はじめに
覚醒剤、大麻、コカイン、MDMA…。ニュースで後を絶たない薬物犯罪の報道。一度手を染めてしまうと、その強い依存性によって自分の意思だけではやめられなくなり、心身を蝕むだけでなく、家族や社会との関係をも破壊してしまう、きわめて危険な犯罪です。
そのため、日本の法律は薬物犯罪に対して非常に厳しい罰則を定めています。しかし、その刑罰の重さは、薬物の種類や関わった行為の態様によって大きく異なります。特に、2024年12月からは大麻に対する規制が大幅に強化され、これまでの常識が通用しなくなりました。
「大麻なら、覚醒剤よりも罪は軽いのか?」
「自分で使う『所持』や『使用』と、他人に売る『営利目的』では、どれほど刑罰が変わるのか?」
もし、あなたやあなたの大切な家族が薬物事件に関与してしまった場合、こうした疑問と将来への不安に苛まれることでしょう。
この記事では、薬物犯罪を取り締まる主な法律を紹介するとともに、代表的な薬物である「覚醒剤」「大麻」「麻薬(コカイン等)」について、その種類と行為別に定められた刑罰の重さを解説します。
Q&A
Q1. 覚醒剤と大麻では、どちらの罪が重いのですか?
依然として覚醒剤の方が、大麻よりも重く処罰されます。しかし、法改正によりその差は縮まり、大麻も決して「軽い」犯罪ではなくなりました。
例えば、個人的に使用する目的での単純所持の場合、覚醒剤は「10年以下の拘禁刑」です。一方、改正後の法律では、大麻の単純所持・使用は「7年以下の拘禁刑」となり、以前の「5年以下の懲役」から大幅に厳罰化されました。法律が、覚醒剤の有害性や依存性を依然として最も深刻なものと位置づけていることに変わりはありませんが、大麻に対する社会の危機感の高まりが、この厳罰化に繋がっています。
Q2. 営利目的の「営利」とは、どのくらいの利益を上げたら認定されるのですか?
利益の金額の大小は関係ありません。「営利目的」とは、「財産上の利益を得る目的」を指します。実際に利益を得たかどうか、その額がいくらであったかは問題にならず、転売して儲けようという目的(意思)があったかどうかで判断されます。
例えば、友人から仕入れ値より少し高い金額を受け取って薬物を渡した場合でも、その差額で利益を得る目的があれば「営利目的」と認定されます。捜査機関や裁判所は、所持していた薬物の量、小分けにされた包装(パケ)の数、計量器や多数の注射器の有無、説明のつかない多額の現金、携帯電話の通信履歴といった客観的な状況から、営利目的の有無を厳しく判断します。
Q3. 薬物事件は、初犯でも実刑判決(刑務所に行くこと)はありますか?
はい、十分にあります。特に、①営利目的が認定された場合や、②覚醒剤など、特に依存性の高い薬物を相当量所持していた場合は、たとえ初犯であっても、実刑判決が下される可能性は高くなります。
また、単純な使用や所持であっても、本人の反省の態度が見られない、再犯防止への具体的な取り組みが全くない、といった場合には、裁判官が「社会内での更生は困難」と判断し、実刑を選択することもあり得ます。初犯だからといって、決して安心はできません。
解説
1.薬物犯罪を取り締まる、それぞれの法律
まず、薬物犯罪は、薬物の種類ごとに、主に以下の法律によって規制されています。
- 覚醒剤取締法
覚醒剤(メタンフェタミン、アンフェタミン。俗にシャブ、スピード、アイスなどと呼ばれる)の規制。 - 麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)
ヘロイン、コカイン、MDMA、LSDといった「麻薬」や、睡眠薬・精神安定剤などの「向精神薬」の規制。2024年12月12日より、これまで「大麻取締法」で規制されていた大麻もこの法律の「麻薬」と位置づけられ、使用を含め厳しく規制されることになりました。 - 大麻草の栽培の規制に関する法律
上記法改正に伴い、「大麻取締法」から名称が変更され、主に大麻草の栽培者の免許制などを定める法律となりました。無許可栽培の罰則は、麻薬及び向精神薬取締法に定められています。 - あへん法
あへんや、その原料となるけしの栽培などの規制。 - 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)
指定薬物(いわゆる危険ドラッグ、脱法ハーブなど)の規制。
このように、薬物の種類によって適用される法律が異なり、特に大麻に関する規制が大きく変わった点を正確に理解することが重要です。
2.【薬物別・行為別】刑罰の重さ一覧(2024年12月12日以降)
それでは、代表的な薬物について、行為別の法定刑を見ていきましょう。特に、「自分で使うための単純所持・使用」と、「転売して儲けるための営利目的」とでは、刑罰の重さが違う点に注目してください。
薬物の種類 | 行為の態様 | 法定刑(拘禁刑) |
覚醒剤 | 単純 所持・使用・譲り受け・譲り渡し | 10年以下 |
営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上の有期拘禁刑(情状により500万円以下の罰金を併科) | |
大麻 | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 7年以下 |
営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上10年以下(情状により300万円以下の罰金を併科) | |
麻薬(ヘロイン) | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 10年以下 |
営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上の有期拘禁刑(情状により500万円以下の罰金を併科) | |
麻薬(コカイン、MDMA等) | 単純 使用・所持・譲り受け・譲り渡し | 7年以下 |
営利目的 所持・譲り受け・譲り渡し | 1年以上10年以下(情状により300万円以下の罰金を併科) |
※有期拘禁刑とは、期間の定めのある拘禁刑(1ヶ月以上20年以下)を指します。
3.刑罰の重さを左右する、4つの重要なポイント
上記の表からもわかるように、薬物事件の刑罰の重さは、主に以下の4つのポイントによって総合的に判断されます。
① 薬物の種類(有害性・依存性の高さ)
法律は、薬物の心身への有害性や依存性の高さを考慮して、刑罰の重さを設定しています。
覚醒剤・ヘロイン > コカイン・MDMA等 > 大麻
一般的に、この順で刑罰が重くなる傾向にあります。覚醒剤やヘロインは、精神への影響が甚大で、依存性もきわめて高いことから、最も厳しい罰則が科されています。
② 行為の態様(自己使用か、拡散か)
自分で使用する目的での「所持」や「使用」よりも、他人に薬物を渡す「譲渡し」は、薬物汚染を社会に拡大させる行為として、より悪質と見なされます。
③ 【最重要】営利目的の有無
これが、刑罰の重さを決定づける最大の分岐点です。個人的な使用目的ではなく、転売して利益を得るという「営利目的」が認定されると、刑罰は飛躍的に重くなります。
- 法定刑の下限が設定される
単純所持・使用罪には定められていない「1年以上」という刑の下限が設定され、執行猶予が付きにくくなります。 - 罰金刑が併科される
拘禁刑に加えて、数百万円単位の罰金も科されることがあります。 - 実刑判決のリスクが急増する
法定刑が重くなるため、初犯であっても実刑判決となる可能性が非常に高まります。
④ 薬物の量と前科の有無
- 薬物の量
所持していた薬物の量が多ければ多いほど、個人的な使用の範囲を超え、営利目的があったと強く推認されます。 - 前科の有無
特に、過去にも同種の薬物犯罪で有罪判決を受けたことがある場合、「全く反省していない」「更生の可能性が低い」と見なされ、実刑判決はほぼ避けられません。
弁護士に相談するメリット
薬物事件では、被害者がいないため示談はできません。だからこそ、専門家である弁護士による、以下のような独自の弁護活動が不可欠となります。
- 営利目的の意図を争う
所持していた薬物が、あくまで個人的な使用目的であり、転売して利益を得る目的ではなかったことを、客観的な証拠(本人の経済状況、薬物の使用状況など)に基づいて主張します。営利目的での起訴を回避できれば、科される刑罰を大幅に軽くできる可能性があります。 - 薬物依存からの脱却に向けた、具体的な更生支援
薬物事件の弁護活動の中心は、再犯防止への取り組みです。弁護士は、薬物依存症の治療を専門とする医療機関や、ダルクなどの回復支援施設と緊密に連携し、ご本人を適切な治療・回復プログラムへと繋げます。これは、本人の人生を救うだけでなく、裁判官に「社会内で更生する可能性がある」と示す、最も重要な情状活動となります。 - 違法捜査の有無を厳しくチェック
職務質問や所持品検査、尿検査の任意性、家宅捜索令状の適法性など、捜査の過程に違法性がなかったかを徹底的に検証します。もし違法な捜査によって得られた証拠があれば、その証拠能力を裁判で争い、無罪判決を目指すこともあります。
まとめ
薬物犯罪の刑罰は、薬物の種類と行為の態様、とりわけ営利目的の有無によって、その重さが大きく異なります。特に、覚醒剤の営利目的所持などは、初犯であっても実刑判決のリスクが非常に高い、きわめて重い犯罪です。
しかし、同時に、薬物事件は、本人の更生意欲と、治療への真摯な取り組みが、その後の処分を大きく左右する犯罪でもあります。
もし、あなたやご家族が薬物事件で逮捕されてしまったら、それは人生をリセットし、薬物依存という病気から抜け出すための、最後のチャンスかもしれません。どうか一人で絶望せず、すぐに薬物事件の弁護経験が豊富な弁護士にご相談ください。私たちが、あなたの更生と社会復帰への道をサポートします。
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