はじめに
会社の経理を担当し、預金の管理を任されている。営業担当として、顧客から売上金を集金する立場にある。このような、業務として会社のお金や物品を預かる立場の人が、そのお金を自分の借金返済や遊興費に充ててしまった…。
このような行為は、単なる「使い込み」や「借りただけ」では決して済みません。それは、「業務上横領罪」という、刑法に定められたきわめて重い犯罪にあたります。
業務上横領は、会社から寄せられた信頼を根底から裏切る、悪質な行為と見なされます。そのため、発覚すれば、懲戒解雇は免れず、築き上げてきた社会的信用やキャリアは一瞬にして崩れ去ります。それだけでなく、厳しい刑事罰が科される可能性も高いのです。
この記事では、業務上横領罪がどのような場合に成立するのか、その重い刑罰の内容、そして発覚後に逮捕や実刑判決を回避するために取るべき最善の対処法について解説します。
Q&A
Q1. 使い込んだお金は、後で給料が入ったらこっそり返すつもりでした。それでも横領になるのですか?
はい、明確に業務上横領罪が成立します。横領罪が成立するかどうかの重要なポイントは、不法領得の意思(ふほうりょうとくのいし)があったかどうかです。これは、「他人の物を、権限がないのに自分の所有物として、その経済的な用法に従って利用・処分する意思」を指します。たとえ一時的であっても、会社のお金を、許可なく自分の借金返済や生活費などに使った時点で、あたかも自分の銀行口座のように扱ったと見なされ、この不法領得の意思があったと判断されます。「後で返すつもりだった」という内心の動機は、犯罪の成立を左右しません。
Q2. 業務上横領罪には、罰金刑はありますか?示談すれば、罰金で済む可能性はありますか?
いいえ、業務上横領罪には、罰金刑の定めがありません。法定刑は「10年以下の拘禁刑」のみです。これは、業務上横領罪が、信頼関係を裏切る悪質な財産犯として、単純な窃盗罪よりも重く位置づけられていることを意味します。したがって、起訴されて有罪になれば、判決は必ず「懲役刑(実刑または執行猶予)」となります。罰金刑で済むことは絶対にありません。だからこそ、起訴を回避するための示談交渉が、より一層重要になるのです。
Q3. 会社にばれる前に、横領したお金を全額、口座に戻しておきました。これで罪にはなりませんか?
残念ながら、罪がなくなるわけではありません。Q1で解説した通り、会社のお金を自分のものとして使った時点で、業務上横領罪はすでに成立(既遂)しています。その後、発覚前に全額を返済したとしても、成立した犯罪の事実が消えるわけではないのです。ただし、発覚前に自主的に被害を全額回復させたという事実は、きわめて有利な情状となります。もし会社がその事実を知った上で、警察に告訴しなければ、刑事事件化せずに済む可能性は十分にあります。
解説
業務上横領罪(刑法第253条)が成立するまで
業務上横領罪は、以下の要素が揃ったときに成立します。
- ① 「業務上」預かっていること
ここでの「業務」とは、社会生活上の地位に基づいて、反復・継続して行われる事務を指します。経理担当者による会社預金の管理、営業担当者による売上金の集金などが典型例です。この「業務」に基づき物を預かるという点が、特別な信頼関係(委託信任関係)の存在を示しており、この信頼を裏切ることが、罪を重くする根源的な理由です。 - ② 「自己の占有する他人の物」であること
自分自身が管理を委託されている(=占有している)、会社など他人のお金や物品が対象です。自分が占有していない、会社の金庫に厳重に保管されているお金を盗み出した場合は、横領ではなく「窃盗罪」となります。 - ③ 「横領」したこと
管理を任されているお金や物品を、委託された任務に背いて、あたかも自分の所有物であるかのように、勝手に消費したり、売却したりする行為を指します。この行為の根底に、「不法領得の意思」があることが必要です。
業務上横領罪の、罰金刑のない重い刑罰
業務上横領罪の法定刑は、「10年以下の拘禁刑」と定められています。
前述の通り、罰金刑の規定がないことが、この犯罪の最大の特徴であり、恐ろしさです。これは、窃盗罪(10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)と比較しても、その悪質性が重く評価されていることを示しています。
刑罰の重さを決める判断基準
実際に科される懲役刑の長さは、どのような基準で決まるのでしょうか。
- 被害額(横領額)
最も重要な判断基準です。- 数十万円~100万円程度:示談が成立すれば、執行猶予付き判決の可能性が高い。
- 数百万円:示談が成立しても、実刑判決のリスクが生じ始める。
- 1000万円以上:示談が成立しても、実刑判決となる可能性が非常に高い。
- 期間・回数
長期間にわたり、常習的に横領が繰り返されていると、悪質と判断されます。 - 動機
借金返済、ギャンブル、奢侈(しゃし)といった自己中心的な動機は、厳しい評価を受けます。 - 【最重要】被害弁償と示談の成否
横領した金額を弁償し、会社から許しを得られているかどうかが、執行猶予がつくか、実刑になるかを分ける最大のポイントです。
【法改正情報】
2022年6月の刑法改正により、2025年までに「懲役刑」は「拘禁刑」に一本化されます。業務上横領罪の法定刑も、「10年以下の拘禁刑」となります。
横領が発覚!人生を再建するための、唯一の対処法
会社の金に手をつけてしまった…。もしその事実が会社に発覚したら、パニックに陥り、嘘でごまかそうとしてしまうかもしれません。しかし、それは事態を悪化させるだけです。取るべき道は、刑事、民事、そして雇用関係の問題を一体として解決する、包括的な危機管理です。
ステップ ① :被害の全容を正直に把握・報告する
まずは、いつから、何回にわたり、総額でいくら横領したのか、ごまかさずに全ての事実を正直に会社に報告し、心から謝罪することが第一歩です。隠蔽や嘘は、会社の怒りを増幅させ、刑事告訴へと直結します。
ステップ ② :被害弁償と示談交渉
刑事事件化と実刑判決を回避するための、最も重要な活動です。
- 全額の一括返済が理想
横領した金額の全額を、一括で返済することが、最も強い反省の態度を示すことになります。親族に援助を請う、自宅を売却するなど、あらゆる手段を尽くして資金を工面する必要があります。 - 分割返済の交渉
どうしても一括返済が無理な場合は、具体的な返済計画(毎月いくらずつ、何年間で完済するか)を提示し、会社に受け入れてもらえるよう交渉します。この際、親族に連帯保証人になってもらうなどの誠意を示すことが重要です。 - 示談書の締結
示談がまとまったら、「本件について、被害届や告訴状を提出しません」「既に提出済みの告訴状を取り下げます」といった内容を盛り込んだ示談書を締結します。これには通常、退職に関する合意や守秘義務条項も含まれます。
弁護士に相談するメリット
業務上横領は、加害者と会社(被害者)との間に、雇用関係という特殊な関係性があるため、交渉はきわめて複雑で、感情的になりがちです。弁護士の存在が重要となります。
- 会社の怒りを和らげ、冷静な交渉の場を設定する
信頼していた従業員に裏切られた会社の経営者の怒りは、計り知れません。弁護士が、加害者の代理人として間に立ち、法的な観点から冷静に話し合いを進めることで、感情的な対立を避け、円満な示談交渉のテーブルを設定します。 - 正確な被害額の確定と、現実的な返済計画の交渉
会社の調査した被害額と、本人の認識にズレがある場合、弁護士が客観的な証拠に基づいて、法的に賠償すべき正確な金額を確定させます。その上で、加害者の経済状況を踏まえた、現実的な分割払いの計画を会社に提示し、合意形成を目指します。 - 刑事告訴の回避・取下げに向けた働きかけ
弁護士は、示談交渉を通じて、会社に対し「彼を刑事罰に処しても、会社には一円も入ってこない。それよりも、今後真面目に働かせて、分割ででも全額を回収する方が、会社にとっても合理的ではないか」といった視点から、刑事告訴を回避、あるいは取り下げてもらえるよう、説得的に交渉します。 - 逮捕・実刑判決の回避
万が一告訴されてしまった場合でも、弁護士は示談交渉の進捗を捜査機関や裁判所に報告し、被害弁償への真摯な努力を訴えることで、逮捕や勾留、そして最終的な実刑判決を回避し、執行猶予付き判決を勝ち取るために全力を尽くします。
まとめ
業務上横領罪は、「10年以下の拘禁刑」という、罰金刑のない重い犯罪です。「後で返すつもりだった」という言い訳は一切通用せず、一度手を染めれば、あなたのキャリアと人生を破滅させる深刻なリスクを伴います。
もし、あなたが会社のお金に手をつけてしまったという過ちを犯してしまったのなら、その解決の道は、会社に真摯に謝罪し、横領したお金を全額弁償し、示談を成立させることです。
そして、その困難な交渉を成功に導き、あなたの未来を守ることができるのは、法律と交渉の専門家である弁護士になります。横領の事実が発覚したら、あるいは発覚しそうだと感じたら、一刻も早く弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。私たちが、あなたの人生の再スタートをサポートします。
その他の刑事事件コラムはこちら
初回無料|お問い合わせはお気軽に