初犯であっても実刑判決が下されるリスクは十分にあります。
Q2. 薬物事件で執行猶予を獲得するために、一番大事なことは何ですか?
一言で言えば、「裁判官に『この人は、もう二度と薬物をやらないだろう』と、本気で信じてもらうこと」です。そして、そのためには「もうやりません」という言葉だけでなく、客観的で具体的な「行動」を示すことが不可欠です。その最も重要な行動が、①専門の医療機関や回復支援施設に繋がり、治療・回復プログラムを開始すること、そして、②家族が本人を厳しく監督し、支えていく具体的な体制(監督環境)を整えること、この2つです。
Q3. 執行猶予期間中に、また薬物を使って逮捕されてしまいました。どうなりますか?
原則として、執行猶予は取り消され、実刑判決となります。これを「執行猶予の必要的取消し」といいます。例えば、前回の事件で「拘禁刑1年6月、執行猶予3年」の判決を受け、その3年の猶予期間中に再び薬物を使用して「拘禁刑1年」の判決を言い渡された場合、今回の1年に加え、前回の1年6ヶ月も合わせた、合計2年6ヶ月間、刑務所に収監されることになります。執行猶予期間中の再犯は、裁判所からの信頼を裏切る行為であり、厳しい結果が待っています。
解説
1.執行猶予とは?社会内で更生するための「最後のチャンス」
まず、執行猶予制度について、正確に理解しておく必要があります。
- 執行猶予:有罪判決として拘禁刑などが言い渡されるものの、その刑の執行を一定期間(1年~5年)猶予し、その期間を無事に過ごせば、刑の言渡しの効力が消滅する制度です。
- 前科:執行猶予付き判決も、有罪判決であることに変わりはないため、「前科」はつきます。
- 猶予期間中の再犯:Q3で解説した通り、猶予期間中に再び罪を犯して禁錮以上の刑に処せられた場合、猶予は取り消され、前回の刑と今回の刑を合わせた期間、服役しなければならなくなります。
執行猶予は、まさに「社会内で更生するための最後のチャンス」であり、このチャンスをどう活かすかが、その後の人生を大きく左右します。
2.執行猶予か、実刑か。裁判官が重視する判断ポイント
裁判官は、判決を言い渡すにあたり、被告人を社会内で更生させるのが妥当か、それとも刑務所での矯正教育が必要かを、以下のようないくつかの事情を総合的に考慮して判断します。裁判官の最大の関心事は「この被告人は、本当に薬物をやめられるのか?」という一点に尽きます。
① 事件自体の悪質性
- 薬物の種類:大麻よりも、依存性が高いとされる覚醒剤やヘロインの方が、厳しい判断がなされやすいです。
- 犯行態様:個人的な使用・所持よりも、薬物汚染を拡大させる営利目的での譲渡などが認定されれば、実刑のリスクは飛躍的に高まります。
- 薬物の量:所持量が多ければ、それだけ依存の根が深い、あるいは営利目的が疑われる、と判断されます。
② 同種前科の有無
これが、量刑を左右する最も決定的な要素の一つです。
- 初犯:真摯な反省と、後述する再犯防止策が示されれば、執行猶予となる可能性が高いです。
- 同種前科あり:特に、前回の執行猶予期間が満了して間もない再犯(いわゆる「明けの再犯」)の場合、「社会内での更生は困難」と判断され、実刑判決となる可能性が高くなります。
③ 被告人の反省と、具体的な再犯防止への取り組み
言葉だけの反省では不十分です。裁判官は、反省を裏付ける具体的な「行動」を求めます。この点が、弁護活動の最大の焦点となります。
3.執行猶予を獲得するための、具体的な「行動」とは
「反省しています。二度とやりません。」この言葉を、具体的な「行動」で証明する必要があります。弁護士は、以下の取り組みをサポートし、それを裁判官に効果的に伝えます。
行動①:専門機関に繋がり、「病気」として治療を開始する
薬物依存は「意志の弱さ」ではなく、「病気」です。その病気を治すためには、専門家の助けが不可欠です。
- 専門の医療機関:精神科や心療内科の、薬物依存治療を専門とする医師の診察を受け、治療プログラム(SMARPPなど)を開始します。
- 回復支援施設:ダルク(DARC)のような民間の回復支援施設に入寮(または通所)し、同じ悩みを持つ仲間と共に、回復プログラムに取り組みます。
裁判では、これらの施設の担当者や主治医に情状証人として出廷してもらい、本人の治療への真摯な取り組みを、専門家の視点から証言してもらうことが極めて有効です。
行動②:薬物との関係を物理的に断ち切る「環境調整」
本人の意思の力だけに頼るのではなく、物理的に薬物に手を出せない環境を整えることが重要です。
- 交友関係の清算:薬物を使用するきっかけとなった友人・知人との連絡を完全に断ち、スマートフォンを解約・機種変更するなど、具体的な行動で示します。
- 生活環境の刷新:薬物を使用していた一人暮らしのアパートを引き払い、家族の監視が届く実家に戻るなど、生活の拠点そのものを変えます。
行動③:家族による鉄壁の「監督体制」を構築する
家族のサポートは、裁判官に「この人には、社会内に受け皿がある」と安心してもらうための、強力な材料となります。
- 具体的な監督計画:家族が「監督計画書」を作成し、「定期的に本人の許可を得て尿検査を実施します」「給料は家族が管理し、小遣い制にします」といった、具体的な監督プランを裁判所に誓約します。
- 家族の情状証人:裁判では、ご両親や配偶者に情状証人として出廷してもらい、「家族として、二度と本人を孤独にさせず、責任をもって更生を支えていきます」という固い決意を、法廷で述べてもらいます。
弁護士に相談するメリット
薬物事件で執行猶予を勝ち取るためには、これらの再犯防止策を、ただ行うだけでなく、裁判官に響く形で「プレゼンテーション」する必要があります。
執行猶予獲得への、トータルプロデュース
弁護士は、ご本人の状況に合わせ、どの医療機関に繋がるのが最適か、どのような監督環境を構築すべきか、といった更生へのロードマップを設計します。
客観的証拠の作成と提出
治療計画書、医師の診断書、施設の入所証明書、家族の陳述書といった、あなたの取り組みを証明する客観的な証拠を収集・作成し、裁判所に提出します。
情状証人との、効果的な打ち合わせ
家族や施設の担当者が、法廷で、あなたの更生にとって最も有利な証言を、的確かつ説得力をもって述べられるよう、事前に尋問のシミュレーションなどを通じて、綿密な打ち合わせを行います。
被告人の更生への決意を代弁する、最終弁論
これまでの全ての取り組みを、最終弁論で主張します。「被告人には、これだけの更生の意欲と、それを支える環境がある。彼を刑務所に送ることは、この更生の芽を摘むことになる。どうか、社会の中で治療を継続させるという、最後のチャンスを与えてほしい」と、裁判官に訴えかけます。
まとめ
薬物事件で執行猶予付き判決を得るためには、「もう二度と薬物はやらない」という決意を、「専門的な治療」「薬物との関係遮断」「家族の監督」という、誰の目にも明らかな「具体的な行動」で証明することが不可欠です。
言葉だけの反省は、もはや通用しません。治療プログラムに通い、真面目に働き、家族に支えられているという「事実」こそが、裁判官の心を動かし、あなたに社会でやり直すためのチャンスを与えてくれるのです。
もし、あなたが薬物事件で起訴されてしまい、実刑判決の恐怖に苛まれているのなら、どうか人生を諦めないでください。私たちが、あなたの更生への第一歩を、法的な側面からでサポートします。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
薬物事件に示談は存在しない?それでも弁護士に依頼する意味を解説
はじめに
窃盗や傷害といった多くの刑事事件では、被害者の方と話し合い、謝罪と賠償を尽くす「示談」を成立させることが、不起訴処分や刑の減軽を勝ち取るための、最も重要で効果的な弁護活動となります。
では、覚醒剤や大麻などの薬物事件の場合はどうでしょうか。
結論から言うと、薬物事件には、基本的には「示談」という概念が存在しません。 なぜなら、薬物事件には、暴行事件の被害者のように、損害賠償を請求する権利を持つ、特定の個人としての「被害者」がいないからです。
「示談ができないのであれば、弁護士に依頼しても意味がないのではないか?」
「刑を軽くするために、一体何をすればよいのか?」
このように、途方に暮れてしまう方も少なくないでしょう。
この記事では、薬物事件に「示談」が存在しない理由と、それでもなお、弁護士に依頼することが、実刑判決を回避し、あなたの未来を守るために重要である理由について、解説します。
Q&A
Q1. 薬物事件には、本当に被害者はいないのでしょうか?家族も被害者とは言えませんか?
法律上の「被害者」という意味では、存在しない、と解釈されます。刑事手続きにおける「被害者」とは、犯罪行為によって直接的に権利を侵害され、損害賠償請求権を持つ人のことを指します。薬物事件は、本人の心身や、社会全体の法秩序を害する犯罪であり、特定の個人の権利を直接侵害するものではないため、法律上の被害者はいないのです。
もちろん、ご家族が受けた精神的・経済的な苦痛は計り知れず、事実上の「被害者」であることは間違いありません。そのご家族の苦しみや悲しみを、本人がどう受け止め、償おうとしているかを裁判で訴えていくことは、本人の反省の深さを示す上で重要です。
Q2. 示談ができないのであれば、弁護士費用を払ってまで私選弁護人を頼むメリットは何ですか?国選弁護人で十分ではないでしょうか?
示談ができないからこそ、私選弁護人の専門的な活動がより重要になります。示談という分かりやすい切り札がない薬物事件では、いかにして本人の更生意欲と、再犯しないための具体的な環境が整っているかを、客観的な証拠で示せるかが、執行猶予を勝ち取るための全てとなります。
そのためには、逮捕直後から迅速に動き出し、専門の医療機関や回復支援施設との緊密な連携、ご家族との綿密な打ち合わせ、そしてそれらを説得力のある書面にまとめる、きめ細やかで手厚い弁護活動が不可欠です。薬物事件に特化した経験豊富な弁護士を自ら選べる私選弁護人への依頼は、国選弁護人とは比較にならない大きなメリットがあります。
Q3. 弁護士に依頼すれば、必ず執行猶予が取れますか?
必ず執行猶予が取れる、というお約束はできません。最終的な判決を下すのは、裁判官だからです。特に、営利目的の事案や、同種前科が多数ある事案では、実刑判決となる可能性は高くなります。
しかし、弁護士に依頼することで、執行猶予を獲得できる可能性を、最大限に高めることができます。弁護士は、あなたにとって最善の結果を得るために、あらゆる法的手段と情状弁護を尽くします。たとえ結果が実刑となったとしても、その刑期を少しでも短くするための活動を、最後まで諦めずに行います。
解説
1.なぜ、薬物事件に「示談」という概念がないのか?
示談が成り立たない理由は、薬物犯罪が「国家的法益」や「社会的法益」を侵害する犯罪と位置づけられているからです。
- 国家的法益:国の薬物取り締まりという、正当な行政作用を害すること。
- 社会的法益:薬物の蔓延によって、国民全体の保健衛生や、健全な社会生活の平穏を害すること。
このように、被害者が「国」や「社会全体」であるため、特定の個人に謝罪し、示談金を支払って許してもらう、というプロセスが成り立たないのです。
また、薬物を使用する行為は、加害者自身の心身を破壊する行為でもあります。この点からも、損害賠償を求める相手方(被害者)を想定しにくい犯罪であることがわかります。
2.示談に代わる、執行猶予を勝ち取るための「情状弁護」
示談ができない薬物事件で、執行猶予付き判決などの寛大な処分を得るためには、被告人が二度と薬物に手を出さない、と裁判官に確信させられるだけの、客観的で具体的な証拠を積み重ねていく必要があります。これが、薬物事件における「情状弁護」の中心となります。
弁護士は、主に以下の3つの柱で、あなたに有利な情状を形成していきます。
① 薬物依存からの脱却に向けた、具体的な取り組みの開始
「もう二度とやりません」という言葉は、薬物事犯の被告人が誰もが口にする言葉であり、裁判官は聞き飽きています。重要なのは、その言葉を裏付ける「行動」です。
- 専門の医療機関での治療:薬物依存を「病気」として捉え、精神科や心療内科の専門医の診察を受け、治療を開始します。
- 回復支援施設への入寮・通所:ダルク(DARC)やNA(ナルコティクス・アノニマス)といった、薬物依存からの回復を支援する民間の施設や自助グループに繋がり、同じ苦しみを持つ仲間と共に専門的なプログラムに参加します。
② 薬物との関係を完全に断ち切るための環境調整
再び薬物に手を染める機会を、物理的に排除するための環境を作ります。
- 薬物仲間との関係清算:これまでの薬物仲間との連絡先をスマートフォンから全て消去し、SNSのアカウントを削除するなど、交友関係を完全に断ち切ったことを具体的に示します。
- 住環境の変更:薬物を使用していた場所や、入手先が近い場所から引っ越し、家族の元に身を寄せるなど、生活環境を刷新します。
③ 家族による、厳格な監督体制の構築
ご家族のサポートは、裁判官に「社会内で更生できる」と判断してもらうための、きわめて重要な要素です。
- 監督計画書の作成:ご家族が、釈放後の被告人の生活をどのように監督していくのか(定期的な尿検査の実施、金銭管理、交友関係のチェックなど)を、具体的な「監督計画書」として作成し、裁判所に提出します。
- 情状証人としての出廷:裁判では、ご家族に情状証人として出廷してもらい、法廷で「家族全員で、本人を支え、二度と過ちを犯させません」と、裁判官に直接誓約してもらいます。
3.示談がないからこそ、弁護士の存在意義がある
示談ができない薬物事件において、弁護士は、単に法律的な手続きを代行するだけではありません。あなたの更生への道のりを具体的に説明し、それを裁判官に伝える翻訳者としての重要な役割を担います。
意味①:更生への「道筋」を設計し、案内する
逮捕され、孤立しているご本人や、どうしてよいか分からず混乱しているご家族に対し、弁護士はまず、適切な医療機関や回復支援施設を紹介し、そこへ繋げるハブ(中継拠点)となります。逮捕されている間に、保釈後すぐに入寮できる施設を探し、予約を取るといった、具体的な更生の環境を、先回りして整えていきます。
意味②:更生の「取り組み」を、法的な「証拠」へと変換する
ご本人やご家族が行っている上記の様々な取り組みを、弁護士は、医師の診断書、施設の入所証明書、家族の陳述書や監督計画書、本人の反省文といった、裁判で通用する「客観的な証拠」の形にまとめ上げます。
意味③:更生の「物語」を、法廷で説得的に主張する
そして、最終弁論の場で、これらの証拠を基に、「被告人は、自らの依存症という病と真摯に向き合い、専門家の助けを借りて、これだけの具体的な努力を始めている。家族も、これだけの覚悟をもって彼を支えようとしている。彼に必要なのは、刑務所での画一的な処遇ではなく、社会の中で専門的な治療を継続し、人との繋がりの中で立ち直るチャンスである」と、裁判官の心を動かす、説得力のある主張を展開します。
まとめ
薬物事件には、たしかに「示談」という、分かりやすい解決の切り札は存在しません。しかし、だからといって、弁護士の役割がないわけでは決してありません。
むしろ、示談というカードが使えないからこそ、本人の更生への真摯な取り組みを、いかに客観的な証拠として積み上げ、それを裁判官に説得的に伝えられるかという、より専門的で、人間的な弁護活動が求められるのです。
弁護士の役割は、あなたの更生への決意を、執行猶予付き判決という「社会でやり直すためのチャンス」へと繋げるサポーターとなることです。
薬物事件で逮捕され、人生に絶望しているのであれば、どうか一人で苦しまないでください。私たちが、あなたの再起のための道筋を示します。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
薬物で逮捕された後の流れは?所持・使用・譲渡でどう違うかを解説
はじめに
路上での職務質問で、カバンから不審物が見つかった。様子がおかしいことから警察署に任意同行され、尿検査で陽性反応が出た。あるいは、薬物の売人が逮捕され、その携帯電話の履歴から芋づる式に自分にも捜査の手が及び、ある日突然、家宅捜索と共に逮捕された…。
薬物事件で逮捕されるきっかけは様々ですが、一度逮捕されてしまうと、その後の手続きは、窃盗や暴行といった他の一般的な犯罪とは少し異なる、薬物事件特有の厳しい流れをたどることが少なくありません。
特に、逮捕された容疑が、自分で使うための「所持」や「使用」なのか、それとも他人に売り渡す「譲渡」なのかによって、捜査の厳しさや、その後の身柄拘束の期間は大きく変わってきます。
この記事では、薬物事件で逮捕されてしまった後の、捜査から起訴・不起訴の判断までの一般的な手続きの流れと、逮捕容疑が「所持」「使用」「譲渡」である場合に、それぞれ捜査の焦点や注意点がどう違うのかについて解説します。
Q&A
Q1. 薬物を使用しただけで、逮捕されたときには何も持っていませんでした。それでも逮捕されるのですか?
はい、逮捕されます。覚醒剤や麻薬などの薬物については、「使用」すること自体が犯罪とされています(2024年の法改正により、大麻も使用が犯罪となりました)。警察官による職務質問の際に、言動が著しく不審であったり、腕に注射痕が見つかったりした場合、警察署への任意同行と尿検査を求められます。そして、その尿検査で薬物の陽性反応が出れば、それが「薬物を使用した」という客観的な証拠となり、現行犯逮捕(または準現行犯逮捕)されることになります。物を持っていなくても、体内の反応だけで逮捕に至るのが、薬物事犯の大きな特徴です。
Q2. 薬物事件で逮捕されたら、保釈を申請して、すぐに身柄を解放してもらえますか?
薬物事件での早期の保釈は、他の犯罪に比べて難しい傾向にあります。薬物事件の捜査では、警察は単独の犯行と見なさず、必ず入手ルートや他の使用者・売人といった「共犯者」の存在を疑います。そのため、「保釈すれば、共犯者と口裏合わせをしたり、スマートフォンに残された証拠を消去したりするおそれが高い」と判断され、裁判所も保釈に極めて慎重になります。特に、売人として「譲渡」の容疑で逮捕された場合は、組織的な背景が疑われるため、保釈が認められるハードルはさらに高くなります。保釈を勝ち取るためには、弁護士を通じて、共犯者と接触しない具体的な対策や、身元引受人による厳格な監督体制を裁判所に説得的に示す必要があります。
Q3. 家族が薬物事件で逮捕されました。すぐに面会に行けますか?
面会できない可能性があります。Q2の理由と同様に、薬物事件では共犯者との口裏合わせを防ぐため、裁判所によって「接見等禁止決定」が出されることが多くあります。この決定が出されると、たとえ家族であっても、弁護士以外は本人と一切面会(接見)することも、手紙のやり取りをすることもできなくなります。特に、複数の人間が関わる「譲渡」事件では、ほぼ確実に接見禁止がつくと考えてよいでしょう。この場合、逮捕されたご本人と外部をつなぐ唯一のパイプ役となれるのは、弁護士だけになります。
解説
1.薬物事件における、逮捕後の基本的な流れ
まず、逮捕容疑が何であれ、逮捕後の手続きは、法律で定められた以下の流れで進みます。
① 逮捕
職務質問時の所持品検査での発見(現行犯逮捕)、尿検査の結果を受けての逮捕、あるいは売人の供述などから後日逮捕状に基づき逮捕される(通常逮捕)、といった形で身柄を拘束されます。
② 警察での取調べ(~48時間)
警察署に連行され、薬物の入手ルート(いつ、どこで、誰から買ったか)、使用歴、他の使用者や売人(共犯者)の存在などについて、厳しい追及を受けます。この48時間が、その後の捜査の方向性を決める重要な期間です。
③ 検察庁への送致
逮捕から48時間以内に、事件は警察から検察庁に引き継がれます。これを「送致」といいます。
④ 検察官による取調べと勾留請求(~24時間)
送致を受けた検察官も、事件の背景や背後関係の解明を目指して取り調べを行います。そして、引き続き身柄を拘束して捜査する必要があると判断すれば、24時間以内に裁判官に対して「勾留」を請求します。逮捕から勾留請求までの最大72時間が、被疑者にとっては外部との連絡が一切取れない過酷な期間です。
⑤ 勾留・勾留延長(~20日間)
裁判官が勾留を認めると、原則10日間、身柄拘束が続きます。薬物事件は、共犯者との口裏合わせなど「証拠隠滅のおそれ」が高いと見なされ、勾留される可能性が他の犯罪に比べて非常に高いのが特徴です。また、入手ルートの解明など捜査が複雑化しやすいため、さらに10日間の勾留延長が認められることが多く、逮捕から起算して最大で23日間、社会から隔離されることになります。
⑥ 起訴・不起訴の決定
勾留期間が満了する日までに、検察官が被疑者を刑事裁判にかけるか(起訴)、かけないか(不起訴)の最終処分を決定します。
2.【行為別】捜査の焦点と注意点
逮捕された容疑が「所持」「使用」「譲渡」のいずれであるかによって、捜査の進め方や厳しさが異なります。
ケース1:「所持」で逮捕された場合
職務質問の際の所持品検査などで、薬物を所持していることが発覚し、現行犯逮捕される、よくみられるパターンです。
捜査の焦点
- 薬物の入手ルート:いつ、どこで、誰から、いくらで購入したのか。売人の特定につながる情報として、徹底的に追及されます。いわゆる「突き上げ捜査」の起点となります。
- 使用の有無:所持している以上、使用もしているのではないかと疑われ、尿検査を強く求められます。もし使用の事実も認められれば、所持罪と使用罪の両方で、より重く処罰されることになります。
- 営利目的の有無:所持していた薬物の量が多ければ、「個人的な使用の範囲を超えている」と判断され、転売目的(営利目的)を強く疑われます。
ケース2:「使用」で逮捕された場合
物としての薬物は所持していなくても、体内の反応から逮捕されるケースです。
捜査の焦点
- 薬物の入手ルート:「使用した」ということは、その直前まで「所持していた」はずです。そのため、使用した薬物を誰から、どのようにして入手したのか、厳しく追及されます。
- 共同使用者:いつ、どこで、誰と一緒に使用したのか。他の使用者の存在についても、詳しく聞かれることになります。
ケース3:「譲渡・譲り受け」で逮捕された場合
密売人として薬物を他人に販売(譲渡)した、あるいは友人同士で薬物をやり取り(譲渡し・譲り受け)したとして逮捕されるケースです。
捜査の厳しさ
このケースが、厳しい捜査と処遇を受けることになります。
- 背後関係の徹底解明:単独の犯行ではなく、より大きな薬物犯罪組織の一端と見なされます。そのため、警察・検察は、売人仲間、客、さらには上部組織や暴力団とのつながりなど、事件の全容解明を目指して、大規模かつ長期的な捜査を行います。
- 接見禁止の可能性:共犯者が多数存在するため、口裏合わせを防ぐ目的で、ほぼ確実に「接見等禁止決定」が出されます。これにより、ご家族ですら、本人と面会することはできなくなります。
- 保釈の困難さ:組織犯罪の一員と見なされるため、証拠隠滅のおそれが高いと判断され、起訴された後の保釈も、認められるハードルが高くなります。
弁護士に相談するメリット
薬物事件、特にその身柄拘束の厳しい状況下において、弁護士の役割はきわめて重要です。
接見禁止でも面会できる、唯一の存在
特に譲渡事件などで接見禁止がついた場合、弁護士はご本人と外部をつなぐ唯一のパイプとなります。取り調べの状況を確認し、法的なアドバイスを送るだけでなく、ご家族からのメッセージを伝え、孤独と不安の中で戦う本人を精神的に力強く支えます。
違法な捜査から、あなたの権利を守る
職務質問の態様は任意性を逸脱していなかったか、尿検査の同意は本当に任意だったか、家宅捜索の手続きは適法だったかなど、捜査の過程における違法性を厳しくチェックします。もし違法な捜査によって得られた証拠があれば、その証拠能力を裁判で争い、無罪判決や有利な判決を目指します。
更生への具体的な道筋をつける
薬物事件の弁護活動の最終目標は、本人の更生です。弁護士は、専門の医療機関やダルクなどの回復支援施設と連携し、保釈後、あるいは刑期終了後、スムーズに治療や回復プログラムを開始できる環境を、捜査段階から整えていきます。この具体的な取り組みこそが、裁判官の心を動かし、執行猶予付き判決を勝ち取るための武器となるのです。
まとめ
薬物事件で逮捕されると、特に入手ルートや共犯者の解明のため、長期間の勾留や接見禁止など、他の犯罪とは比較にならないほど厳しい身体拘束下に置かれる可能性が高いのが実情です。
特に、薬物の「譲渡」などに関与してしまった場合は、組織犯罪の一端と見なされ、捜査はより一層厳しく、長期化します。
このような過酷な状況で、ご本人の権利を守り、精神的に支え、そして更生への具体的な道筋をつけてあげられるのは、弁護士以外にいません。もし、あなたやご家族が薬物事件で逮捕されてしまったら、事態の深刻さを真摯に受け止め、直ちに薬物事件の弁護経験が豊富な弁護士にご相談ください。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
薬物事件の刑罰|覚醒剤・大麻・麻薬の種類と行為別の重さを解説
はじめに
覚醒剤、大麻、コカイン、MDMA…。ニュースで後を絶たない薬物犯罪の報道。一度手を染めてしまうと、その強い依存性によって自分の意思だけではやめられなくなり、心身を蝕むだけでなく、家族や社会との関係をも破壊してしまう、きわめて危険な犯罪です。
そのため、日本の法律は薬物犯罪に対して非常に厳しい罰則を定めています。しかし、その刑罰の重さは、薬物の種類や関わった行為の態様によって大きく異なります。特に、2024年12月からは大麻に対する規制が大幅に強化され、これまでの常識が通用しなくなりました。
「大麻なら、覚醒剤よりも罪は軽いのか?」
「自分で使う『所持』や『使用』と、他人に売る『営利目的』では、どれほど刑罰が変わるのか?」
もし、あなたやあなたの大切な家族が薬物事件に関与してしまった場合、こうした疑問と将来への不安に苛まれることでしょう。
この記事では、薬物犯罪を取り締まる主な法律を紹介するとともに、代表的な薬物である「覚醒剤」「大麻」「麻薬(コカイン等)」について、その種類と行為別に定められた刑罰の重さを解説します。
Q&A
Q1. 覚醒剤と大麻では、どちらの罪が重いのですか?
依然として覚醒剤の方が、大麻よりも重く処罰されます。しかし、法改正によりその差は縮まり、大麻も決して「軽い」犯罪ではなくなりました。
例えば、個人的に使用する目的での単純所持の場合、覚醒剤は「10年以下の拘禁刑」です。一方、改正後の法律では、大麻の単純所持・使用は「7年以下の拘禁刑」となり、以前の「5年以下の懲役」から大幅に厳罰化されました。法律が、覚醒剤の有害性や依存性を依然として最も深刻なものと位置づけていることに変わりはありませんが、大麻に対する社会の危機感の高まりが、この厳罰化に繋がっています。
Q2. 営利目的の「営利」とは、どのくらいの利益を上げたら認定されるのですか?
利益の金額の大小は関係ありません。「営利目的」とは、「財産上の利益を得る目的」を指します。実際に利益を得たかどうか、その額がいくらであったかは問題にならず、転売して儲けようという目的(意思)があったかどうかで判断されます。
例えば、友人から仕入れ値より少し高い金額を受け取って薬物を渡した場合でも、その差額で利益を得る目的があれば「営利目的」と認定されます。捜査機関や裁判所は、所持していた薬物の量、小分けにされた包装(パケ)の数、計量器や多数の注射器の有無、説明のつかない多額の現金、携帯電話の通信履歴といった客観的な状況から、営利目的の有無を厳しく判断します。
Q3. 薬物事件は、初犯でも実刑判決(刑務所に行くこと)はありますか?
はい、十分にあります。特に、①営利目的が認定された場合や、②覚醒剤など、特に依存性の高い薬物を相当量所持していた場合は、たとえ初犯であっても、実刑判決が下される可能性は高くなります。
また、単純な使用や所持であっても、本人の反省の態度が見られない、再犯防止への具体的な取り組みが全くない、といった場合には、裁判官が「社会内での更生は困難」と判断し、実刑を選択することもあり得ます。初犯だからといって、決して安心はできません。
解説
1.薬物犯罪を取り締まる、それぞれの法律
まず、薬物犯罪は、薬物の種類ごとに、主に以下の法律によって規制されています。
- 覚醒剤取締法
覚醒剤(メタンフェタミン、アンフェタミン。俗にシャブ、スピード、アイスなどと呼ばれる)の規制。 - 麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)
ヘロイン、コカイン、MDMA、LSDといった「麻薬」や、睡眠薬・精神安定剤などの「向精神薬」の規制。2024年12月12日より、これまで「大麻取締法」で規制されていた大麻もこの法律の「麻薬」と位置づけられ、使用を含め厳しく規制されることになりました。 - 大麻草の栽培の規制に関する法律
上記法改正に伴い、「大麻取締法」から名称が変更され、主に大麻草の栽培者の免許制などを定める法律となりました。無許可栽培の罰則は、麻薬及び向精神薬取締法に定められています。 - あへん法
あへんや、その原料となるけしの栽培などの規制。 - 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)
指定薬物(いわゆる危険ドラッグ、脱法ハーブなど)の規制。
このように、薬物の種類によって適用される法律が異なり、特に大麻に関する規制が大きく変わった点を正確に理解することが重要です。
2.【薬物別・行為別】刑罰の重さ一覧(2024年12月12日以降)
それでは、代表的な薬物について、行為別の法定刑を見ていきましょう。特に、「自分で使うための単純所持・使用」と、「転売して儲けるための営利目的」とでは、刑罰の重さが違う点に注目してください。
薬物の種類 | 行為の態様 | 法定刑(拘禁刑) |
覚醒剤 | 単純 所持・使用・譲り受け・譲り渡し | 10年以下 |
営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上の有期拘禁刑(情状により500万円以下の罰金を併科) | |
大麻 | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 7年以下 |
営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上10年以下(情状により300万円以下の罰金を併科) | |
麻薬(ヘロイン) | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 10年以下 |
営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上の有期拘禁刑(情状により500万円以下の罰金を併科) | |
麻薬(コカイン、MDMA等) | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 7年以下 |
営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上10年以下(情状により300万円以下の罰金を併科) |
※有期拘禁刑とは、期間の定めのある拘禁刑(1ヶ月以上20年以下)を指します。
3.刑罰の重さを左右する、4つの重要なポイント
上記の表からもわかるように、薬物事件の刑罰の重さは、主に以下の4つのポイントによって総合的に判断されます。
① 薬物の種類(有害性・依存性の高さ)
法律は、薬物の心身への有害性や依存性の高さを考慮して、刑罰の重さを設定しています。
覚醒剤・ヘロイン > コカイン・MDMA等 > 大麻
一般的に、この順で刑罰が重くなる傾向にあります。覚醒剤やヘロインは、精神への影響が甚大で、依存性もきわめて高いことから、最も厳しい罰則が科されています。
② 行為の態様(自己使用か、拡散か)
自分で使用する目的での「所持」や「使用」よりも、他人に薬物を渡す「譲渡し」は、薬物汚染を社会に拡大させる行為として、より悪質と見なされます。
③ 【最重要】営利目的の有無
これが、刑罰の重さを決定づける最大の分岐点です。個人的な使用目的ではなく、転売して利益を得るという「営利目的」が認定されると、刑罰は飛躍的に重くなります。
- 法定刑の下限が設定される
単純所持・使用罪には定められていない「1年以上」という刑の下限が設定され、執行猶予が付きにくくなります。 - 罰金刑が併科される
拘禁刑に加えて、数百万円単位の罰金も科されることがあります。 - 実刑判決のリスクが急増する
法定刑が重くなるため、初犯であっても実刑判決となる可能性が非常に高まります。
④ 薬物の量と前科の有無
- 薬物の量
所持していた薬物の量が多ければ多いほど、個人的な使用の範囲を超え、営利目的があったと強く推認されます。 - 前科の有無
特に、過去にも同種の薬物犯罪で有罪判決を受けたことがある場合、「全く反省していない」「更生の可能性が低い」と見なされ、実刑判決はほぼ避けられません。
弁護士に相談するメリット
薬物事件では、被害者がいないため示談はできません。だからこそ、専門家である弁護士による、以下のような独自の弁護活動が不可欠となります。
- 営利目的の意図を争う
所持していた薬物が、あくまで個人的な使用目的であり、転売して利益を得る目的ではなかったことを、客観的な証拠(本人の経済状況、薬物の使用状況など)に基づいて主張します。営利目的での起訴を回避できれば、科される刑罰を大幅に軽くできる可能性があります。 - 薬物依存からの脱却に向けた、具体的な更生支援
薬物事件の弁護活動の中心は、再犯防止への取り組みです。弁護士は、薬物依存症の治療を専門とする医療機関や、ダルクなどの回復支援施設と緊密に連携し、ご本人を適切な治療・回復プログラムへと繋げます。これは、本人の人生を救うだけでなく、裁判官に「社会内で更生する可能性がある」と示す、最も重要な情状活動となります。 - 違法捜査の有無を厳しくチェック
職務質問や所持品検査、尿検査の任意性、家宅捜索令状の適法性など、捜査の過程に違法性がなかったかを徹底的に検証します。もし違法な捜査によって得られた証拠があれば、その証拠能力を裁判で争い、無罪判決を目指すこともあります。
まとめ
薬物犯罪の刑罰は、薬物の種類と行為の態様、とりわけ営利目的の有無によって、その重さが大きく異なります。特に、覚醒剤の営利目的所持などは、初犯であっても実刑判決のリスクが非常に高い、きわめて重い犯罪です。
しかし、同時に、薬物事件は、本人の更生意欲と、治療への真摯な取り組みが、その後の処分を大きく左右する犯罪でもあります。
もし、あなたやご家族が薬物事件で逮捕されてしまったら、それは人生をリセットし、薬物依存という病気から抜け出すための、最後のチャンスかもしれません。どうか一人で絶望せず、すぐに薬物事件の弁護経験が豊富な弁護士にご相談ください。私たちが、あなたの更生と社会復帰への道をサポートします。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
2025年最新改正対応|侮辱罪の厳罰化とは?SNSでの誹謗中傷、名誉毀損との違い
はじめに
近年、SNSの普及に伴い、誰もが気軽に情報を発信できるようになった一方で、その匿名性を悪用したインターネット上での誹謗中傷が深刻な社会問題となっています。画面の向こう側にいる相手へ投げかけられた心ない言葉は、被害者の心を深く傷つけ、その社会的生命を脅かし、時には取り返しのつかない悲劇につながることもあります。
このような状況を受け、社会からは悪質な誹謗中傷行為に対して、より厳格な法的対応を求める声が高まりました。その結果、2022年7月7日、刑法が改正され、「侮辱罪」の法定刑が大幅に引き上げられる「厳罰化」が施行されました。これは、ネット上の誹謗中傷を抑止し、被害者救済をより確実なものにするための、国による重要な一歩です。
この記事では、法律事務所のホームページとして、法的知見を求める一般の方々に向けて、侮辱罪とはどのような犯罪なのか、2022年の法改正で具体的に何が変わったのか、そして混同されがちな名誉毀損罪との違いは何か、といった点を網羅的に解説します。さらに、実際に被害に遭ってしまった場合に、弁護士とともにどのような法的措置をとることができるのか、具体的なステップを追いながらご説明します。
Q&A:侮辱罪に関するよくあるご質問
Q1: SNSで「バカ」「キモい」と書かれました。これは犯罪になりますか?
はい、犯罪になる可能性があります。このような表現は、具体的な事実を指摘するものではなく、相手に対する抽象的な軽蔑や価値判断を示すものであるため、「侮辱罪」に該当する典型的な例です。犯罪が成立するかどうかの重要なポイントは、その書き込みが「公然と」行われたかどうかです。インターネット上では、不特定多数の人が閲覧できるSNSのタイムライン、掲示板、ニュース記事のコメント欄などへの投稿は、原則として「公然」の要件を満たすと考えられています。
Q2: 侮辱罪の「厳罰化」で、具体的に何がどう変わったのですか?
2022年の法改正による主な変更点は3つです。
第一に、法定刑が「拘留または科料」という非常に軽いものから、「1年以下の懲役もしくは禁錮(2025年6月1日からは『拘禁刑』に一本化)もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料」へと大幅に引き上げられました。
第二に、犯人を起訴できる期間(公訴時効)が1年から3年に延長されました。
第三に、これまでは罰せられなかった、侮辱行為をそそのかした人(教唆犯)や手助けした人(幇助犯)も処罰の対象となりました。
これにより、侮辱罪は決して軽視できない重大な犯罪と位置づけられることになりました。
Q3: 「侮辱罪」と「名誉毀損罪」のどちらで訴えるべきか、どう判断すればよいですか?
どちらの罪で訴えるべきかの判断は、問題となっている表現に「具体的な事実の摘示」が含まれているかどうかで決まります。例えば、単に「あいつは無能だ」と書けば侮辱罪の問題となります。一方で、「あいつは会社の金を横領してクビになった」というように、真実か嘘かにかかわらず、具体的な事実を挙げて社会的評価を低下させた場合は名誉毀損罪の問題となります。名誉毀損罪の方が法定刑は重いですが、成立要件が異なります。個別のケースでどちらの罪が適切か、またどのような戦略で進めるべきかを判断するには専門的な知識が必要ですので、弁護士に相談することが不可欠です。
第1部:侮辱罪とは?~2022年の厳罰化とその影響~
侮辱罪が成立する4つの要件
侮辱罪は、刑法第231条に定められています。この犯罪が成立するためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
① 事実を摘示せずに
これは、後述する名誉毀損罪との最も大きな違いです。具体的な事実を挙げるのではなく、抽象的な言葉で相手を侮辱する場合にこの要件を満たします。例えば、「バカ」「アホ」「ブス」「キモい」「死ね」といった表現や、相手を動物にたとえるような蔑称などがこれにあたります。
② 公然と
「公然と」とは、不特定または多数の人がその内容を認識できる状態を指します。インターネット上のSNSや掲示板への投稿はもちろん、会社の同僚が複数いる前での発言や、多数に送信されたメールなどもこの要件を満たします。重要なのは、実際に何人が見たかではなく、「見られる可能性があったか」という点です。
③ 人を
侮辱の対象が、特定されている必要があります。個人(自然人)はもちろん、企業などの法人や、法人格のない団体も対象となりえます。ただし、「政治家は皆嘘つきだ」「〇〇社の社員はだめだ」といったように、対象が漠然とした集団である場合には、特定の「人」に向けられたものとは言えず、侮辱罪は成立しません。
④ 侮辱すること
「侮辱」とは、相手の社会的評価を低下させるに足りる軽蔑の意思を表示することです。ここで保護されるのは、被害者個人の「傷ついた」という感情(名誉感情)そのものではなく、社会における客観的な評価です。そのため、被害者がどれだけ主観的に不快に感じたとしても、客観的に見てその人の社会的評価を低下させるような表現でなければ、侮辱罪は成立しません。
厳罰化による3つの主要な変更点
2022年7月7日に施行された改正刑法は、侮辱罪のあり方を大きく変えました。この法改正は、単なる法改正ではなく、テクノロジーの進化によって深刻化した社会問題に対する立法府の明確な意思表示と言えます。かつて刑法典の中で最も軽い刑罰しか定められていなかった侮辱罪が、現代社会におけるその深刻な実害に見合った、より強力な法的抑止力を持つ犯罪へと生まれ変わったのです。
法定刑の引き上げと「拘禁刑」の導入
改正前は「拘留(1日以上30日未満の身柄拘束)または科料(1,000円以上1万円未満の金銭罰)」のみでした。これが2022年の改正で、「1年以下の懲役若しくは禁錮、30万円以下の罰金」が追加され、従来の拘留・科料も残る形となりました。
さらに、2025年6月1日からは、この懲役刑と禁錮刑が廃止され、新たに「拘禁刑」に一本化されます。拘禁刑は、従来の刑務作業の義務の有無による区別をなくし、受刑者一人ひとりの特性に応じた処遇(改善更生のための指導や就労支援など)を行うことを目的とした、より社会復帰を重視した刑罰です。これにより、悪質なケースでは刑事施設に収容されるという重い処罰が科される可能性が生まれ、犯罪としての重大性が格段に上がりました。
公訴時効の延長
公訴時効、つまり検察官が犯人を起訴できる期間が、改正前の1年から3年へと延長されました。これは、インターネット上の匿名投稿者を特定する手続き(発信者情報開示請求)に時間がかかるという実情を考慮した、非常に重要な変更です。改正前は、被害者がようやく投稿者を特定した頃には、既に1年の時効が成立してしまい、刑事責任を問えないというケースが少なくありませんでした。時効が3年に延長されたことで、被害者が泣き寝入りすることなく、加害者の刑事責任を追及できる可能性が大きく広がりました。
教唆犯・幇助犯の処罰対象化
改正前の法律では、侮辱行為を直接実行した本人しか罰することができませんでした。しかし、改正により、他人をそそのかして侮辱的な投稿をさせた「教唆犯」や、投稿を手助けした「幇助犯」も処罰の対象となりました。これにより、集団で特定の個人を攻撃するような、ネットいじめの主犯格や協力者に対しても、刑事責任を問うことが可能になったのです。
なお、この改正法には、施行から3年後に表現の自由への影響などを検証する見直し規定が盛り込まれており、社会の変化に対応しようとする立法府の姿勢がうかがえます。
表1:侮辱罪の新旧比較
項目 | 改正前 | 改正後 |
法定刑 | 拘留 または 科料 | 1年以下の懲役・禁錮(※)、または30万円以下の罰金、または拘留・科料 ※2025年6月1日より「拘禁刑」に一本化 |
公訴時効 | 1年 | 3年 |
教唆犯・幇助犯 | 処罰対象外 | 処罰対象 |
逮捕の可能性 | 限定的 | 拡大 |
第2部:SNS時代の侮辱罪と名誉毀損罪
ネット社会における「公然性」の拡大
SNSが日常に浸透した現代において、侮辱罪や名誉毀損罪の成立要件である「公然性」の解釈は、従来とは大きく異なっています。かつて「公然」とは、街頭や集会など、物理的に人が集まる場所を指すのが一般的でした。しかし、インターネットの世界では、情報の拡散力が本質的に異なります。
法的な観点から見ると、デジタル空間における「公然性」は、その情報が最初に公開された時点での閲覧者の数よりも、その情報が技術的に拡散しうる「伝播可能性」によって判断されます。これは、一見するとプライベートな空間が、法的には公共の広場として扱われるという、現代特有の状況を生み出しています。例えば、数人しかいないLINEのグループチャットや、鍵付きのSNSアカウントへの投稿であっても、その内容がスクリーンショット等で外部に流出する可能性があれば、「公然性」が認められることがあります。ユーザーが「プライベートな設定にしているから大丈夫」と考えていても、法的にはそう判断されないリスクがあるのです。この点は、SNSを利用するすべての人が理解しておくべき重要なポイントです。
侮辱罪と名誉毀損罪の決定的違い:「事実の摘示」
侮辱罪と名誉毀損罪を分ける最も決定的な違いは、「具体的な事実を摘示」したかどうかという点にあります。この違いを理解することが、ご自身の被害がどちらにあたるのかを判断する第一歩となります。
- 侮辱罪(事実の摘示がない)
個人の主観的な価値判断や、抽象的な罵詈雑言がこれにあたります。
具体例:「あいつはバカだ」「〇〇はブス」「本当に気持ち悪い人間だ」 - 名誉毀損罪(事実の摘示がある)
その内容が真実か虚偽かを問わず、人の社会的評価を低下させるに足りる具体的な事実を指摘することがこれにあたります。
具体例:「Aは前科持ちだ」「B部長は部下のCさんと不倫している」「あの飲食店は賞味期限切れの食材を使っている」
さらに、両罪には法的な防御方法においても重要な違いがあります。名誉毀損罪には、刑法第230条の2に定められた「公共の利害に関する場合の特例」という規定が存在します。これは、摘示された事実が①公共の利害に関わるものであり、②その目的が専ら公益を図ることにあり、かつ、③その内容が真実であると証明された場合には、罰せられないというものです。例えば、政治家の汚職を告発する報道などがこれに該当します。
一方で、侮辱罪にはこのような特例規定は存在しません。たとえ公益目的であったとしても、事実の摘示を伴わない単なる侮辱行為は、処罰の対象となり得るのです。
表2:侮辱罪と名誉毀損罪の比較
項目 | 侮辱罪 | 名誉毀損罪 |
事実の摘示 | 不要 | 必要 |
具体例 | 「バカ」「キモい」「死ね」 | 「Aは前科持ちだ」「B社は脱税している」 |
法定刑 | 1年以下の拘禁刑(※)、30万円以下の罰金等 | 3年以下の拘禁刑(※)、50万円以下の罰金等 |
公共の利害に関する特例 | 適用なし | 適用あり |
※2025年6月1日より、懲役刑と禁錮刑は「拘禁刑」に一本化されました。 |
弁護士に相談するメリット
インターネット上で誹謗中傷の被害に遭ったとき、精神的に大きなショックを受け、どうしてよいか分からなくなるのは当然のことです。しかし、泣き寝入りする必要はありません。弁護士に相談することで、法的な手続きを通じて加害者の責任を追及し、被害を回復するための具体的な道筋が見えてきます。ここでは、弁護士ができることを3つのステップに分けて解説します。
ステップ1:【特定】匿名の加害者を突き止める「発信者情報開示請求」
SNSや匿名掲示板での誹謗中傷の多くは、誰が投稿したのか分からない状態で行われます。そのため、法的責任を追及するための最初のステップは、この匿名の投稿者を特定することです。この手続きを「発信者情報開示請求」といい、「情報流通プラットフォーム対処法」という法律に基づいて行われます。この法律は、従来の「プロバイダ責任制限法」が改正され、名称が変更されたものです。
従来、投稿者を特定するためには、①まずX(旧Twitter)などのサイト運営者(コンテンツプロバイダ)に対してIPアドレス等の開示を求め、②次にそのIPアドレスから判明したNTTやソフトバンクなどの接続業者(アクセスプロバイダ)に対して契約者の氏名・住所の開示を求める、という2段階の裁判手続きが必要で、時間も費用もかかるものでした。
しかし、2022年10月の法改正により、「発信者情報開示命令」という新たな裁判手続きが創設されました。この制度を利用すれば、裁判所に対して一度の申立てを行うだけで、サイト運営者と接続業者の両方に対する開示命令を一体的に進めることができ、手続きの大幅な迅速化と費用の低減が期待できます。
この発信者情報開示命令は、専門的な法律知識を要する複雑な手続きです。被害者ご自身で進めることは困難であり、申立書の作成から裁判所とのやり取りまで、専門家である弁護士のサポートが不可欠です。
ステップ2:【追及】加害者の法的責任を問う
投稿者の身元が特定できたら、次はその法的責任を追及する段階に移ります。これには、民事上の責任追及と刑事上の責任追及の2つの側面があります。
民事上の責任追及(損害賠償請求)
誹謗中傷によって受けた精神的苦痛に対して、加害者に金銭的な賠償を求めることができます。これを「慰謝料請求」といいます。
慰謝料の相場は、被害の内容によって異なりますが、裁判例を見ると、侮辱罪に該当するケースでは数万円~10万円程度、名誉毀損罪に該当するケースでは個人で10万円~50万円程度が一つの目安となります。
ここで重要なのは、加害者に請求できるのは慰謝料だけではないという点です。加害者を特定するためにかかった弁護士費用などの「調査費用」も、損害の一部として加害者に請求することが認められています。侮辱罪の慰謝料額自体は高額ではないかもしれませんが、投稿者を特定するための費用を加害者に負担させることができるため、被害者が金銭的に大きな負担を負うことなく、正義を実現することが可能になるのです。これは、費用面で法的措置をためらっている被害者にとって、大きな後押しとなるでしょう。
刑事上の責任追及(刑事告訴)
加害者に刑事罰を受けてほしいと望む場合には、警察に「告訴状」を提出し、刑事事件として捜査してもらう「刑事告訴」という手続きをとります。侮辱罪も名誉毀損罪も「親告罪」といい、被害者からの告訴がなければ検察官は犯人を起訴することができません。
しかし、警察は多忙であり、特にインターネット上のトラブルについては、被害の申告をすぐには受理してくれないケースも少なくありません。このような場合、弁護士が代理人となることで、法的要件を整理した告訴状を作成し、証拠を揃え、警察と粘り強く交渉することで、告訴を受理させ、捜査を開始させることが期待できます。
ステップ3:【解決】精神的負担の軽減と最善の解決策
弁護士に依頼する最大のメリットの一つは、被害者が加害者と直接やり取りをする必要がなくなることです。弁護士がすべての窓口となり、交渉を進めるため、被害者は精神的な負担から解放され、平穏な日常を取り戻すことに専念できます。
また、侮辱罪の厳罰化は、単に加害者を厳しく罰するためだけのものではありません。これは、民事上の示談交渉において、被害者側の立場を強力にする切り札となります。改正前は、加害者が負うリスクは拘留(30日未満)若しくは科料(1万円未満)でした。しかし今では、「拘禁刑」というリスクを負うことになります。
この「刑事罰のリスク」を背景に、弁護士は加害者との示談交渉を有利に進めることができます。単にお金で解決するだけでなく、①ウェブサイト上での謝罪文の掲載、②関連するすべての投稿の削除、③今後一切同様の行為を行わないという誓約書の締結など、被害者の名誉を回復し、将来の再発を防ぐための包括的な解決を目指すことが可能になるのです。このように、民事と刑事の両面からアプローチを戦略的に組み立てることで、被害者にとって最善の解決を実現することができるのです。
まとめ
2022年の刑法改正により、侮辱罪はもはや「軽い犯罪」ではなくなりました。SNSでの心ない一言が、拘禁刑や高額な罰金につながる可能性がある重大な犯罪行為と位置づけられたのです。誹謗中傷の被害に遭った際には、その表現が「事実の摘示」を伴わない侮辱罪なのか、伴う名誉毀損罪なのかを見極めることが重要です。そして、被害者には「発信者情報開示命令」という、迅速かつ効果的に匿名の加害者を特定するための強力な法的ツールが用意されています。
インターネット上の誹謗中傷は、放置すればするほど拡散し、被害は深刻化していきます。決して一人で抱え込まず、また「仕方ない」と諦める必要はありません。法的措置をとることは、単なる報復ではなく、ご自身の尊厳を回復し、加害者にその行為の責任を正しく認識させ、さらなる被害の拡大を防ぐための正当な権利です。
これらの法的手続きは複雑であり、専門的な知識と経験が不可欠です。もしあなたが誹謗中傷の被害に遭い、どうすればよいか分からずに悩んでいるのであれば、できるだけ早く、インターネットトラブルに精通した弁護士に相談することが、解決への最も確実な第一歩です。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、インターネット上の誹謗中傷に関するご相談を積極的にお受けしております。秘密は厳守いたしますので、まずはお気軽にお問い合わせいただき、あなたの状況をお聞かせください。私たちが、あなたの権利と尊厳を取り戻すためのお手伝いをいたします。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
転売目的の万引きは罪が重くなる?組織的な窃盗と判断されるケース
はじめに
フリマアプリやネットオークションが私たちの生活に浸透した現代において、その利便性の裏側で、「転売目的の万引き」が深刻な社会問題となっています。
自分で使うためではなく、初めから「転売して利益を得る」という目的で商品を盗む。この行為は、その場の出来心による万引きとは、動機の面で大きく異なります。そのため、捜査機関や裁判所は、このような転売目的の万引きを、単なる窃盗ではなく、利益を追求する「ビジネス型犯罪」として捉え、悪質性が高いとして、厳しく処罰する傾向にあります。
さらに、仲間と役割を分担して犯行に及ぶ「組織的な窃盗」と判断されれば、その罪は一層重くなります。初犯だから、被害額が少額だから、といった言い訳は通用しません。
この記事では、転売目的の万引きがなぜ罪が重くなるのか、そしてどのような場合に組織的な窃盗と判断され、厳しい処分が下されるのかについて解説します。
Q&A
Q1. 盗んだのは、数千円の人気の化粧品1つだけです。それでも「転売目的」だと判断されると、罪は重くなりますか?
はい、重くなる可能性が高いです。たとえ被害額が少額であっても、「転売目的」という利欲的な動機は、裁判官の心証を悪化させます。生活に困って食べ物を盗んだケースとは、同情の余地が大きく異なります。また、警察は、あなたのスマートフォンやパソコンの履歴を調べ、フリマアプリでの過去の取引履歴や、転売価格の検索履歴などがないかを徹底的に捜査します。たとえ一件の被害は小さくとも、余罪が発覚すれば、常習性・計画性が高いと見なされ、厳しい処分は避けられないでしょう。
Q2. 友人たちと複数人で万引きをしました。「組織的な窃盗」と判断されると、具体的にどのような不利益がありますか?
主に3つの不利益があります。
- 逮捕・勾留される可能性が飛躍的に高まる
仲間との口裏合わせなど、「証拠隠滅のおそれ」が高いと見なされるため、捜査の初期段階で身柄を拘束されやすくなります。 - 一人一人の刑罰が重くなる
組織的犯行という事実自体が、計画性・悪質性を高める情状として、個々の量刑を重くする方向に働きます。 - 共犯者全員が重い責任を負う
後述する「共謀共同正犯」の理論により、たとえ見張り役だったとしても、実際に商品を盗んだ実行役と同じ窃盗罪の責任を負うことになります。
Q3. 転売目的の万引きでも、被害店舗と示談すれば、執行猶予はつきますか?
示談の成立は、執行猶予を勝ち取るための重要な要素ですが、それだけで必ず執行猶予がつくとは限りません。転売目的の事案は、その悪質性から、検察官や裁判官が厳しい姿勢で臨むため、示談が成立しても起訴されたり、初犯でも実刑判決を検討されたりするケースがあります。執行猶予を獲得するためには、示談の成立に加え、二度と転売目的の犯行に手を染めないための具体的な更生計画(例えば、依存症の治療や、家族による厳しい監督など)を示し、裁判官を説得する必要があります。
解説
「金儲けのための万引き」が、なぜこれほどまでに厳しく断罪されるのか。その理由と、法的評価を詳しく見ていきましょう。
1.なぜ「転売目的」は、単なる万引きより罪が重くなるのか?
裁判官が刑罰の重さを決める際、転売目的という動機は、以下のような点で、きわめて悪質な情状として評価されます。
① 利欲的で自己中心的な動機
「生活に困窮して、やむにやまれず…」といった、同情の余地のある動機とは大きく異なります。「楽をしてお金を儲けたい」という、利欲的で自己中心的な動機は、強い非難の対象となります。
② 高い計画性
どの商品が高く売れるのかを事前にリサーチし、ターゲットとなる店舗を選び、盗んだ後の換金方法まで想定している点で、その場の出来心による衝動的な万引きとは異なり、高い計画性が認められます。
③ 常習性・再犯の危険性
一度、転売で利益を得ることに味を占めると、安易に犯行を繰り返す傾向が強く、常習性が高いと判断されます。これは、再犯の危険性がきわめて高いことを意味し、裁判所は再犯防止の観点から、厳しい処罰の必要性を感じます。
④ 大きな社会的有害性
転売目的の万引きは、単に一つの店舗に損害を与えるだけではありません。盗品が安価で市場に流通することで、正規の価格で商品を販売する小売業界全体の経済活動を阻害し、ブランド価値を毀損するなど、社会全体に与える悪影響が大きいとされています。
2.さらに罪が重くなる「組織的な窃盗」
転売目的の万引きは、一人で行われるとは限りません。友人や知人と徒党を組み、役割を分担して行われることも多く、その場合、事態はさらに深刻になります。
組織的窃盗の典型的な役割分担
- 実行役
実際に店舗に入り、商品をカバンなどに入れる役。 - 見張り役
店員や警備員、他の客の動きを監視し、実行役に合図を送る役。 - 運転手役(運び屋)
犯行後、実行役を車に乗せ、速やかに現場から逃走させる役。 - 指示役(リーダー)
全体の計画を立て、各メンバーに指示を出す役。
法的な評価:「共謀共同正犯」の成立
このような役割分担がある場合、法律上は「共謀共同正犯」(刑法第60条)が成立します。これは、「窃盗を行う」という共通の目的(共謀)のもとに、それぞれが重要な役割を担って犯行を実現したと評価されるためです。
その結果、たとえ見張り役や運転手役で、直接商品を盗んでいなくても、実行役と同様に「窃盗罪」の共同正犯として、犯行全体について刑事責任を負うことになります。「自分は手伝っただけ」という主張は、法的には通用しません。
そして、組織的であるという事実自体が、犯行の計画性・悪質性を格段に高めるため、関与した者一人ひとりの刑罰が、単独犯の場合よりも重くなるのです。
3.警察はどこまで見抜く?転売目的・組織性の捜査
警察は、被疑者の供述だけでなく、客観的な証拠から、犯行の全体像を明らかにしようとします。
- 押収物の分析
被疑者の自宅などを家宅捜索し、盗品と疑われる在庫、大量の梱包材、顧客リストなどがないかを確認します。 - デジタル・データの解析(デジタル・フォレンジック)
スマートフォンやパソコンを押収し、フリマアプリの出品・取引履歴、共犯者とのLINEやSNSでのやり取りなどを徹底的に解析します。 - 口座の捜査
資金の流れを解明するため、銀行口座の取引履歴などを捜査します。
これらの捜査により、「転売目的」や「組織性」は、本人が否認しても、客観的な証拠によって立証されてしまうケースがほとんどです。
弁護士に相談するメリット
転売目的や組織性が疑われる窃盗事件は、初犯であっても実刑判決のリスクが伴う、きわめて厳しい事案です。弁護士による専門的な弁護活動が不可欠です。
悪質性の程度を争う
たとえ転売の事実があったとしても、その規模や利益の程度、犯行の経緯などを精査し、「ビジネスとして確立されたものではなく、あくまで小遣い稼ぎ程度の、衝動的なものであった」などと主張し、悪質性が極端に高いわけではないと訴えます。組織性についても、明確な役割分担や指示命令系統はなかったと主張し、共謀共同正犯の成立範囲を限定するよう努めます。
困難な状況下での、粘り強い示談交渉
転売目的の事案では、被害店舗側も「単なる万引きではない」と、強い処罰感情を抱いていることが多く、示談交渉は難航します。弁護士は、本人の深い反省の態度を伝え、二度と繰り返さないための具体的な更生計画(依存症治療など)を示すことで、店舗側の理解を求め、粘り強く示談の成立を目指します。
実刑判決を回避するための、あらゆる情状弁護
この種の事件で執行猶予を勝ち取るためには、示談の成否だけでなく、あらゆる有利な情状を積み重ねる必要があります。弁護士は、本人の反省の深さ、家族による監督体制の構築、依存症治療への取り組み、贖罪寄付など、考えうる情状証拠を収集・提出し、「刑務所に入れるよりも、社会内で更生させるべきである」と裁判官を説得します。
まとめ
「転売目的の万引き」は、もはや単なる万引きではありません。それは、利欲を動機とする計画的で悪質な「財産犯」であり、裁判所もその点を厳しく見ています。さらに、仲間と行う「組織的な窃盗」となれば、関与した者全員が、重い刑事責任を免れることはできません。
初犯であっても、安易に執行猶予がつくとは考えないでください。
もし、あなたがこのような悪質な窃盗事件に関与してしまったのなら、事態の深刻さを真摯に受け止め、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。実刑判決を回避し、社会復帰を果たすために、私たちが最善の弁護活動を行います。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
窃盗事件で被害弁償すれば許される?「示談」との違いと効果を解説
はじめに
万引きや置き引きなどの窃盗事件を起こしてしまった…。罪の意識と後悔に苛まれる中で、「せめて、盗んでしまったお金や品物だけでも返せば(=被害弁償すれば)、それで許してもらえるのではないか」と考える方がいるかもしれません。
確かに、被害者に与えた損害を回復させる「被害弁償」は、加害者が果たすべき最低限の責任であり、何もしないよりは格段に良い対応です。あなたの反省の態度を示す、第一歩となるでしょう。
しかし、刑事事件を円満に解決し、前科がつくという最悪の事態を回避するためには、単なる「被害弁償」だけでは、全く不十分なのです。
不起訴処分や刑の減軽を勝ち取るために真に必要となるのは、被害者の許しを得て、事件そのものを解決する「示談」の成立です。
この記事では、「被害弁償」と「示談」の決定的な違い、そしてなぜ「示談」まで行わなければ意味がないのか、その理由と法的な効果について解説します。
Q&A
Q1. 被害者の方に謝罪し、盗んだお金を返そうとしたら、「お金なんかいらないから、とにかく罪を償ってほしい」と、受け取りを拒否されました。この場合、どうすればよいですか?
被害者の処罰感情が非常に強い場合、被害弁償の受け取りを拒否されることは珍しくありません。しかし、だからといって諦めてはいけません。このような場合、弁護士は「供託(きょうたく)」という法的な手続きを取ることがあります。これは、被害者が受け取らない賠償金を、国の機関である「法務局」に預ける制度です。供託をすることで、加害者側がいつでも被害弁償金を支払う準備があり、その誠意を示したという客観的な証拠を作ることができます。これは、示談成立には及ばないものの、検察官や裁判官に対し、あなたの反省の態度をアピールする上で、非常に有効な手段となります。
Q2. 被害弁償をしたくても、被害者の方がどこの誰か分からず、連絡が取れません。どうすればよいですか?
これは、特に置き引きなどの事件で起こりがちな問題です。被害者の連絡先が分からなければ、被害弁償も示談交渉も始めることができません。そして、その連絡先を警察が加害者本人に教えることは絶対にありません。このような状況を打開できるのは、弁護士だけです。弁護士が、守秘義務を負う代理人として検察官などの捜査機関に問い合わせ、被害者の方の同意を得て、初めて連絡先を入手できる可能性があります。弁護士に依頼しなければ、解決へのスタートラインにすら立てないのです。
Q3. 被害弁償もできず、示談も成立しませんでした。もう実刑判決は免れないのでしょうか?
示談が不成立であることは、きわめて不利な状況ですが、必ずしも実刑判決になると決まったわけではありません。弁護士は、示談交渉が決裂した経緯(法外な金額を要求されたなど)を裁判で主張したり、Q1で解説した「供託」の手続きを取ったり、あるいは慈善団体などへ「贖罪寄付」をしたりすることで、あなたの反省の意思を別の形で示します。また、犯行が悪質でないことや、再犯防止への具体的な取り組みなど、他の有利な情状を積み重ねることで、執行猶予付き判決を勝ち取るための弁護活動を、最後まで諦めずに行います。
解説
「返す」だけでは終わらない。真の解決である「示談」の本質と、被害回復措置の重要性の序列に迫ります。
1.回復的措置の階層構造:なぜ「示談」が最善なのか?
窃盗事件後の対応は、単なる選択肢の羅列ではありません。検察官や裁判官の判断に与える影響の度合いにおいて、明確な階層構造(序列)が存在します。
第一階層:宥恕条項付き示談
被害者が金銭的賠償を受け入れた上で、明確に「加害者の処罰を望まない」という意思表示(宥恕)をした場合。これは、当事者間の紛争が完全に解決したことを意味し、検察官が起訴を見送る「起訴猶予」処分を選択する有力な根拠となります。
第二階層:示談成立(宥恕条項なし)
金銭的な解決には至ったが、被害者の処罰感情が残り、宥恕までは得られなかった場合。これも非常に有利な情状ですが、第一階層には劣ります。
第三階層:供託
加害者側は賠償の意思と準備があることを一方的に示す手段。被害者の意思が介在しないため示談よりは効果が限定的ですが、何もしない場合に比べて格段に有利な情状となります。
第四階層:被害弁償(示談契約なし)
示談書を取り交わさず、単に金銭を手渡すなどした場合。損害が回復された事実は考慮されますが、紛争解決の合意がないため、法的な評価は低くなります。
第五階層(最終手段):贖罪寄付
上記いずれも不可能な場合の反省の情を示す手段。被害者への直接的な回復措置ではないため、効果は限定的です。
2.なぜ、「被害弁償だけ」では不十分なのか?
窃盗事件の被害者が受けた損害は、盗まれた物やお金だけではありません。そこには、目に見えない、しかし深刻な精神的損害が存在します。
- 空き巣に入られた被害者
最も安全であるべきプライベートな空間を侵された恐怖、今後も誰かに狙われるのではないかという不安。 - 万引きされた店舗
犯人への対応に追われた従業員の労力、防犯対策にかかるコスト、そして何より、客として来店した人物に裏切られたという不信感。 - 置き引きに遭った被害者
一瞬の隙を突かれたことへの悔しさ、大切な思い出の品を失った悲しみ。
これらの精神的な苦痛や迷惑は、単に盗まれた物が返ってきただけで癒えるものではありません。検察官や裁判官も、「物を返すことは、加害者として当然の行為であり、それだけで深く反省していると評価することはできない」と考えます。
被害者の許し(宥恕)が得られていない以上、被害者の処罰感情は依然として残っていると判断され、たとえ被害弁償が済んでいても、起訴されてしまうリスクは高いままなのです。
3.「示談成立」がもたらす、3つの大きなメリット
被害弁償に留まらず、慰謝料を支払い、真摯に謝罪を尽くして「示談」を成立させることには、計り知れないメリットがあります。
メリット ① :不起訴処分の可能性が高まる
示談書に「加害者を宥恕し、刑事処罰を望みません」という一文(宥恕条項)を入れてもらうことができれば、検察官は、よほど悪質な事案でない限り、起訴を見送る「起訴猶予」処分とする可能性がきわめて高くなります。これが、前科を回避するための王道です。
メリット ② :逮捕・勾留からの早期解放につながる
捜査の初期段階で弁護士が示談交渉に着手し、被害者との間で解決の見込みが立っていることを捜査機関に示すことができれば、「身柄を拘束する必要はない」と判断され、逮捕の回避や、逮捕後の早期釈放につながります。
メリット ③ :刑事裁判での減刑が期待できる
万が一、起訴されてしまった場合でも、公判までに示談が成立していれば、それは裁判官が量刑を判断する上で、最も重視する有利な情状となります。実刑判決が予想される事案でも、執行猶予付き判決を勝ち取れる可能性が高まります。
弁護士に相談するメリット
「被害弁償」で終わるか、「示談」まで辿り着けるかは、弁護士の活動にかかっています。
- 「示談」というゴールに向けた、戦略的な交渉
弁護士は、単に物を返すだけでなく、その先の「被害者の宥恕を得る」という目標を見据えて、交渉全体を戦略的に進めます。真摯な謝罪の伝え方、適切な慰謝料額の提示など、専門家ならではのノウハウで示談成立を目指します。 - 被害者との唯一の交渉窓口となる
加害者本人が接触できない被害者との間に、弁護士が唯一の交渉の窓口として立つことができます。被害者の心情に配慮しながら、冷静な話し合いの場を設けます。 - 供託などの次善策を講じることができる
被害者がどうしても示談や被害弁償に応じてくれない場合でも、弁護士は「供託」という法的手続きや、「贖罪寄付」といった次善策を講じることで、あなたの反省の意思を形にし、少しでも有利な処分が得られるよう尽力します。
まとめ
窃盗事件を起こしてしまったとき、あなたの未来を左右するのは、単に盗んだものを返す「被害弁償」で終わるか、それとも被害者の許しを得る「示談」まで成立させられるか、という点にかかっています。
被害弁償は、あくまで示談というゴールに向けたスタートラインに過ぎません。その先の、被害者の心のケアと、処罰感情の緩和まで実現して初めて、あなたは真に許され、前科を回避する道が開かれるのです。
「返せば済む」という安易な考えは捨ててください。窃盗事件を起こしてしまったら、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。私たちが、真の事件解決である「示談」の成立に向けて、あなたをサポートします。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
家族が万引きで逮捕された!本人に会うには?弁護士に依頼できること
はじめに
「息子さんが、万引きで逮捕されました。至急、警察署までお越しください」
ある日突然、警察からかかってくる一本の電話。「信じられない、何かの間違いではないか…」。頭が真っ白になり、心臓が凍りつくような衝撃と共に、一体何が起きているのか、これからどうなってしまうのか、深い不安に襲われることでしょう。
「とにかく、すぐに本人に会って、直接話を聞きたい」
「大丈夫だよと、声をかけてあげたい」
ご家族として、そう願うのは当然のことです。しかし、そこには「逮捕」という、厳しい現実の壁が立ちはだかります。逮捕直後は、たとえ親子や夫婦であっても、原則として本人と自由に面会することはできないのです。
そして、このご家族も会えない、逮捕後の限られた時間が、その後の勾留や起訴、ひいては前科の有無にきわめて大きな影響を及ぼす「不可逆点」とも言える重要な局面なのです。
この記事では、大切なご家族が万引きで逮捕されてしまったという緊急事態に直面した際に、どうすれば本人に会うことができるのか、そしてご家族として何をすべきなのか、弁護士に依頼できることについて解説します。
Q&A
Q1. 逮捕された息子に、一刻も早く会いに行きたいのですが、可能ですか?警察署に行けば会わせてくれますか?
残念ながら、会える可能性は非常に低いです。逮捕されてから検察官が勾留請求をするまでの最大72時間は、捜査の最も重要な初期段階です。この間、警察は、外部の人間との接触による証拠隠滅や口裏合わせを防ぐため、弁護士以外の者との面会(これを「接見」といいます)を、原則として認めません。警察署の窓口に行っても、「今は接見できません」と断られてしまうことがほとんどです。この「72時間の壁」を越えて、逮捕直後の本人に会えるのは、法律上、弁護士だけなのです。
Q2. 逮捕された本人に、着替えや本、現金などを差し入れしたいのですが、どうすればよいですか?
はい、差し入れは可能です。逮捕された警察署の留置管理課の窓口で、差し入れの手続きを行うことができます。差し入れできる物は、衣類(ただし、自殺や逃走防止のため、フードの紐やズボンのベルトなどは外されます)、現金、本や雑誌、便箋や切手などです。差し入れできる時間や曜日は警察署によって異なるため、事前に電話で確認することをお勧めします。また、弁護士に依頼すれば、接見の際に差し入れを代行することも可能です。
Q3. 弁護士を頼みたいのですが、費用が心配です。「国選弁護人」という制度があると聞きましたが、それではダメなのでしょうか?
国選弁護人制度は、経済的に弁護士を頼めない方のための重要な制度です。しかし、万引きのような事件で、逮捕直後の最も重要な時期に活動してもらうには、国選弁護人では間に合わないという問題があります。被疑者の段階で国選弁護人が選任されるのは、「勾留」された後だからです。逮捕後の72時間、つまり勾留されるかどうかを決める最も重要な局面で、国選弁護人はまだ存在しません。この「空白の72時間」に、示談交渉や勾留阻止のための活動を迅速に行えるのは、ご家族が自ら依頼する「私選弁護人」だけなのです。
解説
突然の逮捕という危機に、ご家族はどう立ち向かうべきか。その具体的な行動を理解しましょう。
1. 家族は会えない…逮捕直後の「空白の72時間」
ご家族が万引きで逮捕されると、法律に定められた手続きが、刻一刻と進んでいきます。
- 逮捕~警察での取調べ(最大48時間)
- 検察庁へ送致~検察官による取調べ(最大24時間)
この合計最大72時間の期間、逮捕されたご本人は、外部との連絡を一切絶たれた状態で、警察官や検察官による厳しい取り調べを受けることになります。孤独と不安、そして将来への恐怖の中で、冷静な判断をすることはきわめて困難です。
この絶望的な状況で、Q1で解説した通り、ご家族が面会することは原則としてできません。この「空白の時間」に、本人が不利な供述をしてしまったり、精神的に追い詰められてしまったりするリスクがあるのです。この72時間は、事件が長期の身柄拘束という深刻な段階へ進むのを防ぐための、事実上唯一の機会と言っても過言ではありません。
2. 家族に代わって本人を支える、弁護士の役割
この「空白の72時間」において、逮捕された本人と外部をつなぐ唯一のパイプ役となるのが、弁護士です。
① 迅速な接見による、状況把握と精神的サポート
ご家族から依頼を受ければ、弁護士は曜日や時間を問わず、直ちに警察署に駆けつけ、本人と接見します。
- 何があったのかを正確に把握
本人の言い分を詳細に聞き取り、事件の全体像を把握します。 - 取り調べへの的確なアドバイス
黙秘権の適切な行使、不利な供述調書への署名拒否など、今後の取り調べにどう臨むべきかを具体的に指導します。 - 家族からのメッセージを届ける
ご家族からの「心配している」「味方である」といったメッセージを伝えることで、本人の孤独感を和らげ、精神的に支えます。
② 早期の身柄解放に向けた、迅速な示談交渉
万引き事件で、勾留されずに早期に釈放されるための最大の鍵は、被害店舗との示談です。
- すぐに示談交渉に着手
弁護士は、接見と並行して、直ちに被害店舗に連絡を取り、示談交渉を開始します。 - 勾留阻止を目指す
勾留が請求される前に示談を成立させる、あるいは少なくとも交渉が順調に進んでいることを検察官や裁判官に示すことで、「身柄を拘束する必要はない」と判断させ、勾留を阻止し、早期の身柄解放を目指します。
3. 逮捕された家族のために、ご家族ができること
突然の出来事に動揺し、無力感に苛まれるかもしれませんが、ご家族にしかできない、きわめて重要なサポートがあります。
- 【最重要】すぐに弁護士に依頼する
これが、ご家族ができる、最も効果的で、最も愛情のあるサポートです。前述の通り、逮捕直後の72時間に動けるのは私選弁護人だけです。インターネットで「刑事事件 弁護士(地域名)」などと検索し、速やかに連絡を取ることをお勧めします。迅速な対応が、ご本人の運命を左右します。 - 差し入れで、生活と心を支える
Q2で解説した通り、差し入れは可能です。着替えなどの生活必需品はもちろんですが、特にご家族からの手紙は、外部から遮断された本人にとって、大きな心の支えとなります。事件を責めるのではなく、「待っている」「一緒に乗り越えよう」といった、温かい言葉をかけてあげてください。 - 「身元引受人」になる
弁護士が、検察官や裁判官に身柄解放を求める際、「釈放された後は、家族が責任をもって監督し、二度と罪を犯さないよう指導します」という内容の「身元引受書」を提出します。ご家族が身元引受人となることで、「逃亡のおそれがない」という強い証明となり、身柄解放の可能性が高まります。 - 示談金の準備
弁護士が示談交渉を進めるにあたり、速やかに示談金を支払えるよう、準備をしておくことも重要です。弁護士に相談し、おおよその相場を確認した上で、工面できる体制を整えておくことが重要です。
弁護士に依頼するメリットのまとめ
- 家族が会えない時間に、唯一本人と面会し、法的なサポートができる。
- 早期の示談交渉に着手し、勾留を阻止できる可能性を最大限に高められる。
- 前科がつくことを回避するための、最も有効な弁護活動を行える。
- 今後の手続きの見通しを家族に正確に伝え、不安を和らげることができる。
まとめ
大切なご家族が万引きで逮捕された。その知らせは、耐えがたいほどの衝撃と悲しみをもたらすでしょう。しかし、そこで立ち止まっている時間はありません。逮捕後の72時間は、刻一刻と過ぎていきます。
ご家族が本人に会うことも、直接励ますこともできない、その「空白の時間」。その時間に、本人と社会をつなぐ架け橋となれるのは、弁護士だけです。
ご家族としてできる最大の愛情表現は、一刻も早く、刑事事件に強い私選弁護人に依頼し、本人とのパイプを確保し、早期の身柄解放と事件の円満な解決に向けた活動をスタートさせることです。弁護士法人長瀬総合法律事務所は、突然の危機に直面したご家族とご本人に寄り添い、サポートすることをお約束します。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
窃盗の常習犯(累犯)になると刑罰は重くなる?執行猶予はつかないのか解説
はじめに
万引きや置き引きといった窃盗は、クレプトマニア(窃盗症)という病的な要因が背景にあることも多く、一度罪を犯してしまうと、自分の意思だけではやめられず、繰り返してしまう傾向が強い犯罪の一つです。
初犯であれば、被害店舗と示談が成立し、罰金刑や執行猶予付き判決で済んだかもしれません。しかし、その猶予期間中に、あるいは刑の執行を終えて間もなく、二度、三度と窃盗を繰り返してしまった場合、事態は比較にならないほど深刻になります。
日本の刑法には、「累犯(るいはん)」という規定があり、前科がある者が再び罪を犯した場合、その刑罰を重くすることが定められています。特に、窃盗を繰り返す「常習性」は、裁判官の心証を著しく悪化させ、実刑判決、つまり刑務所に行かなければならない可能性を飛躍的に高めるのです。
この記事では、窃盗の常習犯や累犯になってしまった場合に、刑罰がどれほど重くなるのか、そして執行猶予が付かなくなるのか、その厳しい現実と、それでも実刑を回避するための道筋について解説します。
Q&A
Q1. 窃盗の前科が1回あります。次に万引きで捕まったら、必ず実刑判決になりますか?
必ず実刑になるとは限りませんが、そのリスクは高くなります。前回の窃盗事件からどれくらいの期間が経っているか、今回の被害額や犯行態様、そして何よりも被害者との示談が成立しているか、といった要素によって判断は変わります。しかし、裁判官は「一度チャンスを与えたのに、また同じ過ちを犯した」と、きわめて厳しい目で見ることになります。実刑判決を回避するためには、初犯の時とは比較にならないほどの、徹底した弁護活動が必要不可欠です。
Q2. 「常習累犯窃盗」という言葉を聞きました。通常の窃盗罪とどう違うのですか?
「常習累犯窃盗」は、「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」という特別な法律に定められた、きわめて重い犯罪です。これは、過去10年間に窃盗罪などで3回以上、拘禁刑6ヶ月以上の刑を受けた者が、さらに常習として窃盗を行った場合に適用されます。通常の窃盗罪の法定刑が「10年以下の拘禁刑…」であるのに対し、常習累犯窃盗罪は「3年以上の有期拘禁刑」と、刑の下限が定められています。執行猶予が付くのは原則として「3年以下の拘禁刑」の判決なので、この罪で起訴されると、裁判官が特別な事情で刑を3年以下に減軽しない限り実刑判決となる厳しい犯罪です。
解説
一度ならず、二度、三度…。窃盗の繰り返しが、なぜこれほどまでに重く罰せられるのか。その法的根拠と、厳しい現実を見ていきましょう。
1. なぜ、窃盗の繰り返し(常習性)は重く罰せられるのか?
裁判所が、窃盗を繰り返す被告人に対して厳しい姿勢で臨むのには、明確な理由があります。
- 規範意識の欠如・強い非難
一度、刑事罰という形で国から警告を受けたにもかかわらず、再び罪を犯すという行為は、「社会のルールを守る意識(規範意識)が著しく低い」と評価されます。その更生意欲のなさは、強い社会的非難の対象となります。 - 社会内での更生への不信感
罰金刑や執行猶予付き判決は、「刑務所ではなく、社会生活を送りながら更生するチャンス」を与えるものです。そのチャンスを自ら放棄したと判断され、「社会内での更生はもはや困難であり、刑務所での専門的な矯正教育が必要である」と、裁判官に考えられてしまうのです。
2. 刑罰が法律上、加重される「累犯(るいはん)」の規定
前科がある場合の刑罰の加重は、単なる裁判官の心証の問題だけではありません。刑法には、明確な加重規定が存在します。
- 累犯(刑法第56条)
以下の条件を満たす場合に、「累犯」として扱われます。- 拘禁刑に処せられた者が、その執行を終わり、又は執行の免除を得た日から、5年以内に更に罪を犯したとき。
- 累犯加重(刑法第57条)
累犯にあたる場合、新たに犯した罪について言い渡される拘禁刑の長期(上限)が、法律で定められた刑の2倍になります。- 窃盗罪の法定刑は「10年以下の拘禁刑」ですが、累犯窃盗の場合、その上限が2倍の「20年以下の拘禁刑」の範囲で処断されることになります。
- 再度の執行猶予の原則禁止(刑法第25条2項)
前に拘禁刑以上の刑(執行猶予付きを含む)に処せられた者が、その執行猶予期間中に再び罪を犯した場合、原則として、再び執行猶予を付けることはできません。これが「再度の執行猶予の禁止」という、非常に厳しいルールです。ごく例外的に再度の執行猶予が認められるケースもありますが、そのハードルはきわめて高いのが現状です。
3. 実刑必至?「常習累犯窃盗」の恐怖
さらに、窃盗を何度も繰り返す者には、「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律(盗犯等防止法)」という、刑法より重い刑罰を定めた特別法が適用されることがあります。
常習累犯窃盗(盗犯等防止法第3条)
- 対象者
過去10年間において、窃盗罪・強盗罪などで3回以上、拘禁刑6ヶ月以上の刑に処せられたことがある者。 - 要件
上記の対象者が、さらに「常習として」窃盗などを行った場合。 - 法定刑
3年以上の有期拘禁刑
この犯罪の最も恐ろしい点は、法定刑の下限が「3年」と定められていることです。日本の法律では、執行猶予を付けることができるのは、言い渡される判決が「3年以下の拘禁刑」の場合です。
つまり、常習累犯窃盗罪で起訴されてしまうと、裁判官が法律上の減軽事由(情状酌量など)を適用して、刑を3年以下にまで減らさない限り実刑判決となり、刑務所に行かなければならないのです。
4. それでも実刑を回避するための、残された道筋
窃盗の常習犯となってしまい、実刑判決が濃厚な状況でも、諦めるべきではありません。執行猶予を勝ち取るためには、初犯の時とは比較にならない、徹底した更生への取り組みを示す必要があります。
- 全ての被害者との示談成立
これが大前提です。複数の被害者がいる場合、その全てと示談を成立させ、被害弁償を尽くす必要があります。一つでも示談が成立しなければ、実刑の可能性は格段に高まります。 - 窃盗症(クレプトマニア)の専門的な治療の開始
窃盗を繰り返してしまう背景に、「窃盗症」という病気があることを、本人も家族も正面から認め、専門の医療機関での治療やカウンセリングを直ちに開始することが不可欠です。「自分の意思ではやめられない病気だからこそ、刑務所ではなく、社会内で治療を継続させるべきだ」と、裁判官に訴えるのです。 - 家族などによる鉄壁の監督体制の構築
釈放された後の生活について、家族がどのように本人を監督し、二度と万引きができない環境を作るのかを、具体的な「監督計画書」として裁判所に提出します。例えば、「金銭管理は全て家族が行う」「一人での外出はさせない」といった、厳しい監督体制を誓約します。
弁護士に相談するメリット
窃盗の常習犯となってしまった方の弁護は、きわめて専門的な知見と経験が求められます。
- 実刑回避への、具体的な道筋の提示
常習窃盗の事案で執行猶予を勝ち取るためには、「示談」「治療」「監督」の三本柱が不可欠です。弁護士は、この方針に沿って、ご本人とご家族が何をすべきかを具体的に示し、その活動を法的な主張へと結実させます。 - 困難を極める示談交渉
常習犯に対しては、被害店舗の処罰感情も厳しく、示談交渉は難航します。弁護士は、粘り強く交渉し、全ての被害者との示談成立を目指します。 - 専門医療機関との緊密な連携
クレプトマニア治療の実績が豊富なクリニックやカウンセラーと連携し、ご本人を適切な治療へとつなげます。そして、医師の診断書や治療への取り組み状況を、裁判で最も有利な証拠として提出します。 - 裁判官の心を動かす、最後の情状弁護
法廷で、これまでの過ちを真摯に反省し、病と向き合い、家族の支えのもとで今度こそ更生するという本人の固い決意を、具体的な証拠と共に裁判官に伝え、最後のチャンスである執行猶予付き判決を求めます。
まとめ
窃盗を一度、また一度と繰り返してしまった場合、法律は「累犯」として、あなたに厳しい罰則を科します。再度の執行猶予は原則としてなく、常習累犯窃盗罪が適用されれば、実刑判決は目前に迫ります。
しかし、道が完全に閉ざされたわけではありません。全ての被害者との示談、専門的な治療、そして家族の協力。この3つを揃え、弁護士と共に「今度こそ本気で更生する」という強い決意を裁判官に示すことができれば、実刑を回避できる可能性は残されています。
「もう後がない」という崖っぷちの状況だからこそ、どうか一人で絶望せず、すぐに窃盗事件の常習事案に関する弁護経験が豊富な、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に
« Older Entries