はじめに
交通事故によって被害者を負傷させた場合、加害者は刑法上の責任を負うことになります。その中でも特に問題となるのが、「過失運転致傷罪」と「危険運転致傷罪」の2つの罪名です。どちらも被害者を傷つける結果を招くものですが、運転態様の違いや悪質性の程度によって法定刑や適用基準が大きく異なります。
- 過失運転致傷罪
通常の「うっかりミス」や注意義務違反などの結果、人を負傷させた場合に適用 - 危険運転致傷罪
著しく危険な運転行為(飲酒・薬物使用・著しい速度超過など)で被害者を傷つけた場合に適用
「どこまでが過失運転致傷罪で、どこからが危険運転致傷罪になるのか」が明確に分からないという方も多いでしょう。本稿では、両罪名の要件や刑罰の違い、さらに適用される際のポイントについて、弁護士法人長瀬総合法律事務所の視点から解説します。万が一、交通事故で加害者として捜査を受ける立場になった場合や、示談交渉を控えている方にとってご参考になれば幸いです。
Q&A
Q1:過失運転致傷罪と危険運転致傷罪は、法定刑がどのくらい違うのでしょうか?
- 過失運転致傷罪:7年以下の懲役若しくは禁錮、または100万円以下の罰金
- 危険運転致傷罪:1年以上15年以下の懲役
危険運転致傷罪の方が相当程度重い刑が定められています。
Q2:危険運転致傷罪が適用される「運転態様の悪質性」って、具体的にはどのようなケースでしょうか?
- 飲酒や薬物で「正常な運転が困難」な状態だった場合
- 制限速度を大幅に超えるなど「著しい速度超過」で事故を起こした場合
- 無免許で、かつ運転技量に著しく欠ける状態
- 高速道路の逆走など、常軌を逸した危険な運転
これらが典型例です。
Q3:多少の速度超過や一瞬のわき見運転でも、危険運転致傷罪になる可能性はあるのでしょうか?
少なくとも「著しい速度超過」と認定されるレベルの速度違反でなければ、一般的には「過失運転致傷罪」止まりになるケースが多いといえます。わき見運転も、通常の注意義務違反として過失運転致傷に問われることが多く、危険運転致傷罪に発展することは比較的少ないといえます。ただし、事故の内容や速度超過の度合いなどによっては検討される可能性があります。
Q4:被害者に重い後遺障害が残った場合、過失運転致傷罪でも実刑になり得るのでしょうか?
はい。被害者が重度の後遺障害を負ったり、示談が成立していなかったり、加害者の態度が反省に乏しいと判断されたりすると、過失運転致傷罪でも実刑判決が下る可能性はあります。
Q5:飲酒運転で人身事故を起こしたら、必ず危険運転致傷罪になるのでしょうか?
「アルコールの影響で正常な運転が困難な状態」だと検察官が判断すれば、危険運転致傷罪を適用される可能性が高まります。ただし、飲酒量や運転実態を総合的に評価し、「そこまで危険ではなかった」と判断されれば、過失運転致傷罪にとどまる場合もあります。実務では飲酒検知結果や運転状況、飲酒の程度などが詳しく調べられます。
Q6:加害者がひき逃げをした場合、どのように扱われるのでしょうか?
ひき逃げ自体は「救護義務違反(道路交通法72条)」や「報告義務違反」に該当します。事故状況によっては危険運転致傷罪と併合され、より重い刑が科されるリスクがあります。特に救護を怠る行為は社会的非難が強く、実刑率が高くなります。
Q7:過失運転致傷罪と危険運転致傷罪の境目は、具体的に誰が判断するのですか?
基本的には警察が事故態様を捜査し、検察官に送検します。最終的に検察官が「危険運転に該当すると判断するか」「過失運転として立件するか」を決定します。裁判に進んだ場合は、裁判所が事実認定を行い、どちらの罪にあたるかを判断します。
Q8:示談が成立すれば危険運転致傷罪でも軽くなる可能性はあるのでしょうか?
示談は情状として大きな要素となりますが、危険運転致傷罪の場合は法定刑が厳格なので、示談だけで必ずしも執行猶予が付くとは限りません。ただし、示談がないよりは処分が軽減される可能性は高まります。
Q9:過失運転致傷と危険運転致傷の差が大きいように感じますが、どうしてこんなに差があるのでしょうか?
飲酒や著しい速度超過など悪質な運転が社会的に大きく非難され、被害が深刻化しやすい背景があります。立法政策として、通常の「うっかりミス」による過失と、著しく危険な運転態様を区別して厳しく処罰する目的があるため、法定刑に大きな差が設けられています。
Q10:自分がどっちの罪に問われる可能性があるか分からないのですが、どうしたらいいですか?
まずは事故の態様、飲酒や速度超過の有無などを整理しておく必要があります。警察・検察の捜査結果を待つ前に、弁護士へ相談し、運転状況や過失度合いを正確に把握することで、自分の事案が危険運転に該当するリスクがあるかどうか、早期に見極めることができます。
解説
過失運転致傷罪の特徴
過失運転致傷罪は、自動車運転死傷行為処罰法の5条に規定されており、いわゆる「不注意」や「安全確認の怠り」などによって被害者を負傷させた場合に適用されます。たとえば脇見運転やブレーキ操作の遅れ、信号見落としといった一般的な交通事故の多くがこれに該当します。
- 法定刑:7年以下の懲役若しくは禁錮、または100万円以下の罰金
- 量刑実務:被害者のケガの程度、示談成立の状況、加害者の前科・反省度合いなどを総合判断し、罰金刑で済む場合もあれば、重い実刑が科される場合もあります。
危険運転致傷罪の適用要件
一方、危険運転致傷罪は自動車運転死傷行為処罰法2条に規定され、以下のような悪質な運転があった場合に適用されます。
- 飲酒や薬物摂取によって「正常な運転が困難」な状態での運転
- 著しい速度超過:実務上は制限速度を大幅に超えるような極端なスピードなど
- 無免許状態で技量を著しく欠く運転
- 高速道路逆走などの常識外れの運転
危険運転致傷罪の法定刑は1年以上15年以下の懲役であり、非常に重い刑罰が想定されます。
悪質運転の立証と判断
危険運転致傷罪が適用されるかどうかは、「正常な運転が困難な状態」にあったかが重要な争点になります。飲酒運転ならば血中アルコール濃度の測定や、事故当時の運転挙動、速度超過なら車載ドライブレコーダーや目撃証言などから時速○○km以上出していた事実などが証拠になります。加害者としては、警察の捜査結果に対し「そこまで危険な状態ではなかった」と主張する場合もあるでしょう。
量刑への影響要素と相場感
両罪のいずれも、被害者のケガが重く(後遺障害ありなど)、示談が成立していない場合や前科がある場合は、実刑となる可能性が高まります。逆に示談が成立し、被害者が「寛大な処分を望む」旨を表明していれば、不起訴や執行猶予付き判決が獲得できる場合があります。近年の裁判例でも、飲酒運転やひき逃げ事故では実刑率が高い一方、初犯で被害者との示談が早期にまとまっている場合は執行猶予の判決も見られます。
実務上の対応策
加害者がどちらの罪で立件される可能性があるのかを早期に判断し、それに応じた対応をとることが重要です。
- 取り調べ前に弁護士と相談
供述内容の整理や注意点を把握し、不利な発言を避ける - 示談交渉を最優先に
被害者との連絡を速やかに行い、誠意ある謝罪と賠償で処罰感情を和らげる - 飲酒運転の痕跡が残っている場合は悪質評価を見据える
情状弁護のポイントを洗い出し、再発防止策を具体的に講じる - ドライブレコーダーなどの証拠を適切に管理
無断で削除や改ざんをすると証拠隠滅とみなされ、量刑が重くなる可能性がある
弁護士に相談するメリット
早期のリスク判定
弁護士が事故態様や運転状況をヒアリングすることで、危険運転致傷罪が適用されるリスクの有無を早期に判断可能です。飲酒運転の程度や速度超過の具体的数値、被害者のケガの状況などを総合的に分析し、最適な対策を立てられます。
示談交渉のノウハウ
危険運転が疑われる事故では、被害者の処罰感情が強まりがちです。弁護士を介して誠意ある対応を示すことで、示談成立の可能性を上げるとともに、検察官や裁判官に対して「社会的な賠償が一定程度完了している」とアピールしやすくなります。
量刑軽減へ向けた弁護活動
危険運転致傷罪に問われると実刑リスクが高いものの、謝罪文・反省文の作成や再発防止策の具体化(飲酒治療プログラムの受講、運転をしばらく控える環境整備など)を裁判所に示すことで執行猶予を得る余地が高まります。弁護士が裁判戦略を立案し、情状面を丁寧に主張します。
心情面のサポート
加害者は飲酒運転や危険運転による事故で社会的非難に直面し、職場や家族に対しても説明責任を感じるなど強いストレスを抱えます。弁護士が法的手続きの流れを適切に案内し、必要に応じてマスコミ対応や社内調整にも助言を行うことで、精神的負担を大幅に軽減できます。
まとめ
過失運転致傷罪と危険運転致傷罪は、一見似ているようでありながら、運転態様の悪質性によって大きく区別されています。加害者としては、この区別を正しく理解し、捜査段階から示談交渉・裁判対応まで戦略的に行動することが大切です。以下のポイントを再確認しましょう。
- 危険運転致傷罪は法定刑が極めて重い
飲酒や極端な速度超過など、運転態様が社会的に非難されるほど刑が厳しくなる。 - 過失運転致傷罪でも状況次第で実刑リスク
被害者が重傷・後遺障害を負った場合や、示談が不成立の場合は厳しい処分が予想される。 - 示談が大きな鍵
被害者の処罰感情を和らげ、検察・裁判所の判断にも影響。 - 早期相談の重要性
供述の一貫性確保や示談交渉サポート、情状弁護を戦略的に進める。 - 再発防止策の具体化
飲酒運転をした場合などは、再度運転を控える環境整備やプログラム受講などをしっかり示す。
もし自分が交通事故を起こしてしまい、「過失運転致傷罪」で済むのか、それとも「危険運転致傷罪」が適用されるか不安な方は、弁護士法人長瀬総合法律事務所へご相談ください。飲酒量や事故状況、被害者のケガの程度などを踏まえて早期にリスクを評価し、示談の可能性や量刑軽減に向けた最適なアプローチを一緒に探ってまいります。
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