はじめに
フリマアプリやネットオークションが私たちの生活に浸透した現代において、その利便性の裏側で、「転売目的の万引き」が深刻な社会問題となっています。
自分で使うためではなく、初めから「転売して利益を得る」という目的で商品を盗む。この行為は、その場の出来心による万引きとは、動機の面で大きく異なります。そのため、捜査機関や裁判所は、このような転売目的の万引きを、単なる窃盗ではなく、利益を追求する「ビジネス型犯罪」として捉え、悪質性が高いとして、厳しく処罰する傾向にあります。
さらに、仲間と役割を分担して犯行に及ぶ「組織的な窃盗」と判断されれば、その罪は一層重くなります。初犯だから、被害額が少額だから、といった言い訳は通用しません。
この記事では、転売目的の万引きがなぜ罪が重くなるのか、そしてどのような場合に組織的な窃盗と判断され、厳しい処分が下されるのかについて解説します。
Q&A
Q1. 盗んだのは、数千円の人気の化粧品1つだけです。それでも「転売目的」だと判断されると、罪は重くなりますか?
はい、重くなる可能性が高いです。たとえ被害額が少額であっても、「転売目的」という利欲的な動機は、裁判官の心証を悪化させます。生活に困って食べ物を盗んだケースとは、同情の余地が大きく異なります。また、警察は、あなたのスマートフォンやパソコンの履歴を調べ、フリマアプリでの過去の取引履歴や、転売価格の検索履歴などがないかを徹底的に捜査します。たとえ一件の被害は小さくとも、余罪が発覚すれば、常習性・計画性が高いと見なされ、厳しい処分は避けられないでしょう。
Q2. 友人たちと複数人で万引きをしました。「組織的な窃盗」と判断されると、具体的にどのような不利益がありますか?
主に3つの不利益があります。
- 逮捕・勾留される可能性が飛躍的に高まる
仲間との口裏合わせなど、「証拠隠滅のおそれ」が高いと見なされるため、捜査の初期段階で身柄を拘束されやすくなります。 - 一人一人の刑罰が重くなる
組織的犯行という事実自体が、計画性・悪質性を高める情状として、個々の量刑を重くする方向に働きます。 - 共犯者全員が重い責任を負う
後述する「共謀共同正犯」の理論により、たとえ見張り役だったとしても、実際に商品を盗んだ実行役と同じ窃盗罪の責任を負うことになります。
Q3. 転売目的の万引きでも、被害店舗と示談すれば、執行猶予はつきますか?
示談の成立は、執行猶予を勝ち取るための重要な要素ですが、それだけで必ず執行猶予がつくとは限りません。転売目的の事案は、その悪質性から、検察官や裁判官が厳しい姿勢で臨むため、示談が成立しても起訴されたり、初犯でも実刑判決を検討されたりするケースがあります。執行猶予を獲得するためには、示談の成立に加え、二度と転売目的の犯行に手を染めないための具体的な更生計画(例えば、依存症の治療や、家族による厳しい監督など)を示し、裁判官を説得する必要があります。
解説
「金儲けのための万引き」が、なぜこれほどまでに厳しく断罪されるのか。その理由と、法的評価を詳しく見ていきましょう。
1.なぜ「転売目的」は、単なる万引きより罪が重くなるのか?
裁判官が刑罰の重さを決める際、転売目的という動機は、以下のような点で、きわめて悪質な情状として評価されます。
① 利欲的で自己中心的な動機
「生活に困窮して、やむにやまれず…」といった、同情の余地のある動機とは大きく異なります。「楽をしてお金を儲けたい」という、利欲的で自己中心的な動機は、強い非難の対象となります。
② 高い計画性
どの商品が高く売れるのかを事前にリサーチし、ターゲットとなる店舗を選び、盗んだ後の換金方法まで想定している点で、その場の出来心による衝動的な万引きとは異なり、高い計画性が認められます。
③ 常習性・再犯の危険性
一度、転売で利益を得ることに味を占めると、安易に犯行を繰り返す傾向が強く、常習性が高いと判断されます。これは、再犯の危険性がきわめて高いことを意味し、裁判所は再犯防止の観点から、厳しい処罰の必要性を感じます。
④ 大きな社会的有害性
転売目的の万引きは、単に一つの店舗に損害を与えるだけではありません。盗品が安価で市場に流通することで、正規の価格で商品を販売する小売業界全体の経済活動を阻害し、ブランド価値を毀損するなど、社会全体に与える悪影響が大きいとされています。
2.さらに罪が重くなる「組織的な窃盗」
転売目的の万引きは、一人で行われるとは限りません。友人や知人と徒党を組み、役割を分担して行われることも多く、その場合、事態はさらに深刻になります。
組織的窃盗の典型的な役割分担
- 実行役
実際に店舗に入り、商品をカバンなどに入れる役。 - 見張り役
店員や警備員、他の客の動きを監視し、実行役に合図を送る役。 - 運転手役(運び屋)
犯行後、実行役を車に乗せ、速やかに現場から逃走させる役。 - 指示役(リーダー)
全体の計画を立て、各メンバーに指示を出す役。
法的な評価:「共謀共同正犯」の成立
このような役割分担がある場合、法律上は「共謀共同正犯」(刑法第60条)が成立します。これは、「窃盗を行う」という共通の目的(共謀)のもとに、それぞれが重要な役割を担って犯行を実現したと評価されるためです。
その結果、たとえ見張り役や運転手役で、直接商品を盗んでいなくても、実行役と同様に「窃盗罪」の共同正犯として、犯行全体について刑事責任を負うことになります。「自分は手伝っただけ」という主張は、法的には通用しません。
そして、組織的であるという事実自体が、犯行の計画性・悪質性を格段に高めるため、関与した者一人ひとりの刑罰が、単独犯の場合よりも重くなるのです。
3.警察はどこまで見抜く?転売目的・組織性の捜査
警察は、被疑者の供述だけでなく、客観的な証拠から、犯行の全体像を明らかにしようとします。
- 押収物の分析
被疑者の自宅などを家宅捜索し、盗品と疑われる在庫、大量の梱包材、顧客リストなどがないかを確認します。 - デジタル・データの解析(デジタル・フォレンジック)
スマートフォンやパソコンを押収し、フリマアプリの出品・取引履歴、共犯者とのLINEやSNSでのやり取りなどを徹底的に解析します。 - 口座の捜査
資金の流れを解明するため、銀行口座の取引履歴などを捜査します。
これらの捜査により、「転売目的」や「組織性」は、本人が否認しても、客観的な証拠によって立証されてしまうケースがほとんどです。
弁護士に相談するメリット
転売目的や組織性が疑われる窃盗事件は、初犯であっても実刑判決のリスクが伴う、きわめて厳しい事案です。弁護士による専門的な弁護活動が不可欠です。
悪質性の程度を争う
たとえ転売の事実があったとしても、その規模や利益の程度、犯行の経緯などを精査し、「ビジネスとして確立されたものではなく、あくまで小遣い稼ぎ程度の、衝動的なものであった」などと主張し、悪質性が極端に高いわけではないと訴えます。組織性についても、明確な役割分担や指示命令系統はなかったと主張し、共謀共同正犯の成立範囲を限定するよう努めます。
困難な状況下での、粘り強い示談交渉
転売目的の事案では、被害店舗側も「単なる万引きではない」と、強い処罰感情を抱いていることが多く、示談交渉は難航します。弁護士は、本人の深い反省の態度を伝え、二度と繰り返さないための具体的な更生計画(依存症治療など)を示すことで、店舗側の理解を求め、粘り強く示談の成立を目指します。
実刑判決を回避するための、あらゆる情状弁護
この種の事件で執行猶予を勝ち取るためには、示談の成否だけでなく、あらゆる有利な情状を積み重ねる必要があります。弁護士は、本人の反省の深さ、家族による監督体制の構築、依存症治療への取り組み、贖罪寄付など、考えうる情状証拠を収集・提出し、「刑務所に入れるよりも、社会内で更生させるべきである」と裁判官を説得します。
まとめ
「転売目的の万引き」は、もはや単なる万引きではありません。それは、利欲を動機とする計画的で悪質な「財産犯」であり、裁判所もその点を厳しく見ています。さらに、仲間と行う「組織的な窃盗」となれば、関与した者全員が、重い刑事責任を免れることはできません。
初犯であっても、安易に執行猶予がつくとは考えないでください。
もし、あなたがこのような悪質な窃盗事件に関与してしまったのなら、事態の深刻さを真摯に受け止め、直ちに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。実刑判決を回避し、社会復帰を果たすために、私たちが最善の弁護活動を行います。
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