はじめに
検察庁に呼び出され、取り調べの最後に検察官から「この事件は略式(りゃくしき)で進めたいと思いますが、よろしいですね?」と、同意を求められることがあります。
「公開の裁判は避けられる」「罰金を払うだけで終わるらしい」「早く事件を終わらせたい」…そんな思いから、深く考えずに同意書にサインしてしまう方が少なくありません。
しかし、そのサインは、あなたの人生に「前科」を刻むことを意味します。略式起소(略式手続き)は、有罪であることを自ら認めることが大前提の手続きだからです。
この記事では、一見すると手軽で簡単な「略式起訴」とはどのような制度なのか、そのメリットと、見過ごされがちなデメリット、そして安易に同意すべきでないケースと、それを拒否する方法について解説します。
Q&A
Q1. 罰金を払えば、それで終わりで前科はつかないのではないですか?
これは最も多い誤解の一つです。罰金刑も、懲役刑や禁錮刑と同じく、法律上の刑罰であり、有罪判決の一種です。 略式命令によって罰金を支払った場合、その事実は検察庁の管理する犯罪人名簿に記録され、紛れもない「前科」となります。この前科は、特定の職業に就けなくなったり、海外渡航に影響が出たりと、将来の社会生活において様々な不利益をもたらす可能性があります。「罰金=前科なし」では決してありません。
Q2. いったん略式起訴に同意してしまった後で、それを取り消すことはできますか?
検察官の前で同意書にサインしてしまった後でも、検察官が裁判所に略式起訴の請求をする前であれば、同意を撤回することは理論上可能です。しかし、一度同意したものを覆すのは簡単ではありません。また、略式命令が裁判所から出された後でも、その告知を受けてから14日以内であれば、正式な裁判を開くよう請求(正式裁判請求)することができます。ただし、手続きが複雑になるため、同意する前に慎重に判断することが何よりも重要です。
Q3. 略式起訴を拒否したら、どうなるのですか?必ず刑が重くなりますか?
略式起訴を拒否すると、検察官は通常の刑事裁判を求める「公判請求」を行うことになります。つまり、公開の法廷で審理されることになります。これを恐れて同意してしまう方が多いのですが、正式裁判になったからといって、必ずしも罰金刑より重い刑罰が科されるわけではありません。 裁判官が検察官の主張に縛られずに判断するため、逆に罰金額が低くなる可能性や、無罪となる可能性さえあります。もちろん、事案によってはより重い判断が下されるリスクもゼロではありませんが、「拒否=不利益」と短絡的に考えるべきではありません。
解説
「罰金で済むなら」という安易な判断が、取り返しのつかない結果を招くこともあります。略式起訴の正体について、詳しく見ていきましょう。
略式起訴(略式手続き)の仕組みとは?
略式起訴とは、検察官が「100万円以下の罰金または科料」が相当と判断した比較的軽微な事件について、被疑者の同意を得て、公開の裁判を開かずに書面審理のみで罰金刑を求める手続きのことです。正式名称を「略式手続」といいます。
その流れは以下の通りです。
- 検察官による説明と同意の確認
検察官が被疑者に対し、略式手続きの内容を説明し、異議がないかを確認します。被疑者が同意すると、その旨を記載した書面に署名・押印します。 - 検察官による略式起訴
検察官が簡易裁判所に対し、捜査書類とともに略式命令を出すよう請求(起訴)します。 - 裁判官による書面審理
裁判官は法廷を開かず、検察官から提出された書類のみを見て、罰金の額などを判断します。 - 略式命令の発付
裁判所から被疑者(この時点から被告人)の自宅などに、「略式命令」と書かれた書面と罰金の納付書が郵送されてきます。 - 罰金の納付
指定された期限内に罰金を納付すれば、すべての刑事手続きは終了です。
この手続きの最大の特徴は、①公開の裁判がないこと、②スピーディーに終わること、③本人の言い分を聞く場がないことです。
メリットと、知っておくべき重大なデメリット
略式起訴には、一見すると魅力的なメリットがあります。しかし、その裏には重大なデメリットが隠されています。
メリット
- 手続きの迅速性
起訴から命令発付まで数週間程度で終わり、事件を早期に終結させることができます。 - 身体拘束からの解放
逮捕・勾留中に略式起訴された場合、罰金を納付(または仮納付)すれば、その日のうちに釈放されることがほとんどです。 - プライバシーの保護
公開の法廷に出る必要がないため、裁判の傍聴などを通じて事件のことが他人に知られるリスクを低減できます。
デメリット
- 【最重要】100%、有罪・前科となる
これが最大のデメリットです。略式手続きは、被疑者が罪を認めていることが前提です。そのため、無罪になることは絶対にありません。 略式命令は有罪判決と同じ効力を持ち、罰金刑という「前科」があなたの経歴に記録されます。 - 反論の機会がない
書面審理のみで進むため、公開の法廷で「それは事実と違う」と反論したり、「酌むべき事情があった」と情状を訴えたりする機会が一切ありません。検察官の作成したストーリーが、そのまま事実として認定されてしまいます。 - 証拠を争えない
検察官が提出した証拠について、その信用性を争うことができません。例えば、不当な取り調べによって作成された供述調書があったとしても、それがそのまま有罪の証拠として採用されてしまいます。
略式起訴に同意すべきでないケース
以上のデメリットを踏まえると、以下のようなケースでは、安易に略式起訴に同意すべきではありません。
- ケース1:無実を主張したい場合(否認事件)
言うまでもありませんが、やっていない罪で略式起訴を打診された場合は、絶対に同意してはいけません。 同意することは、無実の主張を自ら放棄し、無実の罪で前科を背負うことを意味します。 - ケース2:事実関係に争いがある場合
大筋で罪を認めていても、その内容に納得できない点がある場合も同様です。
(例)「盗んだのは事実だが、被害額は検察官が言う金額よりずっと少ない」
このような場合、略式起訴に同意すると、あなたの言い分は一切考慮されず、検察官の主張する事実(高額な被害額等)がそのまま認定されてしまいます。 - ケース3:罰金額や刑の重さに不満がある場合
罰金額に納得がいかない場合や、正式な裁判で情状を尽くせば、より軽い処分(例えば罰金額の減額)が見込める場合も、拒否を検討する価値があります。
略式起訴を拒否する方法と、その後の流れ
では、略式起訴を拒否したい場合、どうすればよいのでしょうか。
- 拒否の方法
検察官に対して、「略式手続きには同意しません。正式な裁判を求めます」と、明確な言葉で意思表示をしてください。そして、同意書への署名・押印を断りましょう。 - 拒否した後の流れ
あなたが略式起소を拒否すると、検察官は通常の刑事裁判(公判)を求める「公判請求」をすることになります。その後は、起訴状が自宅に届き、約1~2ヶ月後に公開の法廷で第一回公判が開かれる、という通常の刑事裁判の流れに乗ります。そこでは、弁護人と共に、無罪を主張したり、有利な情状を訴えたりすることが可能になります。
弁護士に相談するメリット
検察官から略式起訴を打診された場面でこそ、弁護士の存在が大きな意味を持ちます。
- 同意すべきか否かの的確な法的アドバイス
弁護士は、事件の証拠関係や事案の性質を分析し、略式起소に応じた場合のメリット・デメリットと、正式裁判で争った場合の見通し(無罪の可能性、刑罰の相場など)を具体的に示します。その上で、あなたがどちらを選択すべきか、専門的な視点から的確にアドバイスします。 - 検察官との交渉
略式起訴を打診される前に、弁護士が検察官と交渉し、そもそも不起訴(起訴猶予)にできないか働きかけます。また、仮に略式起訴が避けられない場合でも、罰金額が少しでも低くなるよう交渉することもあります。 - 正式裁判での徹底した弁護活動
略式起소を拒否し、正式裁判に臨むと決めた場合、弁護士はあなたの代理人として、法廷で無罪を主張したり、有利な証拠を提出したりと、最善の判決を得るために全力で戦います。
まとめ
略式起訴は、「罰金だけで早く終わる」という手軽さの裏に、「100%有罪となり前科が付く」「一切の反論ができない」という、取り返しのつかないデメリットが潜んでいます。
特に、無実を主張している方や、事実関係に争いがある方は、安易に同意してはいけません。検察官から略式起訴を打診されたら、その場で即決するのではなく、「弁護士と相談してから決めさせてください」と伝え、必ず一度持ち帰って専門家の意見を聞くようにしてください。
その一呼吸が、あなたの人生に不利益な「前科」が刻まれるのを防ぐ、最後の防波堤となります。
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