はじめに
家庭という、最も安全であるべきはずの密室で、配偶者やパートナーから振るわれる暴力「DV(ドメスティック・バイオレンス)」。
「これは夫婦喧嘩の延長だ」「売り言葉に買い言葉だから仕方ない」「家庭内の問題だから、他人に相談すべきではない」…。加害者自身が罪の意識を感じにくいだけでなく、被害者も恐怖や経済的な依存から、外部に助けを求められずにいるケースは少なくありません。
しかし、断言します。DVは、れっきとした「犯罪」です。
夫から妻へ、妻から夫へ、その性別や関係性を問わず、相手の身体を傷つければ「傷害罪」、暴力を振るえば「暴行罪」、言葉で脅せば「脅迫罪」が成立します。ある日、耐えかねたあなたのパートナーが警察に駆け込み、被害届を提出すれば、あなたは犯罪の「被疑者」として、刑事事件の当事者となるのです。
この記事では、DVがどのように刑事事件として扱われるのか、そして配偶者から被害届を出されてしまった場合に、事態をどう収拾し、どう対処していくべきかを解説します。
Q&A
Q1. 夫婦間の暴力も、赤の他人に対する暴力と全く同じように罰せられるのですか?
はい、基本的には同じように罰せられます。 かつては、親族間の窃盗が罪にならない(親族相盗例)のと同様に、暴行罪や傷害罪にも、配偶者間では被害者の告訴がなければ起訴できない「親告罪」の規定が適用されるべきかという議論がありました。しかし、DV問題の深刻化を受け、判例・実務ともに、現在では夫婦間の暴力であっても、他人への暴力と区別することなく、同じ基準で処罰されることが確立しています。「夫婦だから」という言い訳は通用しません。
Q2. 妻が警察に被害届を出しましたが、その後、冷静になって「やっぱり取り下げたい」と言っています。これで事件は終わりになりますか?
事件が自動的に終わりになるわけではありません。 被害届が一度受理されると、警察は捜査を開始する義務があります。被害者の方が「取り下げたい」という意思を示したとしても、検察官が「DV事案の悪質性に鑑み、処罰すべき」と判断すれば、起訴される可能性は残ります。ただし、被害者の処罰意思がなくなったという事実は、検察官の判断にきわめて大きな影響を与えます。弁護士を通じて、被害者の真意を記した「嘆願書」や「被害届取下書」を検察官に提出することで、不起訴処分となる可能性は高くなります。
Q3. DVが原因で警察に逮捕されました。すぐに家に帰してもらえるのでしょうか?
すぐに家に帰ることは、難しい可能性が高いです。 DV事案で警察が逮捕に踏み切る最大の目的は、加害者と被害者を物理的に引き離し、被害者の安全を確保することにあります。そのため、逮捕後、検察官が勾留を請求し、裁判官も「加害者を家に帰せば、被害者に報復したり、被害届を取り下げるよう脅したりする危険性(証拠隠滅のおそれ)がある」と判断し、勾留が認められやすい傾向にあります。すぐに身柄を解放してもらうためには、弁護士を通じて、被害者の安全が確保されていることや、加害者が実家に身を寄せるなど、家に近づかないことを具体的に約束する必要があります。
解説
「家庭内の問題」では済まされないDV。その法的な側面と、正しい対処法を理解しましょう。
DVは、これらの「犯罪」にあたる
DVと一言で言っても、その内容は様々です。そして、その多くが、刑法上の明確な犯罪に該当します。
身体的DV
- 暴行罪
殴る、蹴る、髪を引っ張る、物を投げつける、突き飛ばす など - 傷害罪
上記の暴行の結果、相手に打撲、骨折、切り傷などの怪我を負わせる行為。精神的ストレスによりPTSDなどを発症させた場合も、傷害罪に問われ得ます。
精神的DV
- 脅迫罪
「殺すぞ」「言うことを聞かないと、お前の実家に火をつけるぞ」などと、相手やその親族の生命・身体・財産などに害を加えることを告知する行為。 - 名誉毀損罪
大勢の前で「こいつは浮気をしている」などと、相手の社会的評価を下げるような事実を公然と述べる行為。
経済的DV・その他のDV
- 器物損壊罪
相手が大切にしている物や、スマートフォンなどを破壊する行為。 - 住居侵入罪・不退去罪
別居後に、相手の許可なく家に侵入したり、「出ていけ」と言われているのに居座り続けたりする行為。
このように、家庭内で行われる暴力や暴言は、場所が家庭であるというだけで、その違法性がなくなるわけでは全くありません。
DVが刑事事件化し、警察が介入するプロセス
DVは、以下の流れで刑事事件として扱われることになります。
ステップ①:被害者による警察への相談・被害届の提出
被害者が、身の危険を感じて110番通報したり、警察署に駆け込んで相談したりします。そこで、被害の状況を話し、暴力を振るわれた事実を申告する「被害届」や、加害者の処罰を強く求める「告訴状」を提出します。
ステップ②:警察による積極的な介入
DV事案の対応について、警察は「被害者の安全確保を最優先」とする方針を明確にしています。「民事不介入」の原則は、DVには適用されません。警察は、被害者から話を聞き、怪我の写真や診断書、録音データなどの証拠を集め、積極的に捜査を開始します。
ステップ③:DV防止法に基づく「保護命令」
刑事事件とは別に、被害者は、地方裁判所に対して「DV防止法」に基づく「保護命令」を申し立てることができます。これが認められると、裁判所は加害者に対し、
- 接近禁止命令
6ヶ月間、被害者の身辺につきまとったり、住居や勤務先の付近をはいかいしたりすることを禁止 - 退去命令
2ヶ月間、同居している住居から退去し、その付近をはいかいすることを禁止
などを命じます。この裁判所の命令に違反すると、それ自体が「1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金」という犯罪になります。
ステップ④:逮捕・勾留
警察は、事案が悪質である、被害者が強く身の危険を訴えている、といった場合に、加害者を逮捕します。前述の通り、被害者保護の観点から、逮捕・勾留されやすい傾向にあります。
配偶者から被害届を出された場合の、正しい対処法
被害届が出されてしまったら、感情的に対応しても事態は悪化するだけです。冷静に、以下の対処法を検討してください。
① 自分の行為を認め、真摯に謝罪する
まずは、自分の行為が、相手を深く傷つける「犯罪」であったことを真摯に認め、心から謝罪することが全ての始まりです。言い訳や責任転嫁は、関係の修復を不可能にするだけです。
② 専門家の力を借りて、自分自身と向き合う
DVは、加害者自身の心の問題(怒りのコントロールができない、ストレスへの対処法を知らない等)に起因することが少なくありません。DV加害者向けの更生プログラムや、心療内科、カウンセリングなど、専門家の助けを借りて、二度と暴力を振るわないための自分に変えていく努力を始めることが不可欠です。
③ 弁護士を通じた、誠実な示談交渉
当事者同士での話し合いは、さらなる感情的な対立を生むだけです。弁護士に依頼し、代理人として被害者と交渉してもらうのが最善です。
- 慰謝料の支払い
精神的苦痛や治療費に対する賠償として、適切な額の慰謝料を支払います。 - 今後の約束
示談書の中で、「二度と暴力を振るわない」「専門機関でのカウンセリングに通い続ける」「接近しない」といった、具体的な約束をします。 - 関係の再構築または円満な解消
示談交渉を通じて、関係を修復していくのか、あるいは離婚という形で円満に関係を解消するのか、今後の方向性についても冷静に話し合います。
弁護士に相談するメリット
DV事案は、刑事事件であると同時に、複雑な家族間の問題でもあります。弁護士は、両方の側面からあなたをサポートします。
- 被害者との冷静な対話の窓口となる
加害者本人とは話したくない、という被害者の気持ちを汲み取り、弁護士が間に立つことで、初めて冷静な対話のチャンネルが開かれます。被害者の真意を正確に把握し、加害者の謝罪の気持ちを正しく伝えます。 - 刑事事件と民事事件の同時解決
弁護士は、刑事処分を軽くするための示談交渉と同時に、離婚や親権、財産分与といった、民事上の問題を一体的に解決するための交渉を行うことができます。 - 逮捕・勾留からの早期解放
逮捕されてしまった場合でも、弁護士が被害者側と連絡を取り、「加害者は実家に身を寄せ、被害者には近づかないと約束している」「更生プログラムに通うことを誓約している」といった、被害者の安全が確保されていることを示す証拠を揃え、早期の身柄解放を目指します。
まとめ
DVは「家庭内の問題」という言葉で覆い隠されるべきものではなく、被害者の心と身体を深く傷つける、紛れもない「犯罪」です。そして、一度被害届が提出されれば、警察は積極的に介入し、あなたの人生は刑事事件の被疑者として、大きく揺れ動くことになります。
その危機を乗り越え、事件を真に解決するためには、自らの過ちを認め、専門家の助けを借りて更生への道を歩み始めるとともに、弁護士を通じて被害者の方と誠実に向き合い、謝罪と賠償を尽くすことが不可欠です。
もし、あなたがDVという過ちを犯し、パートナーとの関係、そしてご自身の未来に苦しんでいるのであれば、どうか一人で抱え込まないでください。
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