はじめに
「刑事事件」と聞くと、多くの方がテレビドラマのように、警察官に逮捕され、手錠をかけられて連行される…という場面を想像するかもしれません。しかし、全ての刑事事件で身柄が拘束されるわけではありません。被疑者の身柄を拘束せずに、自宅で普段通りの生活を送りながら捜査が進められる「在宅事件」というケースも、実は数多く存在するのです。
警察から連絡があり取り調べを受けたものの、逮捕はされずに家に帰された。「逮捕されなかったのだから、もう大丈夫だろう」「事件はこれで終わりだ」と安心してしまう方が少なくありません。
しかし、その考えは大きな誤解です。在宅事件は、決して事件が終了したわけではありません。何も対策をせずに放置していると、ある日突然、検察庁から呼び出され、起訴されて刑事裁判になり、前科が付いてしまう可能性があります。
この記事では、「在宅事件」とは具体的にどのようなものか、どのような流れで手続きが進むのか、そして「逮捕されないからこそ」注意すべき重要なポイントについて解説します。
Q&A
Q1. 在宅事件になったら、もう今後、逮捕されることはないのですか?
いいえ、絶対に逮捕されないという保証はありません。 在宅事件として捜査が始まった後でも、警察からの出頭要請に正当な理由なく応じなかったり、被害者や証人に接触して証拠隠滅を疑われるような行動をとったりすると、「逃亡または証拠隠滅のおそれあり」と判断され、逮捕状が請求されて逮捕されてしまう可能性があります。在宅事件であるからこそ、捜査には誠実に対応する必要があります。
Q2. 在宅事件の捜査期間はどのくらいですか?いつ終わるか分からず不安です。
在宅事件には、逮捕・勾留されている事件のような厳格な時間制限がありません。 そのため、捜査が長期化する傾向があり、事件が検察官に送られてから最終的な処分が決まるまで、数ヶ月から、場合によっては1年以上かかることもあり得ます。この「いつ終わるか分からない」という状況が、在宅事件の被疑者にとって大きな精神的負担となります。弁護士に依頼することで、捜査の進捗状況を担当検察官に確認し、見通しを立てることが可能になります。
Q3. 在宅事件でも、前科が付く可能性はあるのですか?
はい、十分にあります。 「在宅事件=軽い事件」とは限りません。捜査の結果、検察官が「刑事裁判にかける必要がある」と判断すれば、起訴されます。そして、裁判で有罪判決(罰金刑や執行猶予付き判決も含む)が確定すれば、逮捕された事件と同様に「前科」が付きます。前科をつけないためには、検察官が起訴・不起訴を決定する前に、不起訴処分を勝ち取るための弁護活動を行うことが重要です。
解説
「逮捕されていないから大丈夫」という油断は禁物です。在宅事件の正しい知識を身につけ、適切な対応を取りましょう。
在宅事件とは?- 逮捕されない刑事事件のリアル
在宅事件とは、法律上の正式な用語ではありません。逮捕・勾留によって身柄を拘束されている「身柄事件」と区別するために、実務上使われている言葉です。その名の通り、被疑者が自宅で日常生活を送りながら、警察や検察からの呼び出しに応じて取り調べを受ける形で捜査が進んでいきます。
では、どのような場合に在宅事件になるのでしょうか。主に、捜査機関が「逃亡や証拠隠滅のおそれがない」と判断した場合です。具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
- 犯罪事実が比較的軽微である(例:被害額の少ない万引き、全治数日の軽傷な暴行など)
- 被疑者が事実関係を概ね認めている
- 定職に就き、安定した収入がある
- 家族と同居しており、監督が期待できる
- 被害者との間で示談が進んでいる、または示談の可能性がある
最初から逮捕されずに在宅事件として扱われるケースのほか、一度逮捕されたものの、検察官が勾留請求をしなかったり、裁判官が勾留請求を却下したりして釈放され、その後の捜査が在宅事件に切り替わるケースもあります。
在宅事件の具体的な流れ
在宅事件は、身柄事件とは異なり、時間制限なく進行します。
- ステップ①:警察からの呼び出しと取り調べ
ある日、警察署の担当刑事から電話があり、「〇〇の件で少しお話を伺いたいので、ご都合の良い日に警察署まで来てください」といった形で呼び出しを受けます。この出頭は法律上「任意」ですが、前述の通り、正当な理由なく拒否し続けると逮捕されるリスクがあります。指定された日に出頭し、取調室で事件に関する取り調べを受け、供述調書が作成されます。この呼び出しは、一度だけでなく、捜査の進展に応じて複数回にわたることが一般的です。 - ステップ②:検察官への送致(いわゆる「書類送検」)
警察での捜査が一通り終わると、警察は事件に関する証拠や書類一式を検察庁に送ります。これを「送致(そうち)」といい、ニュースなどでよく聞く「書類送検」は、この在宅事件の送致を指します。被疑者の身柄は送られないため、この時点では日常生活に何の変化もありません。しかし、事件の捜査の主体が警察から検察官に移り、最終処分に向けて手続きが大きく前進したことを意味します。 - ステップ③:検察官からの呼び出しと取り調べ
事件の送致を受けると、今度は担当の検察官から呼び出しがあります。検察官は、警察が作成した捜査記録を精査し、自らも被疑者を取り調べて、起訴するかどうかを最終的に判断します。 - ステップ④:検察官による最終処分(起訴・不起訴)の決定
検察官は、すべての捜査結果を踏まえ、被疑者を刑事裁判にかける「起訴」とするか、裁判にはかけずに事件を終了させる「不起訴」とするかを決定します。
- 起訴
正式な裁判(公判請求)を求めるか、簡易的な手続きである「略式起訴(罰金刑)」を求めるかに分かれます。いずれも有罪となれば前科が付きます。 - 不起訴
嫌疑不十分、起訴猶予などの理由で、事件はここで完全に終了します。もちろん前科は付きません。在宅事件における最大の目標は、この不起訴処分を獲得することです。
在宅事件だからこそ注意すべき3つのポイント
身体拘束というプレッシャーがない分、在宅事件には特有の「落とし穴」があります。
注意点1:不利な供述をしないこと
身柄を拘束されていない解放感から、つい気が緩み、取り調べで安易な受け答えをしてしまいがちです。しかし、在宅事件であっても、そこで作成される供述調書の証拠としての重要性は、身柄事件と何ら変わりません。 一度署名・押印してしまえば、その内容を後から覆すのはきわめて困難です。警察からの呼び出しを受ける前に、弁護士に相談し、どのようなことを聞かれそうか、どのように答えるべきかをしっかりと準備しておくことが、自分を守るために不可欠です。
注意点2:被害者との示談交渉を放置しないこと
在宅事件になったということは、示談交渉を進めるための時間は十分にあります。この時間を有効活用しない手はありません。特に、万引きや暴行事件など被害者がいる犯罪では、被害者との示談が成立しているかどうかが、検察官が起訴・不起訴を判断する上で最も重要な要素の一つとなります。逮捕されていないからと安心し、示談交渉を放置していると、被害者の処罰感情が高いままで検察官に事件が送られ、起訴されてしまうリスクが高まります。
注意点3:捜査機関からの呼び出しを無視しないこと
仕事が忙しい、気まずいなどの理由で、警察や検察からの出頭要請を無視したり、理由なく断り続けたりするのは最悪の対応です。これは捜査への非協力的な態度と見なされ、「逃亡のおそれあり」として逮捕状を請求される直接的な原因になりかねません。どうしても都合が悪い場合は、正直にその旨を伝えて日程を調整してもらいましょう。弁護士に依頼すれば、こうした日程調整も代理人として行うことができます。
弁護士に相談するメリット
在宅事件こそ、早期に弁護士に相談することで、得られるメリットは大きくなります。
- 不起訴処分の獲得に向けた活動
在宅事件における弁護士の最大の目標は、前科のつかない「不起訴処分」を得ることです。そのために、被害者との示談交渉を代理人として迅速かつ円滑に進めます。また、本人の反省の深さや、ご家族による監督、再犯防止への具体的な取り組みなどをまとめた意見書を検察官に提出し、寛大な処分を求めます。 - 取り調べへの的確なアドバイスと同行
警察や検察からの呼び出しの前に、想定される質問への回答シミュレーションを行い、不利な供述調書が作成されるのを防ぎます。必要に応じて取り調べに同行し、不当な追及からご本人を守ります。 - 捜査機関との窓口機能
弁護士があなたと捜査機関との間の窓口となることで、今後の手続きの見通しを把握しやすくなり、「いつ終わるか分からない」という精神的な負担が軽減されます。出頭日時の調整なども弁護士に任せることができます。 - 平穏な日常生活の維持
弁護活動を弁護士に任せることで、あなたは仕事や学業、家庭生活など、普段通りの生活の維持に集中することができます。これは、在宅事件のメリットを活かすことにつながります。
まとめ
在宅事件は、逮捕されないからといって、決して安心できる状況ではありません。捜査は水面下で着実に進んでおり、起訴されれば、逮捕された事件と同じように前科が付いてしまうというリスクを常に抱えています。
このリスクを回避し、前科をつけずに事件を解決するためには、検察官が最終処分を下す前に、いかに有効な弁護活動を行えるかにかかっています。特に、被害者との示談成立は、不起訴処分を得るための最重要課題です。
幸い、在宅事件には、弁護士とじっくり相談し、対策を練るための時間があります。警察から事件について連絡が来たら、それは「油断してはいけない」というサインです。お早めに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。万全の準備で捜査に臨むことが、あなたの未来を守ります。
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